届いていた声
文化祭でバンド演奏を披露することになった三人。しかし大きな問題が立ちふさがる。
三人の中でまともに楽器を演奏できるのは悪郎だけで、進と紗奈の二人は素人だった。演奏に加えて歌も歌わなければならない、教える悪郎にとっては前途多難な無茶無謀である。
しかし悪郎はそのことを一つも悲観しておらず、むしろ興が乗ってきていた。悪魔の力ではどうすることもできないが、演奏の技術は自分自身のものだから使える。楽器の演奏を紗奈に指導しても何の問題もなかった。
指導する相手に進も含まれているならばなおさらであった。それがなんであれ上達を目指すことは心を育てる。ようやく自分の力が存分に発揮できる場所ができた。そしてそれを作り出したのは進である。悪郎が気乗りしない訳がない。
杉山から許可を取り、空き教室を借りた。そこに悪郎は楽器を用意した。進の教育に必要なものだから魔法を使っても問題はない。辻褄合わせの記憶操作もお手の物であった。
進が立てた作戦には副次的な効用があった。それは三人で集まっていても不自然ではなくなったことである。進と悪郎は言わずもがなだが、そこに紗奈も加わって三人の仲がいいことは周知されつつあった。進が紗奈を誘っても不思議ではないとほぼすべてのクラスメイトがそう考える。
美緒はそのことが気に食わなくとも口出しはできない。名目が文化祭への参加であれば、むやみに阻止できないと理解していた。進の作戦は狙い通りに美緒の行動を縛ることができた。
文化祭を終えるまで、美緒は手出しができない。この状況を進が意図的に作りだしたことは、美緒には想像もできないことであった。
「な、なんかすごいね。私ギター触るの初めてだ」
「何だこれ…、足?足使うの?片足?あ、ち、違う両足!?これ手足りてる?僕の手の本数足りなくない?全部やるの?ほんとに全部叩いてるのこれ?」
ギターを手にして感動する紗奈に、ドラムセットを前にして目を回している進。そんな二人の前で悪郎がベースをかき鳴らした。二人の視線が悪郎に集まる。
「いいか二人とも。俺が教えるからには技術自体は申し分ないレベルにまで引き上げられる。が、問題は演奏する曲だ。自分たちで作るのは無理だ、時間が足りない。ではどうするか、既存の曲を演奏するしかない。だかこれにも曲の難易度がある。そして有名かつそこそこの難易度のものが好ましい。何か提案はあるか?」
「はいっ!」
「よし、進」
「やっぱ劇場版ジャスティスソードの劇中歌の鎮魂歌でしょ!」
「論外だ。却下」
にべもなく却下の判断を下された進は即座に抗議の声を上げた。
「何でだよ!?」
「お前鎮魂歌の意味分かってるか?レクイエムって響きがかっこいいと思ってるだけだろ」
「うっ…」
図星を突かれた進が押し黙る。そのやり取りを見て紗奈はくすっと笑った。それは進にとっては久しぶりに見た紗奈の笑顔だった。柔らかな表情を見られたことで進は少しだけだがほっとすることができた。
「じゃあ紗奈、何かあるか?」
「ううーん…。やっぱり流行りは抑えておいた方がいいよね?」
「まあ聞く人は知っていた方が盛り上がる」
「で、簡単なものがいいと」
「ある程度な」
「じゃあこのグループの曲はどうかな」
紗奈はスマホを取り出すと自分のプレイリストから曲を再生した。透き通るような美しい声、高音が特徴的で女性のようにも聞こえた。グループ名は「Sky」でボーカルは男性で「高森葦正」という人物であった。
「おっ、この曲は音楽に詳しくない僕でも聞いたことあるな。全部有名だよねこの人たちのやつ、よく耳にする」
「うん。私好きでよく聞くんだ。代表曲の空も当然好きだけど、他の曲もいいよ。悪郎、これ貸すから聞いてみて。確か全曲入ってたはず。この中から私たちでもできそうなものを選んでよ」
悪郎は紗奈からスマホとイヤホンを手渡された。それを受け取った悪郎は耳にイヤホンをつけると、真剣な表情で一曲一曲に聞き入った。なので進と紗奈は放っておかれてしまい、これが久しぶりに二人でじっくり話す機会となった。
どちらから話を切り出そうかと二人共が思っていた。そしていよいよ口火を切ったのは進の方からだった。
「あ、あのさ如月。色々あって話せないままだったけど、実は思い出したんだ、ヒーローショーでのこと」
「えっ?ほ、本当に!?」
「うん。ちょっときっかけがあってさ、それで思い出せたんだ」
進は悪郎の協力で取り戻した記憶のことを話して、紗奈にその記憶で合っているかと問うた。すると紗奈は嬉しそうに表情を明るくして何度も頷いた。
「そっか…。やっぱりあの時の子は進くんだったんだね」
「如月はさ、いつ僕だって気が付いたの?流石に会ってすぐってことはないでしょ?結構昔の記憶だろ?」
「最初はそうだね、うん、ちょっと分からなかった。進くんと会ったのってそれきりだったし、あの頃とはなんかこう、ちょっと性格が違ってたから」
進は在りし日の自分を思い出して赤面した。思わず手で顔を覆ってしまいたくなる羞恥心を必死に抑え込んで紗奈に言う。
「男子三日会わざれば刮目して見よ、という言葉がありましてですね。三日どころではない期間が空けば僕も変わるってことでして…」
思春期に入った進は、言葉少なで一歩引き、常に冷静で一匹狼な性格への憧れが強くなった。そういう人間がかっこいいと思っていたし、なるべく自分をそれに近づけたいと試行錯誤した。
そうして出来上がったのは、愛想が悪く付き合いづらい、たまに発言したと思っても大してしゃべらず、中身のないことを言ってどや顔で腕組みをするという、長く目を当てていられない痛々しいぼっちだった。
孤高であることを孤独とはき違え、協調性のなさを群れない自分がかっこいいと勘違いをした。悪郎の情操教育と性格矯正によって我が身を振り返った時は、過去の自分のことをひっぱたいてやりたいと進は強く思っていた。
何故か勝手に涙目になってしまった進を見て慌てる紗奈だったが、でもと少し声を張って前置いてから話始めた。
「ジャスティスソードについて話してる時の進くんは全然昔と変わってなかったよ?だから私は進くんだって気が付いたの。これが私たちをもう一度会わせてくれたんだよ」
紗奈が取り出したのは例のジャスティスソードのキーホルダーだった。度々二人が知り合う切っ掛けとなってきたもので、その都度二人をつなぎとめてきたものだ。紗奈はこれを見た進がとったリアクションが、出会った時のものとそっくりであったから進だと気が付くことができた。
「…あの時ね、帰る時に遠目だけどショーが少しだけ見えたの。ジャスティスソードがちらっと見えたことも嬉しかったけど、もっと嬉しかったのは進くんが本当に私の分まで応援してくれてたこと。遠くからでも進くんの声ちゃんと届いてたよ」
あれだけ騒いでいれば届きもするだろう、そう進は思った。しかしちゃんと届いていたという言葉は想像以上に嬉しかった。子どもの浅知恵ではあったが、自分なりに考えたことが紗奈の心に届いて、それが今まで心に残り続けていたことが二人の原点で今の関係性を作り上げていた。
「ジャスティスソードはみんなのヒーローだけど、あの日あの時の進くんは私一人のためのヒーローだった。そして今また私のことを助けようとしてくれている。ありがとね進くん。私はこの恩にどう報いたらいいかな」
「…如月、僕は今と昔で大分変ったところもある。だけど根っこのとこで、変わってないことがある。見返りなんて必要ないよ。僕は感謝されたくてやったんじゃない、ただ助けたかった。本当にそれだけのことなんだ」
進のその言葉に紗奈は微笑んだ。少しだけ頬を赤く染め微笑んだ。この熱が隣にいる進に気づかれないようにと、紗奈は頬を両手で覆った。
「ようしこれだ!これならギリギリ間に合わせられる!テーマも十分だ!見つけたぞ二人共…ってなんだ紗奈、何かあったのか?」
イヤホンを外して歓喜の声を上げる悪郎は、二人の空気感を見てきょとんとした。紗奈は赤面する顔を隠し「いいから」と言って悪郎から自分のスマホをひったくった。そんな照れ隠しの行為にさらに首を傾げた悪郎だったが「まあいいか」と切り替えて二人に演奏の指導を始めるのだった。




