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作戦を思い付いた進は一人で行動を起こしていた。下手に動けば美緒に勘ぐられる可能性がある。そのリスクは承知していた。
「でもこれは気が付けたとしても寺沢には絶対に手が出せない」
進はその確信を持ったうえで動いていた。まず向かったのは担任教師の杉山の元だった。確認しておきたいことがあったからだ。
「文化祭に参加する方法?参加も何も、普通に登校してくればいいんだが…」
「いえそういう意味ではなく、ほらこの冊子、ここのページで生徒がステージ上に立ってますよね?そこで民謡を披露したと書いてあります。これって特定の誰かがやるって決まってるものですか?」
進が持ち出してきたのは文化祭の案内が書かれたしおりだった。以前悪郎と紗奈が将棋を指しに行った時に見かけていたもので、図書室から借りてきていた。
「ああそのことか。それは生徒会が設けている立候補制のステージ枠だ。生徒個人の発表の場が欲しいと企画されてから代々受け継がれているんだ。枠が空いているなら誰でも参加可能なはずだぞ」
「詳しく聞きたい場合はどうすればいいですか?」
「ええと確か、原先生!今少しいいですか?」
杉山に声をかけられたのは教師の原だった。今年の生徒会の監督を担っている教師だと進は杉山から紹介を受けた。
「文化祭の立候補枠はもう埋まってしまいましたか?」
「いや、それならまだまだ空きがあったよ。参加したいのかい?」
「はい」
「分かった。色々と細かい決まりがあるから、今日の放課後生徒会室に説明を聞きに来るといい、ちょうど文化祭について動き出したところだ。立候補者が出てくれると助かるよ」
「助かる?人気ないんですかこの枠って?」
進がそう聞くと杉山が頭を掻きながら答えた。
「人気がないって訳でもないんだが。自主的に名乗りでるってのは中々ハードルが高くてな、結構ギリギリまで埋まらないってこともあるぞ」
「全生徒と参観の保護者の前でする発表だからね、相応にプレッシャーはあるよ」
「そういえば立候補者がゼロの時もありましたね」
「ええ。確かあの時は生徒会で必死になって勧誘活動を行っていたはずです」
「ああやってましたね。岩崎先生が担当だった時だったな。部活動の顧問もあるのに気の毒でしたよ」
教師たちが思い出話を始めてしまった。それが本格的になる前に進が口をはさむ。
「つまり、結構余裕はある訳ですか?」
「そうだね。だから立候補者は歓迎するしされるよ」
進は礼を述べて頭を下げると職員室を出た。放課後になると生徒会室に顔を出す。何としても文化祭の立候補者枠を確保する、進と悪郎、そして主役の紗奈の三人で参加するために、それが進の目的であった。
美緒が進がいじめられたことを利用して動いてくるのなら、進もその立場を利用して動く、元いじめの被害者で不登校児だった進が、積極的に学校行事に関わろうと努力しているのを、もしも美緒が何らかのかたちで阻止しようと動けばそれは不自然だ。
そしてもう一押し、進は文化祭についての話を中田と林の二人に聞くときに、敢えて周りに聞こえるようこう発言していた。
「寺沢さんのおかげで僕も皆と打ち解けてきたし、そろそろ何かしてもらうばかりじゃなくて僕からも動こうと思うんだ。こう思えるようになったのも、あの時声をかけてくれた寺沢さんのおかげだよ」
進自らが美緒の評判を高めることで不穏な動きができないように楔を打ち込んだ。これは進が考えたことではなく、美緒がやってきたことをそっくりそのまま真似をしたものだった。
裏の意図はともかく、表向きの言い分にまったく問題はない。本音も混ざっているので嘘っぽくなく、進に積極性が出た理由付けとしてこの上ないものだ。周りも自然と応援するし、美緒も立場上応援せざるを得ない。
進は計画的で着実にことを進めた。
後日、進、悪郎、紗奈の三人は久しぶりにいつもの場所に集まっていた。そして二人は進に言われたことに驚きを隠せずにいた。
「この三人でバンド組もう、それで文化祭のステージに立つ。もう許可は取ってきたから」
「は?」
「え?」
「文化祭で、立候補者枠っていう学年とかクラスとか関係なくステージに立てる枠があるんだ。そこを取ってきた。バンドは何となく三人ならできるかなってふわふわしてるけど、頑張って練習しよう」
きょとんとした顔をする紗奈の横で悪郎が額を抑えため息をついた。
「待て待て、話が見えん。どうして俺たちがステージに立つんだ」
「必要だから」
「何に」
「如月の主張を通すために必要なんだ」
「私の…?」
そう声を上げた紗奈の前に進は一歩進み出た。そして目をまっすぐ見据えて言った。
「ごめん、悪郎から話を聞いた。僕は言いたいことを言いたい時に言えない辛さを嫌というほど思い知った。如月がそれを何度飲み込んできたのかは分からないけど、僕はそれを吐き出すべきだと思う」
「…そう言ってくれるのは嬉しいけど。私はそうするべきじゃないと思う」
「どうして?」
「そうすることで傷つく人がいるなら、私が黙れば済む話だから」
「それが間違ってるって分かった上でそう言うの?」
「そうだよ」
進はその言葉を聞いた時、今まで感じたことのない怒りを覚えた。それは自分が悪郎を呼び出した時の感情より激しく、そして悲しいものだった。自然とあふれ出た涙を拭うこともなく紗奈に叫んだ。
「負けんなっ!!」
その叫びに悪郎は既視感を覚えた。どこかで見た気がする、そして思い至る。そうか、進と共に見たあのジャスティスソードのヒーローショーだ、と。あの時の進の叫びにそっくりだと気が付いた。ジャスティスソードを応援する時の進がそこにはいた。
「言っていいんだ!傷つけていい!だって如月だって傷ついただろ!?傷つけて傷ついて、それが当たり前なんだっ!いびつを受け入れることは相手を思いやることじゃない、それは如月の自己満足だっ!!」
「じゃあどうしろっていうの!?」
「歌って叫べ!堂々と!みんなの前でっ!こそこそとした悪だくみを正面からねじ伏せろ!その証人が全生徒と先生と保護者たちだ!」
そこでようやく悪郎は進の狙いに気が付いた。このまま裏で美緒に動かれれば、恐らく誰にも察知されることなくことが進むだろう。少なくとも現在はその通りになっていた。
しかしこれを表ざたにされた時にはそうはいかない。クラスや学年単位では顔の利く美緒なら多少のもみ消しは利くかもしれない、しかしこれが学年の枠も越え、学校中、そして保護者にまで伝われば美緒の力ではどうすることもできない。
悪辣な企みすら巻き込んで正面からねじ伏せる。ジャスティスソードのポスターを見て着想を得た進が思いついた作戦だった。
だがこの作戦、非常に大きな穴があった。進は思い付いたままに行動しているのでそのことに気が付いていない、興奮する進の肩を叩いて悪郎が言った。
「なるほど、中々いい作戦だ。正直見直したぜ進。で、お前はバンドを構成する楽器のどれか一つでも演奏できるか?人前に見せられるくらいには成熟しているものだぞ」
「…タ、タンバリンなら…」
悪郎は進の頭をタンバリンのように叩いた。
「まあ進の詰めの甘さは別として、俺は乗っていいと思うぜ紗奈」
「でも私も楽器なんて…」
「そこは心配ない、俺が教えてやれる。紗奈はギターボーカルをやれ、とんでもなく難しいがやれ、そのハードルの高さが目的に合っていてちょうどいい。進はタンバリンじゃないけど打楽器だ、ドラムをやれ。俺はベースをやる。これでスリーピースバンドだ、成立させるには相当な努力が必要だがな」
「本気でやるの?」
「難しいだろうな、形になるかも分からん、大衆の目の前で恥を晒すだけになるかもな。でもやろうぜ、やってやろう紗奈。進の言う通りだ何もかもぶっ飛ばせ」
悪郎は右手を進に、左手を紗奈に伸ばした。進はこくっと頷くと悪郎の手を取り、空いている手を紗奈に差し出した。
進と悪郎、それぞれから差し出される手を前に紗奈はたじろいだ。しかし二人の真剣な眼差しを見て覚悟を決めたように頷くとその手を取った。三人は輪になって手を繋いで同時に頷いた。互いの気持ちを確かめ合うように、強く強く手を握り合った。




