光明
奇しくも寄り道しあった進と悪郎は、同じタイミングで佐久間家へ帰ってきた。玄関前で顔を合わせた二人は同時に声を上げる。
「悪郎!大変なんだ力を貸してくれ」
「進!まずいことになった。知恵を貸してくれ」
同じようなことを言い合う二人はきょとんとした顔で互いの顔を見合った。互いの言葉を待つあまりどちらも次の言葉を紡げず、とりあえずと家の中に入った。
着替えなどを一通り済ませた後、二人は進の部屋に集まって向かい合って座る。そして進の方から話を切り出した。
「悪郎が僕の知恵を借りたいってどういうこと?」
「その、な。実は今、紗奈について少々厄介なことになっているみたいでな…」
進と悪郎はここでようやくお互いの情報を共有することができた。進は今までになかったほどに人に囲まれていて放されず、悪郎はそれを見守る側に回ってしまったので、今まで話をすり合わせる時間がなかった。
「なるほど、進はすでに気が付いていたのか」
「正直そうなのかなっていう違和感程度だったんだけど、中田くんと林くんから話を聞けたことで僕も確信できた」
「クソッ、俺はこんな単純な悪意を見逃してたのか。ふがいない」
「いやいや、僕もまさかって思ったくらいだし…」
「…今回裏で手を引いている奴は実に巧妙だ。おそらく進が真っ先に気が付くと分かっていた。だから先に進の意見を封鎖したんだ」
「封鎖?」
「お前を心理的に封鎖した。クラスがあれだけ融和的なムードの中、お前が水を差すようなこと言ってみろ。下手すればまたいじめの標的になりかねんぞ」
それを聞いて進はぞっとした。確かに善意によって縛り付けられているような感覚はあったが、状況はそれよりもっと酷いもので脅迫めいていた。
もし下手な動きを見せたらお前をまた同じ立場に戻してやる。
この言外の意を無意識の内に感じ取っていたからこそ進は積極的に動くことができなかった。
「首謀者は僕の心情まで読み取っていたってこと?」
「完全にではないだろうが、予測していただろう。そして進に注目が向いている今の状況なら、紗奈を標的にしていることの発見を遅らせられる可能性が高まる」
「そっか、皆の目が一時的に僕に向いているからか。それにいじめ後の空気を清算するって表向きの理由がまっとうすぎる。怪しむ人がいない」
「そうだ。杉山も受け持つクラスでいじめがあった事実から、そういった傾向がないかと監視を強めているだろうし、その目をかいくぐって実行するには裏でこっそりと手を回すしかない」
「でもさ悪郎こうして話していて思うんだけど、この状況を作り出せて、そして露見しないように人心をコントロールできるくらい誰にでも顔が利いて、なおかつ女子生徒っていう条件をつけると…」
「ああ、間違いない。紗奈を標的にしているのは寺沢美緒だ」
進はそうじゃないかと薄々感じていた。しかし信じたくないという気持ちがあった。どうあれ美緒がクラスメイトと自分を繋いだことが事実だったからだ。
そしてそれは悪郎も同じように考えていたことだった。だからこそ美緒の悪意を見逃した。悪魔として痛恨の極みだった。
進は気づけた。しかしいじめの経験を利用され動けなかった。紗奈も気づいた。当事者であるし、この手の締め出しに慣れていたからだ。だがそのせいで半ば諦めてしまった。悪郎は気づけなかった。進のことを考えすぎるあまりに、初めてできた人間の友人に悲しい思いをさせるところだった。
二人のショックは当然大きかった。それだけでなく、進は特に怒りを覚えていた。自分のことを利用されるのはこの際構わなかった。しかし利用方法が気に食わない、美緒にどんな事情があったとしても、自分を介していじめを行うことは許すことができなかった。
「なあ悪郎、僕は寺沢美緒のことが心底気に食わない。小坂の時みたいに大がかりなことをとは言わない。だけど、悪魔の力を使ってどうにかすることはできないか?」
進が悪郎に力を貸してくれと言ったのは、悪魔の力を頼りにしたものであった。しかし悪郎は頭を振って「無理だ」と告げた。
「どうして?」
「俺が契約しているのはお前だ。紗奈のために悪魔の力を使うことはできない。多少の小細工はできるが、その程度では寺沢美緒を揺さぶることもできないだろう」
「僕の願いってことでもダメなのか?」
「進の願いの中に一つでも紗奈に関することはあったか?」
「それは…ないけど…」
「そうだ、この契約はどこまでいっても進が自分のために俺と交わしたものだ。そこに紗奈が介在する余地はないし、内容に含まれるはずもない。悪魔にとって契約というものは何より重要なものだ。人間を縛るだけではなく悪魔をも縛り付けるもので、俺としても動きようがないんだ」
悪郎はこれ以上ないくらいの無力さを感じていた。力はあるのにそれを使うことができない、悪魔として持つ強力な能力も魔法も、初めてできた友人を救うことに使うことができないのだ。血がにじむほど拳を握りしめた後、悪郎は進に言った。
「だから俺は逆に聞きたいんだ。進、お前ならこんな時どうする?」
哀願するように悪郎は進にすがった。どうすればいいのか分からない、どうすることもできない、それは悪郎の悲鳴にも近しいものだった。
悪郎から相談を受けた進は一人考え込んでいた。紗奈の助けになりたい気持ちは進も一緒だった。だけど悪郎は悪魔の力を使うことができない、これは人の知恵と力を使って解決する必要がある。
しかしいくら考えてもいい解決方法が思いつかなかった。進にとって寺沢美緒とは未知数で、情報も圧倒的に足りない。何度か会話を交わしたものの、美緒は自分についての情報は殆どしゃべらず、ほぼ聞き役に徹していた。
今にして思うと聞き役に徹していた理由も、進に弱みを見せないための策だったとすら勘ぐってしまう。仲を取り持ってくれた感謝は恐怖へと変わっていた。
美緒の悪意は計画的な悪意だと進は思った。小坂拓巳は自分の強みを把握していたものの、どちらかと言えば激情型であった。カッとなってムカついて、シンプルに動かせる手駒を動かしてきたように感じた。しかし寺沢美緒は違う、回りくどい工作をして準備をし、こちらが勝負する前に決着をつけにきた。
事実、進は動くことすらできなかった。そもそも美緒は進のことなど眼中になかったので、勝負の席につくことすら不可能な話だった。もし進が席につこうとする動きを見せたら、たちまち梯子を外して進を孤立させ別の手段を取るだろう。
どうしたらいいのかまったく思いつかない。進は自分の無力さを嘆いた。自分がいじめられていた時、紗奈は解決するために動き回ってくれた。その恩に報いたいのに方法が思いつかないことが情けなかった。
ふと、自室の壁に貼ってあるポスターが目に入った。ジャスティスソードがポーズを決めていてかっこいい、進にとってお気に入りのものであった。劇場版が公開された時に作成された映画ポスターで、進は何度も映画館に足を運んで映画を繰り返し見に行った。
その映画のストーリーはこうだった。
人気絶頂のバンドメンバーの一人が悪の組織に連れ去られ改造される、しかし身体的な変化はまったくなく怪人化の兆候も見られなかった。組織から解放されたメンバーはいつも通りの日常に戻るが、楽器を手にして演奏している最中に抑えきれない高揚感を感じた。そして自分が怪人化しかけていることに気が付く。
それこそが組織が仕組んだ罠であり、大きなライブイベントを控えていたメンバーを改造し、演奏中に怪人へ変化させ集まったファンの人々を殺戮させる計画であった。調査を進めてその事実をつかんだ主人公は、自分たちのファンをバンドメンバー自らの手で殺害させる所業に怒りを覚える。
メンバーに接触する主人公、怪人化を元に戻す手立てはなく、悲劇を起こす前に始末するほか方法はなかった。計画の全容を知らされたメンバーは自分の最後を受け入れるが、その代わりに主人公にあることを頼んだ。
このライブだけは絶対に開催したい。その願いは主人公からすると到底受け入れられないものだった。しかしメンバーにも絶対に譲れない思いがあった。小さなインディーズバンドからコツコツと実績を重ねて今の人気を手に入れた。このイベントは愛するバンドの結成十周年を祝う大切なイベントだった。
どちらも思いを譲ることのできないなか、メンバーは他の仲間に自分が改造され怪人化してしまうことを打ち明ける。自分を外して他の人を入れてくれと願うが仲間たちはそれを拒否した。
「俺たちはどんなことがあろうとも最後まで一緒だ」
そして仲間たちはとある作戦を思い付く、主人公とも相談し共に計画を立て、とうとう運命のライブへと臨む日がやってきた。
演奏の途中、抑えきれず怪人化してしまったメンバー。しかしこれをライブパフォーマンスの一つであると仲間が説明する。そこに登場したジャスティスソードがさながらヒーローショーのようにステージ上で怪人と戦闘を繰り広げる。演奏と戦闘の演出、ライブは最高潮の盛り上がりを見せ幕を閉じる。
ライブの終わりはメンバーの終わりと同義である。怪人化したメンバーにとどめを刺そうとした時、戻るはずのない理性が戻って「最後まで演奏させてくれてありがとう」とジャスティスソードに告げた。
熱狂の渦に沸くライブ会場、アンコールの声援を受けてもう一度ステージに立つバンド。降り出した雨の中自分たちの原点となった曲を演奏した。その曲名は「鎮魂歌」涙を流す空に悲しみの歌が響き渡る。ジャスティスソードはまた一つ業を積み重ね、雨に打たれながら組織を壊滅させる決意を新たにするのだった。
この映画のストーリーを思い返していた進は、一つの手段を思い付く。それはあまりにも荒唐無稽にも思えた方法だったが、やってみる価値はあるはずだと進は思った。




