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悪郎の幸福論  作者: ま行


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標的

 夜も更け月の明かりが濃く映し出されていた。そんな夜の闇に紛れて空を飛ぶのは久しぶりに悪魔の姿へと戻った悪郎であった。向かう先は勿論寺沢美緒のところである。


 知りたかったのは二つ。紗奈の直観について、それが本当かどうかを確認しておきたいというのが理由の一つ。もう一つは、直観が外れていてほしいという悪郎の願望のようなものであった。どうであれ進とクラスメイトの仲をとりなそうとしてくれたことに悪郎は感謝の念を抱いていた。


「…しかし滑稽だな。人の裏の顔なんて散々見てきた悪魔が、裏の顔なんてないと信じたいとは」


 まったくもって馬鹿馬鹿しい、悪郎はそう思った。しかし信じたくないと思ってしまった。そのことを悪郎は見過ごすことができなかった。だからこそ自分で確認してハッキリさせておきたかった。


「寺沢美緒、気は進まんがその心の内を探らせてもらうぞ」




 寺沢家に到着した悪郎、深夜だというのに美緒の部屋には煌々と明かりが灯っていた。深夜でも美緒はまだ起きていて、友人と通話を楽しんでいた。てっきり寝入っているものだと考えていた悪郎は、夢の中に入り込もうと思っていたので完全に当てが外れた。通話の内容を盗み聞きする訳にもいかず、聞かないように音を消して待った。


 これは仕方がないことだと自分に言い聞かせながら悪郎は待った。しかし、美緒の通話は一向に終わる気配がない、一時間も我慢して待ってようやく通話が終わったと思いきや、美緒は別の人物とまた通話を始めてしまった。


 ぶちっと悪郎の中で何かが切れた。流石にこれ以上は待っていられないと、悪郎は美緒の背後に立って腕を振りかぶった。そしてそのまま勢いよく振り下ろす。


 美緒の後頭部に悪郎の腕が突き刺さった。肘までずっぷりと腕が頭に入り込んでいる。しかし当の美緒はそれにまったく気が付いておらず、突き刺さった場所には傷もなかった。


 いい加減待てなくなった悪郎は美緒の考えを直接触って探ることに決めた。ぐちゃぐちゃと音を鳴らし頭の中をかき回しながら目的のものを探す。


「おっ、これかな?」


 頭からずるりと腕を引き抜くと、悪郎の手には小さな球体が握られていた。何かを抜き取られた美緒だったがまるで変化はなく、腕が突き刺さっていた場所に傷跡などもなかった。


「まったく魔法ってのは便利だ。少々強引なやり方だったが、まあこんな夜遅くまで長話をしている自分を恨むことだ」


 悪郎は手に入れたそれをぽいっと上に放り投げた。落ちてきた球体を口でキャッチすると、舌で数回転がしてからバキッとかみ砕いて飲み込んだ。すると悪郎の頭の中に、美緒が進に抱いている本心や感情が包み隠さず浮かび上がってきた。


「佐久間進、クラスメイト、小坂拓巳にいじめられてた男子、自分もそのいじめに加担していた。悪いことをしたと思っている。いじめに加担した理由は小坂拓巳に反発すると面倒だったから。まあここまでは大体予想通りだな」


 取り出してきた情報を浮かびあげながら読み上げる。魔法で取り出した球体には、混じりけのない事実だけが集積されており、嘘偽りは絶対にない。


「進に対して償いたいと考えている。好意はなし。むしろ感情的には他人に近いな。だがまあ進と寺沢美緒は最初からほぼほぼ他人レベルだった。たまたまクラスが一緒になっただけだ」


 美緒は進のことを特別に思っている訳ではなかった。あまりに接点もなく友人とも呼べない、その関係性の薄さが関心のなさを生み、いじめに加担している罪の重さを誤認させた。自分たちが無知だったからと言った言葉に偽りはなかった。美緒は本心から自分の無知が罪であったと考えていた。


 こんなにも自己分析がしっかりできるタイプだったのかと悪郎は少し驚いた。悪郎は美緒についてあまり調べることをしなかった。その理由は、美緒が悪郎に初めて告白してきた女子であったからだった。


 美緒がそうなるとは悪郎も予想がつかなかったが、結果として悪郎は自分の都合のために美緒を利用したことになる。だから悪郎は、極力美緒には接触しないよう避けていた。自分に関わればろくなことにならない、それが悪郎なりの配慮であった。


 なので本当は今回の行動もできることならばしたくなかった。だがどうしても紗奈の言葉が気になったし、もし進に仇をなすつもりならば看過できない。こうして調査に訪れて、初めて美緒が冷静に自己分析ができる性格であると知った。


 そしてここまで美緒のことを読み取ってハッキリとしたことがあった。


「間違いない。寺沢美緒は確かに進に対して償いの気持ちを持っている。あの行動も、完全に進を思ってのものだった。美緒からは進に対して善意しか感じ取ることはできない」


 結論が得られた悪郎は満足するとその場から離れた。夜更かしと長電話はほどほどにしておけよ、そう心の中で美緒に伝えた。




「ねえ美緒、本当にやるの?」

「やる。でも別に話を合わせてくれるだけでいいよ」

「でもさ…」

「大丈夫。私が私の意思でやることだし、加奈子が主体になる訳じゃない。それにさ、加奈子だって私と同じ気持ちじゃないの?本当にかけらも思わない?」

「そ、それは…」

「あの子、如月紗奈。いかにも天然で純真無垢って感じ、ムカつかない?絶対演技だよあれ。飾らないのがいいみたいな空気出しちゃってさ、紗奈がいつも化粧講座に来ないのってどうしてだと思う?」

「どうしてって言われても」

「必要ないからよ。あの子にとって小細工は必要ないの。そうやって私たちを見下してるのよ。あなたたちは大変ねって、そう思って見下しているの」


 美緒は通話相手のクラスメイトの土屋加奈子つちやかなこに、紗奈へ抱いている思いをとうとうと語っていた。どれだけ気に食わないか、そして紗奈が自分たちのことを見下しているかということを中心に話していた。


「そんなの分からないでしょ?」

「私が推測でこんなこと言うと思う?聞いたことあるの、紗奈が私たちのやってることやめた方がいいって言っているのを。どうしてやめろって言ってると思う?もっと堂々とできないのかって言っていたのよ」


 美緒は紗奈の発言を大分脚色し、大げさに誇張していた。堂々とできないのかという発言は、校則違反だからと紗奈に化粧講座の参加を断られた時のことを言っていて、見下しているという発言は、私は化粧とかそういうのはまだいいかなと葉月に語っているところを聞いていたものだった。


「ね?加奈子も分かるでしょ?紗奈は何にもしなくてもあれだけ可愛いのよ?ちょっとでもこっちを見下していないと思う?こっちが必死になって魅力的になろうとしても、あっちは何もしなくていい、素のままで十分だから。そのことに紗奈が少しの優越感も抱いてないって本当に言える?」


 どんどんと矢継ぎ早に悪口を展開して紗奈を貶めると同時に、美緒は紗奈に対する小さな敵愾心の火種を煽った。自分たちとは違う、化粧講座に参加しない理由はこうだ、男子からの人気に気をよくしている。


 誰もが知っている紗奈の事実、作り上げた嘘、虚実を織り交ぜた話を持ち前の話術で、考える間を与えずに吹き込んだ。


「だからさ、ちょっと協力してくれるだけでいいの。紗奈とさ、佐久間くんと悪郎くんを引きはがせればいい。大体さ、あの子だけいじめに関わってなかったなんて本当のことだと思う?そんなうまい話あるの?」

「それは…、確かにちょっと私も出来過ぎた話だと思ったけど」

「でしょ?一貫して味方って面しちゃってさ、私たちだけが悪いみたいに語ってさ。大体あのいじめで一番悪かったのっていなくなった小坂でしょ?私も加奈子も小坂に逆らえなかったから仕方なく従ってたんだし」


 いじめの話を持ち出された土屋は、一気に心情が美緒寄りになる。自分たちはいじめに関与していたという罪悪感と、紗奈一人だけがいじめに関与していなかった事実をも利用した。その所業は悪意に満ち溢れたものであった。


 寺沢美緒の狙いは進との関係改善ではなく紗奈にあった。だから進に対して悪意がないのは当たり前で、そもそも狙っている人物が違っていた。悪郎は進のことにばかり気を取られていてそのことに気が付くことができなかった。紗奈が感じていたものが正しくて、悪郎が間違っていた。しかし悪郎は、まだ自分の過ちに気が付くことはできていなかった。

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