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悪郎の幸福論  作者: ま行


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邂逅

 目が覚めると進は見慣れぬ場所にいた。景色はあせており、夕焼けのセピア色につつまれている。


「ここは…、どっかの駐車場か?」

「そうだ。お前が転んで頭を打ったというあの駐車場だ」


 背後から声が聞こえてきた進は振り返る、そこにいたのは悪郎だった。あせた色の中でも悪郎の姿ははっきりとしていた。よくよく確認すると、進の姿もあせた世界の中ではっきりとしている。


「悪郎がいる。てことは」

「ここはお前の記憶の中。より正確に表現するのならお前の記録の中だ」

「どう違うの?」

「記憶は嘘をつくが記録は嘘をつかない、あったことをありのまま映し出す。そこが大きな違いだな」

「そういや都合よく捻じ曲げちゃうって話だったな」

「そういうことだ。で、これは正しい記録を追体験することで記憶として取り戻すって算段ってこと」

「なるほどね。じゃ、案内よろしく」


 悪郎は頷くと、ついてこいと言って進の前を進みだした。それに続いて歩く進は、全然見覚えのない景観に違和感を抱き続けていた。




 進の記録の中を進む二人は商業施設の中に入り、広間のイベントスペースへと足を運んだ。そこでは話の通りジャスティスソードのヒーローショーが行われていた。進は自分と家族の姿を探すと、用意された客席の中にその姿を見つけた。


 ジャスティスソードが動くたびに大きな声を出し動きを見せる進、昔の自分を見つめると、どこか恥ずかしい気がした。しかしこれだけ熱中できるものをすでに見つけて、それが今なお続いているというのは誇らしくもあった。


 それに色あせた世界の中でも、ジャスティスソードが目の前で動く姿というのは興奮するものがあった。敵を斬りつけるシーンの時には思わず過去の自分と一緒になって声がでた。


「いいぞっ!やれジャスティスソード!」

「後ろだっ!周りの戦闘員にも気を配れジャスティスソード!」


 進と同時に声を上げたのは隣にいた悪郎だった。悪郎もまたついつい興奮して声がでてしまった。思わずガッツポーズをした拳を口元にあてて咳払いをする。そんな照れ隠しをした悪郎の肩を進は優しく叩く。


「分かる分かる、熱くなるよな。僕は絶対馬鹿にしたりしないよ」

「ふ、不覚だ…」

「いいじゃん、誰も見てないんだしさ。むしろ現実世界だと子どもに混ざって声なんて出せないんだし、ここで存分に出していこうぜ」

「そ、そうか?じゃ、じゃあ少しだけな」


 それから二人は記録上のヒーローショーを思う存分楽しんだ。起こったことが再生されているだけなのだが、思い切り声を出してジャスティスソードを応援した。ショーが終わるころには二人で感動して拍手を送っていた。




「って楽しんでどうすんだ!」


 拍手をし終えた進がずばっと突っ込んだ。自分で言い出しておいてとは思ったが、あまりに夢中になりすぎていた。


「まあ待て。俺が本当にただショーを楽しんでいただけだと思うか?」

「おっ、流石は悪郎。何か分かったのか?」

「ああ、この場では何も起こっていないということが分かった」

「楽しんでただけじゃんっ!!」

「阿呆、よく考えてみろ。ショーの最中進たちは動いていなかっただろ?つまり紗奈と出会っていたとしてもここではないということだ」


 そう言われてようやく合点がいった。確かにヒーローショーの最中、佐久間家に誰か別の人物が接触してきたりはしなかった。逆もまた然りだ。


「ほら追うぞ、席を立ってから接触するかもしれん」

「あ、う、うんっ」


 席を立った佐久間家を二人は追う。折角大型商業施設に来たというのに、佐久間家はショーを見終えてからまっすぐ帰宅の途につき駐車場へと向かっている。理由は単純で、すでに疲れ果てた進の足取りがふらふらであったからだった。


「なるほど、歩美さんの言う通りだった訳だ。こりゃ危なくていつまでもここに置いておけないな」

「迷惑かけてたんだなあ…」

「それはどうかな。この程度迷惑とも思っていないと俺は思うぞ」

「そうかあ?僕には迷惑なガキだなとしか思えないけど」


 悪郎の言葉に進はそう言ったが、悪郎は悪郎でまったくの別目線で見ていた。幼い進を見守る歩美の優しいまなざし、小さな体を抱え上げその背に乗せる登、姉の奏だけは終始つまらなそうな顔をしていたが、ふらふらとする進を見る時だけはどうしようもない奴だというように目を細めていた。


 そんな家族の姿を見て悪郎は眩しさを感じ目がくらむようだった。幸せの形は多々あれど、これもまた多大な幸せの形なのだと感じていた。そしてそこに嘘で塗り固めて入り込む自分は、とても卑劣でみじめな奴だと思った。


「…くろうっ!悪郎ってば!」

「あ?」

「急にぼーっとしてどうしたんだよ?僕たち行っちゃうぞ、追いかけないと」

「あ、ああ、悪かった。急ごう」


 我に返った悪郎と進は佐久間家の後を追った。今はそんなことを考える時ではないと、悪郎は頭を振って悩みを振り払った。




 結局、歩美の話にあった駐車場の事故に至るまでに紗奈が進に接触してくることはなかった。進が転んで頭を打った瞬間、バンッと一瞬で電気が切れたように辺りは真っ暗闇になった。


「…おかしいな、結局最後まで如月の姿を見ないままだった。ショーの客席にもそれらしい子はいなかったし…」

「そうだな。俺も剛輔さんの姿を探してみたがいなかった。子どもだけ残していくような人ではないだろうし、客席にはいなかったんだろうな」

「てことはだ。もう少し前までさかのぼる必要があるってことだよね?」

「ショーに関係していないなら、ここに来てからのお前の動きを追う必要がありそうだ」


 悪郎がパチンと指を鳴らすと、景色がまた駐車場へと戻った。今度二人がいた場所は停車したばかりの車内、幼い進と奏が座る席の間にぎゅうぎゅうになって押し込められていた。


「ちょっ!狭い狭い!」

「しまった。戻るとしたらここなのか。計算に入れてなかったな」


 車のドアが開くと同時に二人は外へ飛び出した。文句を言う進と言い返す悪郎は、喧嘩をしながら家族の後を追った。




 幼い進はすぐにショー会場へと向かうことを提案したが、姉の奏がそれを拒否した。ショーの開始までまだまだ時間があるのだから、それまでファンシーショップを見て回ると主張した。


 姉弟喧嘩が始まる前に、歩美は奏を、登は進を連れてそれぞれの場所へと向かうことにした。しかし奏の言う通り、ショーまでまだまだ時間があり、それまで客席への案内はないと係員から説明を受けていた。


「これは正直迷惑だったと思うぞ」

「うるさいな!」


 涙ぐむ進を登がなだめる、そんな時懐の携帯電話に着信があった。会社の上司からの連絡で出ない訳にはいかない。登は電話に出て話しながら、迷惑にならないよう進の手を引いて人気の少ない場所に向かった。


 登の電話は長引いていた。つまらなそうにしている進は、その場から離れはしないものの体はうずうずとして今にも動き出しそうだった。


 悪郎ははらはらしながらその様子をうかがっていた。進が考えなしに動き出さないかと心配していたからだ。横で見ている進は聞かずとも悪郎の考えが分かって少しムッとしていた。


 役に立たなそうな悪郎は置いておき、進は辺りの様子を探った。いつ紗奈が現れてもいいように備えておく。


 そしてついに邂逅の時がきた。幼い記録の中の進、それを見守る悪郎、周囲を観察していた現在の進の前を一人で歩いている小さな女の子が横切った。幼くとも一目で紗奈だと分かる見た目をしていた。


 横切る際に、彼女が下げていたカバンから何かが外れて落ちた。駆け出してそれを拾い上げた幼い進は、落とした紗奈に声をかける前に歓喜の声を上げた。


「うわー!かっこいい!限定品のジャスティスソードじゃん!」


 進の声に紗奈が振り返る。無邪気な笑顔で手を振り駆け寄った進は紗奈に落としたキーホルダーを手渡した。


「お前いいもの持ってるじゃん!落とさないように大切にしろよ?」


 この出会いが進の失われた記憶である紗奈との出会いであった。二人はすぐそばで、幼き日の進と紗奈の様子をうかがうことにした。

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