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悪郎の幸福論  作者: ま行


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仲直り

 進と悪郎は、仲直りをするために互いにコンビニスイーツを贈り合うことで手打ちとすることにした。どちらも罪悪感を抱えていたので、どちらも対価を差し出すことで後腐れ無く仲直りができるだろうと考えた。


「進、お前何か雰囲気変わったか?」


 クリームがたっぷり乗ったプリンをスプーンですくって一口運ぶ悪郎が進にそう聞いた。大きなシュークリームを頬張る進は、口元についた粉砂糖を拭ってから返事をする。


「変わったって何が?特に何かあったこともないけど?」

「そうか?何だか少しだけ大人びたような気がするんだよなあ…」

「いやいや。喧嘩はしてたけどそんなに長々と口を利かなかった訳でもないでしょ、そうそう目に見える変化なんかないって」

「それはそうなんだが、ううむ…」


 悪郎が感じていた変化は魂の変化、つまり悪魔でないと感じることのできない変化だった。進の魂が、悪郎にはより洗練されたように感じられた。


 進と紗奈のやり取りを知らない悪郎にとって、この急激な変化は不可解なものであった。魂の健全化と強化を目論む悪郎には願ってもないことなのだが、自分の介入なしに成長を遂げられると何故かもやもやとした。


 そんな時、悪郎は進の部屋の片隅にあるものを思い出した。以前片付けを手伝った時に見かけて覚えていたものだった。残りのプリンをかき込むと、悪郎はそれを手に取り戻ってきた。


「なにそれ?」

「は?お前の部屋にあるものだぞ?チェスセットだ、お前がやるんじゃないのか?」

「あー…、そう言えばそんなもの買ったなあ。いや実はさ、それアニメのキャラに憧れて買ったんだけど、全然ルール覚えられないしそもそも対戦相手もいないしで、置物同然だったんだよね。それにほら、チェスができるってなんかお洒落な感じがしてかっこよくない?」

「お前本当にもう…、呆れた奴だな」


 絞り出すように出された「呆れた奴」という言葉は、悪郎なりに精一杯言葉を選んだものだった。照れた様子で頭を掻く進にため息をつく。


「…駒の並べ方くらいは知っているか?」

「まあ基本的なことはね。どう動くのかも一応」

「なら俺が教えてやる。ボードゲームの中でもチェスは得意なんだ」

「へえ、魔界にもこういうのあるんだ。何か意外」

「娯楽というのは最も分かりやすい欲望の形だからな、人に取り入る手段としても非常に有効なんだよ。それとほら、勝負事だからな」


 そう言うと悪郎は、お金を示すハンドサインを進に見せた。それを受けて進はなるほどと頷く。


「カードも得意だが二人でやっても仕方ないしな。それに教えられるテクニックがろくなものじゃない」

「イカサマとか?」

「他にも色々とな」

「…結構エグいのもあるの?」

「ノーコメント」


 悪魔が言うノーコメントで進は大体を察した。触らぬ神に祟りなしと、さっさと机の上を片付けてチェスボードを置いた。二人で黙々と駒を並べると、手始めに覚えている限りの知識でやってみろと悪郎が進に言った。


 最低限駒の動かし方は覚えているとはいえ、どこまでやれるかなと進は駒を掴んで一手目を動かした。




 数分後、目まぐるしく訳もわからないままに惨敗させられた進が机の上で突っ伏していた。悪郎は駒をくるくると指で回して笑っていた。


「何だ?今何が起こったんだ?僕の手駒いつの間にか無くなってたんだけど」

「兵のいない裸の王様は哀れだなあ」

「僕の兵士たちを虐殺しておいて何を言うか」

「ハッハッハ、敗戦の将は惨めだな進」

「これってもうただの弱いものいじめだろ…」


 愉快そうにする悪郎は悔しさを滲ませる進に言った。


「まあそう気を落とすなよ、言っただろ?俺が教えてやるって。俺の相手が務まるくらいには実力を引き上げてやるよ」

「ええ…、別にそうまでして強くなりたくもないんだけど」

「でも駒の動かし方を知っている程度の実力より、強くなれた方がかっこいいと思わないか?そもそもそれが目的で始めようと思ったんだろ?俺から教われば、その辺の雑魚は軽く蹴散らせる無敵の王者になれるぞ」

「ぐっ…、そ、それは確かに魅力…」


 ちょろすぎて心配になるなと悪郎は思った。強くなっても対戦相手は自分くらいしかいないのを分かっているのかと悪郎は頭を抱える。


 しかし対戦相手ができることは好ましい、そう悪郎は考えていた。もやもやとして気持ちの整理がつかない時には、こうしたボードゲームなど娯楽が役に立つ。一つのことに集中できて他の思考を排除できるからだ。


「ほら、まずは定跡を教えてやる。これを覚えないと話にならんからな」

「難しくない?」

「パターンを覚えるだけだ。人間関係より単純でいいぞ」

「比較対象にそれを出されたら何でもそうだろ…」


 そう文句を言いながらも、進は悪郎と一緒に駒を並べ直し、解説を聞きながら定跡について学んだ。教える悪郎もいきいきとしだし、教わる進も徐々に理解できるようになって、二人は盤面にのめり込んでいった。




「だーっ!疲れた!こんなに頭使うゲームだったとは…」


 大の字で倒れ込んだ進が叫んだ。詰め込んだ知識で頭がパンパンになっていて、耳からこぼれおちてしまいそうだと思った。


「俺の予想より飲み込みがよくて驚いたよ。少しは様になったじゃあないか」

「じゃあどうして僕の駒が次々と取られていくんですかねえ」

「お前には先を読む力が足りないんだ。駒の動きを読むんじゃなくて、俺の考えを読まないとな」

「ふーん…。うん?それって僕がすごく分かりやすくて単純だって言ってる?」

「というよりもお前の手は素直過ぎる。誘いには簡単に乗ってくるし、こうしたいって思惑も見え見えだ。思考と感情を上手く隠す方法を覚えないとな」


 思考を隠す方法、そう言われて進はぴくりと反応した。そして起き上がると悪郎に言った。


「何かちょっと似てる」

「は?何にだ?」

「いじめに関わってた人の思考。心から従ってた奴もいれば、渋々付き合わされてた奴もいただろ?本音と建前って言うのかな?」


 悪郎はなるほどと頷き、チェスの駒を片付けながら進の話に続いた。


「本音ばかりでは人は生きてはいけない、集団だとなおさらそうだ。建前ってのは刃物みたいなもんだ。身を守る武器にもなれば、人を刺す凶器にも変わる。時にはそれが自分に向くこともあるな」

「刃物か、刺された方からしてみるとたまったもんじゃないけど、それが不要かって思うとそんなことはないと思うんだよな」

「ははあ、ようやく進が言いたいことが読めてきたぞ。つまりはこうだ、人はそれぞれのキング、つまりは大切で譲れない何かのためにあらゆる手段を模索する。時には従いたくないことや、悪いと分かっていることにでも手を染めてしまうと」

「そうそう、サクリファイスって言ったっけ?捨て駒?どっちでもいいけどそういうことにも使うだろ、建前ってさ」


 進の言葉に悪郎は満足げな顔で頷いた。良し悪しは別として物事の本質を捉える力、それが順調に育ってきていることが喜ばしかった。


「だけど許せないことは許せないけどな!大体一回謝られたくらいで許せるかよ。でも、皆本気で謝ってた。だから僕もそれに免じて態度には出さない。建前だ建前、本音がどうであれ前に進むために必要だ」

「それでいいさ。全部納得して前に進むことはない、手筋ってのは途方もない種類があるんだ。お前に合ったものを探していけばいい」

「…そうする、ありがとな悪郎」

「精々強くなることだ進」


 強くなる。その言葉の中には様々な意味が込められていた。チェスは勿論のこと、人として自分だけの強さを見つけていく。それがきっと心の成長につながるはずだと悪郎はそう考えていた。


「お腹減った。カップ麺でも食べないか?」

「ご飯前に食うと歩美さんに怒られるぞ。…俺とんこつ味」

「悪郎いつもそれじゃん」

「好きなんだよ。悪いか」


 二人は軽い言い争いをしながら部屋を出た。仲違いのことなどすでにまったくなかったかのようであり、いつもの調子にすっかり戻っていた。

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