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悪郎の幸福論  作者: ま行


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生きる

「珍しく一緒にいないなとは思ってたけど、やっぱり悪郎と喧嘩したんだ」

「…うん、まあそう」

「どうしたの?いつもの喧嘩とは調子が違う?」

「…ちょっと説明しにくい」

「そっか。じゃあもう聞かないでおくね」


 すっかりいつもの場所となった所にいたのは、進と紗奈の二人だけであった。悪郎は余計な気を回したせいで進の怒りを買った。喧嘩の原因は進が紗奈を好いていて、付き合いたいという前提で勝手に話を進めようとしたからだった。


「あいつ何を勘違いしたのか余計なことを…」

「進くん。聞いてほしくないのに独り言が大きいよ?」

「あっ、ごめん。でもこう、文句がふつふつと湧き上がってきて抑えきれないんだよ。如月にはそういうことない?」

「あるある。私はそういう時、まめまるを膝に置いて愚痴を聞いてもらうよ」

「まめまる?」


 紗奈はスマホを取り出すと保存してある写真を進に見せた。そこには可愛らしい柴犬が写っていた。何とも言えないアンニュイな眼差しに、進は思わずふふっと笑ってしまった。


「可愛いでしょ?」

「すごく可愛い。ってか如月って犬飼ってたんだ」

「うん、すっかりおじいちゃん犬だけどまだまだ元気一杯だよ。お散歩に行く時とか、ずっとぐるぐる回ってる」

「ま、回るの?何で?」

「待ち切れないんじゃないかな?ほら、お散歩って色々用意しなきゃだから、行くよって言ってからちょっと時間かかっちゃうんだよね」

「あー、後始末とかか」

「そうそう。マナーだからね」


 それから紗奈は何枚かまめまるの写真を進に見せた。私服の紗奈が一緒に写っているものがあって進はドキリとした。何とか態度や表情には出さずに済んだが、緊張でぐっと体が固くなる。


 しかしそんなことはどうでもよくなるくらい、まめまるが写る写真の数々は可愛くてならなかった。基本的にはどこかアンニュイな表情を浮かべているのだが、笑顔のように見えるものや、シュンとして落ち込んでいるようにしているもの、そこには生き生きとしているまめまるの姿が沢山あった。


「何か、いいね」

「え?」

「愛されてるんだなって伝わってくる。まめまるは幸せなんだなって写真を見るだけでも十分に伝わってくるよ。それがいいなって思う」


 そう語る進の横顔が優しく穏やかで、紗奈にはとても大人びて見えた。見とれて言葉を失っていると進が困った顔で聞いた。


「な、何?僕変なこと言った?」

「あっ、ううん。そうじゃなくて、その、ええと、あははっ」

「わ、笑ってごまかされるともっと気になるんだけど…」

「ごめんごめん。ありがとう、そう言ってくれると嬉しいな。まめまるは大切な家族だからさ」


 大切な家族、その言葉が進の中で引っかかった。思い返すと、進が家族との仲を修復することができたのは悪郎の力が大きかった。家族が絶対的な味方だと思えたのは、進が学校に戻る自信に繋がった。


 今もまだ学校に戻れていなかったら、こうして紗奈と話すこともなかったのかもしれないと進は思った。そう考えると少し悪郎に対して怒りすぎたかもしれないと反省した。


「どうかした?」

「ん、家族っていいよね」

「そう?いいこともあるけど、悪いことも沢山あるよ?私お兄ちゃんと弟がいるんだけど、お兄ちゃんは年上のくせに子どもっぽいいたずらばかりするし、弟は私が虫苦手だって言ってるのに無理やり見せてくるしでムカつくことも多いよ?」

「如月って三兄妹だったんだ」

「そうだよ。進くんは?」

「僕は姉ちゃんが一人。高2」

「いいなあお姉ちゃん。私も上がお姉ちゃんだったらよかったのに…」

「ははは…、お兄さんが聞いたら泣くよ?」

「全然!お兄ちゃんにこんなこと言ったら、多分派手な女装してきてこう言うと思う。ほら紗奈私はお姉ちゃんよ、これで満足でしょって」


 紗奈の悪意たっぷりのモノマネがツボに入った進は吹き出して笑った。それを見て楽しくなった紗奈も合わせて笑った。二人の愉快な笑い声が学校の片隅で響く。


 しかしそんな幸せな時ほど、唐突に嫌なことを考えてしまうものであり、進はふと紗奈に言った。


「…あのさ、如月。もし自分の命がいつ終わるのかって分かっていたら、如月はそれを知ったとしてその後どう生きる?」


 その質問をした後「しまったな」と進は後悔した。あまりにも突拍子もない上、紗奈にはまったく現実味がないだろうと自分を叱責した。こんな質問をされたらどう答えるか悩むどころか、急に頭がおかしくなったかと思われてしまうだろう。進はちらりと紗奈の顔を伺った。


 紗奈は神妙な面持ちでじいっと考え込んでいた。さっきまでの楽しかった空気感は一変し、重苦しい雰囲気が二人を包む。


 やっぱりこんなこと聞くんじゃなかった。そう激しく後悔をしかけた進に紗奈が口を開いた。


「それってもしかして…、ジャスティスソードの最終話付近の葛藤の話?」

「はへっ?」

「あれっ?違った?」

「ああいやいや、違わない違わない!ほらあの時さ、一閃も仲間たちとこんなやり取りをしてる時に、急に自分の命が長くはないって仲間に打ち明けるでしょ?何かそれと重なって思えてさ、急にそれを思い出しちゃったんだよねえ!」


 進は紗奈が都合よく勘違いをしてくれたことに乗っかることにした。その方が事がスムーズに進むし、不自然な話題振りを趣味の話にすり替えることができる。


「あのシーンもいいよねえ。打ち明けた一閃も、それを受け止める仲間たちも、涙なしには見られないシーンだよ」


 半分怪人半分人間状態の剣一閃は、どちらにも振り切れていない中途半端なままで怪人の力を使い続け、その影響から体に多大な負担がかかっていた。最後の戦いへ赴く前に、自分の命の限界を悟り、その胸の内を仲間たちに語る。


 紗奈の言う通り涙なしには語れない名場面である、進もそう思った。しかしまさか偶然こんな形で状況が重なるとは思ってもみなかったので進は驚いた。


「そうだなあ、作品の影響が強すぎてあんまり自分の言葉って感じはしないけど、やっぱり作中の一閃と同じように言ったり思ったりするかな」

「最後まで自分の信じたものを守るために生きる、か」

「さっき話したまめまる、おじいちゃん犬だって言ったよね?それがいつくるか分からないけど、絶対にお別れの日がくる。考えるだけでも思わず泣いちゃいそうだけどね」

「うん…」

「でもさ、だからといってその時がくるまで悲しい日々を送りたくはないんだよね。いつも通り最後まで一緒に生きる、面白おかしくね。もしそれが定められているものだったとしても、どう生きるかは自分が決められる。私はあのシーンはそんなふうに受け取ったかな」


 紗奈の言葉は進の中にストンと落ちた。どう生きようと結果が変わらなくとも、それに恐れて悲しみながら生きるのは辛い。折角取り戻せた日常を、思うまま自由に生きる。


「如月、そろそろ戻ろう。次の教室移動だろ?間に合わなくなる」

「あっ!そうだった。行こう進くん」

「僕はいいから先に行って。実は杉山先生に提出しなきゃならないプリントがあるのを忘れてたんだ。ダッシュで行ってダッシュで戻るよ」

「そう?じゃあ遅れたら先生に事情説明しておくね」

「そうしてくれると助かるよ、じゃまた後で」

「うん。またね」


 一人になった進は今一度思い返していた。その日がくるまで精一杯生きると決めていたはずだったが、それはいじめられ引きこもっていた時の諦めと同じ覚悟だったと思い知った。


 願いが叶った。日常を取り戻した。友達もできた。進は悪郎から沢山のものをもらった。そして今も、自分の先が見たいと付き合ってくれていた。悪魔の仕組みをまったく知らない進でも、それに無理があるというのは何となく感じ取れた。


 何故かは分からないけれど、悪郎は自分を幸せにすることを目指している。ならばそれに、今度は自分が協力する番ではないか、そう進は思った。


「何もかも悪郎の言いなりになるつもりはないけど、やったことの責任を忘れちゃ駄目だよな」


 やられたことも消えないが、やったことも消えない。一度は本気でいじめた相手の死を望んだことを忘れてはならない。進が大量の血と屍の上に立つ前に、止めてくれたのが悪郎だった。


 悪魔らしくない奴、そう思って進は微笑んだ。そしてどう仲直りしたものかと思いながら、その場を後にするのであった。

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