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悪郎の幸福論  作者: ま行


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本質

 進と悪郎が同じ学校に通いだして数日が経った。美術の授業で進と悪郎はペアを組み、似顔絵を描くデッサンに取り組んでいた。


「なあ悪郎」

「何だ」

「お前相変わらず女子からも大人気だけど、最近男子からも人気を集めてないか?」


 進が指摘した通り、悪郎は着々とクラス内で人気を集めて地位を高めていた。接し方のスマートさは勿論のこと、悪魔としての対人経験値の豊富さからユーモアもあり、実に平和的なやり方で人気者に上り詰めていた。


 それはまるで拓巳が座っていた椅子に悪郎がすっぽりと収まったかのようで、進はそのことにどうしても不安を感じてしまっていた。


「まあお前の言いたいことは分からなくはない。でも俺は別に小坂拓巳の後釜に収まりたい訳じゃあなくて、寧ろ逆だ逆」

「逆って?」

「人気者の座なんてのはな、都合よく作り出されるもんだ。小坂は人心掌握が他の奴より少しだけ上手だった。もっと正確に言うと、他者より自分というのを弁えていた」

「弁える?あれでか?」

「進、どうして小坂のことが嫌いだった?いじめられていたからとかじゃあなく、お前はその前から小坂に苦手意識のようなものをもっていたはずだ」


 そう指摘を受けた進は改めて自分が持っていた拓巳像について思い返す。高慢であったこと、支配的であったこと、マイナスのイメージはいくらでも思いついたが、中でも最初に思い至ったのはその自信満々の立ちふるまいだった。


「上手く表現できるか分からないけど、何かこう、自分がそこにいてさも当たり前だろって自信と態度がすっげえ気に食わなかったかな。多分嫉妬とかもあると思うけど…」

「そうだな、恐らくどちらも正解だ。小坂の性格は進と相性が悪いが、その自信に満ちた態度には憧れもあっただろうな。自分をしっかりと弁えて、何が強みかを把握するのは難しいことだ。特にお前たちくらいの年齢でそれができる奴ってのは少ない」

「ぐっ…、悔しいけど確かにそうかも…」

「一種のカリスマ性だ、しかしこれを維持するのは想像以上に困難を極める。小坂は多少無理をしてでも周りを下げて自分を上げる必要があった。そして周りはそれに甘えた。長いものにはまかれろってな」

「甘え?」

「小坂にくっついていれば高く評価されることはなくとも、悪い評判も大体あいつが背負ってくれる。小坂は自分のために周り人間を支配して、周りの人間は小坂を風よけのように利用した。こと対人関係においてこれほどの甘えはないだろう?」


 悪郎の言葉に言われてみればと進は唸った。拓巳のいじめに加担していたものたちは保身が目的だった。積極的に関わったものも、結局は拓巳のグループ内での地位向上を狙っていて、自分が表立とうとした訳ではない。


 拓巳の対抗馬として前に出ようとしたものはいなかった。進を含めクラスの全員は多少仕方のない事情があったとはいえ、拓巳の専横を認め受け入れたということになる。そして拓巳はそれを認めさせた。悪郎はそのことを進に説いた。


「いいか?俺はどんなに人気者になろうが後々必ずいなくなる、ただの別離じゃあない、完全に消えていなくなる」

「そっか、設定だと両親の帰国に合わせて地元に戻ることになってるもんな」

「それに加えて俺は悪魔だからな。俺という人物像をどれだけ好ましく思おうとも、それが自分にとって都合のいい形で成就することは絶対にない」

「そりゃそうだ。魔界に戻れば探せもしないし、その姿も作り変えたものだし」

「これから徐々に俺は周りへの態度を冷めたものへと変えていく、不自然に思われない程度にな。どいつもこいつも愚かだが馬鹿じゃない、その内には絶対的な人気者というものが幻想だと気がついて、それがいつか別の誰かや何かが自分の中に収まることを知るさ。俺は小坂が作った幻想をぶっ壊すために人気取りしてるってことだ」


 二人が会話をしている途中で巡回していた教師がやってきた。さっと態度を切り替えた悪郎は、教師に様々な質問をして心象をよくしている。進が悪郎の絵の出来栄えを覗き込むと、明らかに教師が見せたお手本よりも上手に描けている作品がそこにはあった。


 こいつ本当に多芸だなと思う進、しかし悪郎はこれを教師に見せつけておいて、更にアドバイスをもらおうとしているのを見ていると。良かれと思ってやっているんだろうなと分かりつつ、かける言葉もなく狼狽える教師に同情を禁じえなかった。




 進は悪郎が話していた通りに事が進むのか、聞いていた時には半信半疑であった。そんなに都合よくはいかないだろう、そう考えていた。


 しかし悪郎は腐っても悪魔、人心掌握の術には長けていた。人気者の座を掻っさらうと、気づかれない程度に距離を取り始め、徐々に冷めてきた熱がある日を境に一気に冷え込んだ。


 その大きな原因は、一人の女子に告白され、それを断った時の文句にあった。


「地元で俺のことを待ってくれている人がいるんだ。俺はその子のことが好きだし、裏切るつもりはない。君の想いに応えることは無理だ」


 そこで女子の熱はぐんと冷めた。叶わぬ恋に身を焦がすものが現れなかった理由は、どこをどう見てもイケメンである悪郎の想い人という高いハードルと、そしていつかはその人がいる地元へ戻ってしまう現実を思い出したからであった。


 現実味がなくなった女子の気持ちが冷めていくのは早かった。見切りをつけるのなら早い方がいい、手の届かない存在なら遠くから眺めて愛でている方がいい。悪郎はいわばアイドルのような立場へとすり替わった。


 女子の波がさっと引いてからは、男子の中でもぽつぽつと離れ始めるものが現れた。悪郎の人気にあやかりおこぼれに与ろうとしていたものだった。このままくっついていても利がないと見るとさっさと離れた。


 残ったものたちも、悪郎の付き合いの悪さに辟易としてきた。よかれと思って遊びなどに誘っても乗ってこず、話題を振ってものらりくらりとはぐらかされる。明確な意思表示をしない悪郎に対し、段々とつまらなさを覚え始めた。


 無論悪郎は敢えてつまらない自分を演出した。付き合いが悪く話しも面白くない、思っているより大した奴じゃないという印象が強まり、男子の興味も別のものへと移っていく。


 それよりも一度悪郎の元に集まったことがきっかけになり。意外な趣味が共通するものや、何となく馬が合う相手というものを見つけて、その人同士で固まるようになり男子たちは大グループから小グループへと変動していった。


 悪郎は互いにそれぞれ居心地のいい相手を見つけさせることで、悪しき慣例となった誰か一人目立つものをトップに据えて閥を作ることをやめさせて解体し、小分けのグループに振り分けることで、後は勝手に内々で仲良くなるよう流れに任せた。


 結局悪郎の見事な手腕によって生徒たちの意識改革は行われ、関係性は大きな繋がりから小さな繋がりへと変更された。きっちりと有言実行した悪郎からは、あっという間に人の波が引き、用済みとなって輪の中から弾き出された。


「って結局一人になっちゃってるじゃんっ!」


 帰宅途中の道すがらに進は悪郎にそう言った。


「阿呆が、俺は学校に友達を作りにきたんじゃあない、お前の魂の育成にきたんだ。雑音が消えてくれてちょうどいい、それにこれで奴らもゆっくりとだが健全化していくだろう」

「は?え、もしかして本当の狙いはそれ?」

「いや、どうせなら一石二鳥をと思っただけだ。日常の問題が減ることはないだろうが、無責任に誰かを擁立するという図式はこれで消えた。ま、後の仕事は教師の本分だろう、俺の出る幕はない」


 悪郎は進だけではなくクラスメイトたち全員に別の道を示して見せた。本来やるべきことではなく、本筋から離れていると知っていながらも、一度関わったことがあるだけに放っておけないという気持ちがあった。


 そして弾き出され一人になったことで達成感が得られた。それは悪郎の狙い通り、皆が自分の頭で考え始めたことの裏返しだったからだ。堕落へと導くよりも、よほどやりがいと達成感があると悪郎は思い始めていた。

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