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悪郎の幸福論  作者: ま行


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向き合い

 学校からの帰り道、進と並んで歩く悪郎はストレスが溜まりに溜まっていてずっと舌打ちを鳴らしていた。険しい顔でぶつぶつと何かを呟き続けていて、たまらずにいい加減にしろと進が言った。


「さっきから何なんだよ。いいじゃん今日一日中ちやほやされてたんだから」

「阿呆が、望んでちやほやされてたわけじゃあない。勝手に群がってきたんだ」

「嫌だったら適当にあしらえばよかっただろ?お前ならそれくらい簡単なはずだ」

「分かってる。分かってるが…、どうもこう、何かを求められると無下にもできん。質問に答えるくらいならと軽く考えていたら、とんでもない目にあった」


 悪郎は滝のごとく降り掛かってくる質問攻めに、一人一人すべて丁寧に返答をしていた。悪郎から教えられることと言えば事前に作っておいた設定だけなのだが、目を輝かせて近づいてくる女子たちを追い払うことができなかった。


「悪魔のくせに真面目な奴だな」

「…言い返す気力もない」

「しかしどうしてあんなにモテモテだったんだ?そりゃ悪郎の見てくれはかっこいいけどさあ」

「それは決まっている、俺は外見だけでなく対応も好かれるように立ち振る舞っていたからだ」

「どういうこと?」


 進から質問されて、悪郎は襟を正しコホンと咳払いをしてから答え始めた。


「まず第一印象。見目の良さは好感度を稼ぎやすい、しかしこれはそこまで重要じゃあない。身なりを整え清潔感ある服装をだらしない印象を与えないようきっちりと着こなす。これだけで大体の人は好感を覚える」

「たかが制服に大げさだな」

「そのたかが制服すらまともに着こなせないだらしのなさが相手にはよく伝わるんだ。これは与える印象の問題だ、髪と顔、服装をきっちり整えている奴と、すべてが中途半端でだらしのない奴、どちらの言葉を信じやすいかと考えれば答えは明白だろ」


 悪郎は立ち止まると、服装を思い切り着崩して髪の毛をガシガシと見出した。そしてハンカチを取り出して進に見せた。


「こちらのハンカチは大変貴重なブランド品でして、素材は最高級の絹、織り方もこだわり抜かれていて、職人の手によって一つ一つ丁寧に作られております」


 決まり文句のようなセールストークをした後、今度はぴしっと身なりを整えてから同じ文言を同じ様に言った。


 それを受けて進は、同じ人が同じことを同じように言っているだけなのに、確かに受ける印象がガラリと変わるなと思った。だらしなくしている方はどことなく胡散臭く偽物かと疑ってしまいそうで、きっちりとしている方は雰囲気だけで信頼してしまいそうな印象を受けた。


「なるほど、実践されると確かにそうだ」

「これですべてが決まるというものでもないがな。ただ視覚から得られる情報は多い、少なくとも他人が多く集まる場において、だらしのない格好を好ましく思うのは少数だ。偏見だろうがなんだろうが言わせてもらうと、見た目からトラブルを起こしそう、または抱えてそうな奴と親しくしたい奴はいない。同類でもなければな」

「だから僕にも散々身だしなみを整えろってうるさかったのか」

「わざわざ自分から悪印象を与えるのは得策ではあるまい。身だしなみを整え、姿勢を正し、上を向いて自信だけはある顔をしていろ。それだけで勝手に好感触を抱いてくれるのだから易いものだ」


 進が学校に戻る前の準備期間に、悪郎は生活習慣の改善と身だしなみについては、特に重点的に教え叩き込んだ。それは印象をよくするという目的だけではなく、不条理な攻撃材料を与えないためであった。


 人は小さなものでも汚れを見つければ不潔に思い、多少の匂いでも気になれば悪臭と判断する。例えそれが本人にとってどうしようもないことでも、平気な顔で残酷な判断を下す。それだけではその人ことは何も分からないのにそうしてしまう。


 そういった下らない判断材料を相手に与えないようにすることは一種の自衛であった。悪郎はそれを進に教えていた。


「でもそれだけであんなにワーキャー言われないだろ?」

「当たり前だ。これはただの第一段階に過ぎない。例えば身振り手振りを大きくしてみたり、表情が分かりやすいようにしたり、さりげなく相手の動きと合わせてみたりと色々使い分けている。それと俺は事前にクラスメイトの情報を知る機会があったからな、そういう情報も使うんだ」

「はあー、色々やってたんだな。端から見てるだけじゃ分からないや」

「見た目だけで万人から好かれる奴なんていない。お前から見てモテる奴というのは、それ相応の努力もしているってことだ」


 進がなるほどと感心しているのを見て、悪郎はふふんと自慢げにした。談笑している内に積もったストレスは綺麗に消え去り、悪郎の機嫌もよくなっていた。


 並んで歩く下校道、何だかんだで楽しい時間を過ごしていた二人の背後から「おーい」と声をかけてくるものがいた。二人が振り返ると、そこにいたのは紗奈と葉月の二人であった。紗奈が大きく手を振りながら駆け寄ってくるので、進たちは足を止めて待った。




 追いついてきた紗奈と葉月、ここまで走ってきたのか葉月は息を荒らげているが、紗奈は平気そうにしていた。


「探したよ進くん。下校時間になったらすぐにいなくなってて慌てたよ」

「ごめん、何か用でもあった?」

「あ、えっと。用があったのは私じゃなくて…」


 紗奈がちらりと葉月の顔を見た。息を整えていた葉月はその視線に気づかず、まだ膝に手を置いてうなだれていた。紗奈が背中をさすり、ようやく落ち着いたところで葉月が進に言った。


「あの、佐久間くん。あの時大騒ぎになっちゃって有耶無耶になっちゃったからさ、どうしても改めて言っておきたくて。いじめのこと本当にごめんなさい」

「そんな、気にしなくてもいいのに。それより僕も中野さんに怒鳴っちゃってごめん。真っ先に謝りにきてくれたのに…」

「それこそ私が急にいい出したことだから気にしないで」

「そっか。じゃあ言わなきゃいけないのはこれじゃないね、中野さんありがとう。誰よりも先に謝りにきてくれて」


 葉月は言葉もなくこくりと頷いた。両者の和解を見届けた紗奈は、嬉しそうな顔でニコニコと笑っていた。悪郎はそんな紗奈に声をかけた。


「如月さん。これのためにわざわざ追いかけてきたの?」

「うん。わだかまりを残したままだと、お互い気まずいでしょ?それに進くんの味方は一人でも多いほうがいいと思うんだ」


 杉山と同じことを言う紗奈に悪郎は少し驚いた。存外周りのことをよく見ているなと感心し、元から高かった紗奈への評価と心象がよくなる。


「あ、そうだった。私、如月紗奈。よろしくね佐久間くん。自己紹介まだだったでしょ?大変だったね、登校初日からあんなに囲まれちゃって」

「悪郎」

「え?」

「悪郎って呼んでくれ、そっちの方が気に入ってるんだ。進のこと色々と気にかけてくれたみたいでありがとう」


 悪郎はスッと手を差し出した。悪郎にとって生まれて初めて、誰かと握手を交わしたいと思った瞬間だった。


「…私はもう一度進くんと友達になりたかっただけだよ。うまくいかないことばっかりだったし、本当は少し諦めかけてた」

「でも信じて待った。それは思っているよりも困難な道だ、その気持ちが俺は嬉しかった」


 紗奈は照れくさそうに笑いながら悪郎の手を取った。


「何だか悪郎くんって進くんのお兄さんみたいだね」

「そんな大層なものじゃないさ」

「そうかな?ま、いっか。これからよろしくね。そうだ、葉月も挨拶したがってたんだった。呼んでくるね」


 握手から離れた手を見つめる悪郎は、小さな声で「お兄さんか」と呟いた。自分は進にとって、家族でもなければ命と悪魔を奪おうとしている悪魔である。そんな自分が進の家族と同列のように評価されるのは、こそばゆい以上に虚しさを覚えた。


 しかし紗奈の言葉を嬉しく思う自分もいた。そしてそれに恥じないようでいたいとも同時に思った。例え結末がどんなものであったとしても、悪郎は最後まで進と一緒にいることを改めて誓った。

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