008
彼と二人で帰ることが増えたこともあって、玲二と栞に会うのは、ほとんど朝の登校時だけになった。
「お前、あの神明って奴と最近仲良くしてるみたいだけど、わかってんのか?」
「話してみると意外にいい人だよ」
この頃には、下の名前で呼ぶほど親しくなっていた。僕にとって彼が特別な存在であるように、彼にとっても僕が特別な存在になっている。そんな思い上がりに近い感情を抱いていた。
「やめてよ! 何かあってからじゃ遅いんだよ!」
栞は心配そうな顔をしていた。
「本当に大丈夫だって。今度紹介しようか?」
「無理無理! 絶対無理ぃー!!」
栞は全力で頭を横に振る。
「別にあいつがさ、万一安全だったとしても、相手にしてたらクラスでハブられないか? それが心配なんだよ」
「……」
「聞いてんのか?」
「今のところそれも大丈夫だって。神明君だって別に無視とかされてるわけじゃないんだよ。皆少し怖がってるだけで」
「……それでも、隼人のことが心配だよぅ」
「あんまり周りに心配かけんなよ」
「……わかったよ。ほどほどにしておく。でも、いきなり無視とか無理だよ」
「……そりゃあ、そうだな……。そんなことしたら怖いことになりそうだ」
「もぅ、変な想像しないでよ。隼人の命がかかってるんだから!」
「そんな大げさな」
「よし、隼人が決意してくれたお祝いに抱きついてあげる! とう!」
栞がいきなり背中に飛び乗ってきた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「よし、隼人号。学校へ向けて出発!」
栞は、人差し指を前方に延ばして号令をかけた……。
「重いんですけど……」
「むぅ! レディに体重のことを言うとは失礼な!」
仕方なく、自分の鞄を玲二に渡し、手を栞のふとももに回す……。
「俺なら喜んで負ぶってやるのになぁー」
「だから、これは隼人へのご褒美なの。ねっ!」
「どっからどうみても罰ゲームだよ!」
「確かに栞に胸はないもんな……」
栞が玲二に鞄攻撃を加えるのを横目に見ながら、人通りのある道までこの羞恥プレイが続いた。
その日の放課後、他のクラスの先生から頼まれた仕事を終わらせて職員室に行った時、担任の汐竹先生に会った。
「上守君、今から帰り?」
「はい」
「ちょっと時間ある?」
「ええ、まぁ」
先生に進路指導室へつれて行かれた。
「職員室でする話でもないから、ごめんね。で、聞きたいんだけど神明君はクラスでどんな感じ?」
「基本的に一人でいる感じですね」
「やっぱりそうなんだ……。上守君は仲が良い方よね」
「……そうですね、他の人に比べればそうだと思います」
「彼、今まで色々あって大変だったと思うから、できるだけ仲良くしてあげてね」
「善処します……」
「ありがとう。あと、白倉さんの調子はどう? 元気そう?」
「それは…僕より女子の方が詳しいと思いますが……」
「ノンノン! 男の子なら見つめちゃうでしょー」
汐竹先生が、得意げな表情で人差し指を横に振る。
「……」
「……ごめんなさい。上守君の見た感じでいいから」
「そうですね……。僕は体調を悪くしている様子を見たことはないですね。体育の授業の見学も減ってるみたいですし」
「やっぱりよく見てるじゃない~。男の子ね~」
「……」
「……ごめんなさい。でも、良かったわ。ちょっと心配だったの。白倉さん、真面目で無理しちゃうタイプだから、気をつけてあげててね……」
「はい……」
本当にこの人は先生なんだなぁ、とつくづく思う。
「もちろん上守君も、相談があったら先生に言ってね。恋いの悩みも大歓迎よ! あ、でも実は先生が! とかそういのは困っちゃ……」
僕は教室へ戻った。
特に待ち合わせをしたわけではないけど、何となく恭は僕を待っている気がした。
教室へ戻ると予想通りだったが、意外な組み合わせで話をしていた。
「あ、お帰り。遅かったね」
「途中で白倉先生に捕まったからさ」
「じゃあ、私はこれで。上守君もまた明日」
恭と二人きりで話をしていたのは、白倉さんだった。
二人でいたことにも驚いたが、自分の名前を覚えられていたことにも驚いた。
「二人で何を話していたの?」
帰り道で彼に聞いた。
「たいした話はしてないよ。何をしてるのかと聞かれたから君を待ってると伝えて、君のことを話したぐらい」
「なんで、僕の話題なんだよって……しかも今たいした話じゃないって言ったよね」
「はは……ごめんごめん。まぁ、僕と話をしてるのが君ぐらいだから、気になったんじゃないのかな。君的には白倉さんはどうなんだい?」
「どうって?」
「もちろん女性としてさ」
「……なんか意外だね。恭がそんなこと言うのは」
「そうかい? まぁ、僕は白倉さんに全く興味はないけど、君は別につき合ってる子、いないだろ?」
「……いないよ」
「じゃあ、好きな子は?」
「別に特にいないよ……。なんだよ、ガールズトークみだいじゃないか」
「ごめんごめん」
恭が快活に笑う。
「白倉さんに変なこと言ってないよね?」
「さぁ、どうだろ?」
彼は楽しそうだった。思えば、普通の話をするのは初めてのことかもしれない。
「そうそう、しばらく一緒に帰るのはよした方がいいかもね」
彼からの突然の申し出だった。
「それは…?」
「あんまりクラスで僕と親しくしていると、君も浮きそうだからさ。まぁ、ちょっとの間様子を見たいんだ。クラスをもう少し観察したいというかね。少なくとも、クラスの中ではあんまり話しかけない方がいいよ。それに今週は、僕も色々用事ができてしまったもんだから。まぁ、二週間程度の話だよ」
「……そうなんだ」
「なんだい残念なのかい?」
「そりゃあ、友達だから当然だろ」
「……君は本当に良い奴だな」
彼は、何かを惜しむような表情を見せた気がした。それは、僕が彼にとって必要とされているようで、少しうれしかった。




