005
僕は自分のクラスに着いた後も、同じようにしていたと思う。でも、ここでは気遣ってくれる人はいなかった。
そんな中、僕の意識が日常に戻されたのは、クラスにざわめきが起きたからだろう。
クラスのドアが開いた時、そこへクラス中の視線が注がれたのがわかった。
「静香ちゃん、久しぶり! 元気になったの?」
第一声を発したのは綾先朱里。低い背に似合わず、いつも騒がしいが、皆をまとめる現在のクラス委員長。話しかけた相手は元クラス委員長の女の子、白倉静香。委員長を辞めたのは、長期に亘って学校を休んでいたためだ。
先生が詳細を話すことは無かったが、元々体が弱いらしく学年が始まってからも休みがちで、体育の授業は全て見学していた。
姿を見たのは三~四ヶ月ぶりだろうか。春の終わりから、夏休みを越えた今日に至るまで休み続けていたため、ほとんど存在感がなくなってもおかしく無いぐらいだが、担任の先生が定期的にお見舞いを続けて、クラスの皆に様子を報告してくれていたことと、元々外見から目立つタイプだったこともあり、再びクラスに馴染むのも時間の問題に思えた。
モデル並の体型と長い黒髪から男子人気が高いが、その白い肌のせいか、どことなく病的な儚さを感じさせる子で、個人的には苦手なタイプだった。
―栞とは正反対だな。
無意味にそんなことを思った。
ほとんど話をしたことはなく、これからもすることはないだろう。
クラス中の女子は、白倉さんの前に集まって自分達がいかに心配していたか披露しあっていたが、彼女が休んでいる間、ほとんど話題に出たのを聞いたことがなかった。気にしていたのは、むしろ遠巻きにその様子を眺めている男子達だったのではないだろうか。
「ほらほら、皆、静香が困ってるからあんまり迷惑かけないの」
白倉さんに代わって副委員長から委員長に格上げした綾先さんが、白倉さんを随分前に席替えした先の席へ案内して行く。
今日は一日、注目されて大変そうだと何気なく思っていたが、それは杞憂だった。
「皆、おっはよー! あ、白倉さんもう大丈夫みたいね」
担任の汐竹桜先生が教室に入ってきた。
清楚な外見とは裏腹に……というと印象が悪いからかもしれないが、明るい先生で男女問わず人気が高い。
「はい、ご心配をおかけしました。お陰様で体調も元通りです」
「良かった! うちのクラスの女の子は皆可愛いけど、全員揃ってこそよね、ね男子!」
ウィンクをしつつ、その場にいた男子の背中を手で叩きながら黒板の前へ向かった。
「まだ病み上がりなんだから、皆で白倉さんのサポートしっかりするのよ。特に女子にやさしい男はポイント高いからね!」
「先生ー。誰に対してポイントがつくんですか」
「それはもちろん。あ・た・し」
質問した男子に対して投げキッスの仕草をしてみせる。
それに喜んだのはむしろ女子達で、男子は皆笑っている。
「先生、そんなんじゃいつまでたっても結婚できませんよ」
「そんなこといって~、卒業式の日に私に告白する気なんでしょう! ヒューヒュー!」
僕はいつものクラスの雰囲気に、一時的にせよ安心感のようなものを覚えていた。
「はーい、じゃあ皆席についてね。実は転校生が来ています。さぁ、入って」
先生は教壇に立つと教室の入り口に体を向ける。
先生に促されて入ってきたのは、男子だった。
彼は慣れた足取りで、黒板の前に立ち、こちらを見据えている。
「もしかしたら、僕のことを知っている人がいるかもしれませんね」
「え、何? もしかして有名人?」
彼の発言に教室がざわついた。
身長はやや低め。ウェーブがかった栗色の髪の外見から、小動物を思わせるかわいい系なだけに、女子の期待値は高いらしい。
「神明恭。以前、両親殺害で世間を賑わわせた元少年Aです。よろしく」
教室が静まり帰る。
先生が少し困ったような顔をしていた。
―そうだ。
思い出した。何年か前に両親を殺害した少年がいた。しかし、少年が犯行を自白しながら結局裁判にならずに釈放。それで一部週刊誌が実名報道に踏み切るなど過熱。同い年だったこともあり、当時はクラスでもよく話題になった。
「家族とはうまくいきませんでしたが、皆とは仲良くやっていきたいと思います」
冗談とも本気ともつかない笑顔で挨拶した後、彼は先生に促されて自分の新しい席へ向かった。
クラスの皆は、ほとんどが彼と目線を合わせないようにしていたと思う。この時、僕と彼の目線があったのは、そのためだろう。
なぜか僕は、この時、彼に興味をもってしまった。
昨日までの自分だったら、確実に皆と同じように関わらない道を選んだだろう。もしかしたら彼によって何かが変わることを期待してしまったのかもしれない。
彼が僕に興味を持ったのかはわからないが、僕の横を通りすぎ、席に座った。
白倉さんの隣の席だ。
「よろしくね」
白倉さんが彼に挨拶したのは意外だったというべきか、彼女らしいというべきか。
「偽善者」
微かに聞こえた誰かの呟きが、ひどく耳に残った。




