013
「青葉さんの方も、犯人は綾先さんで間違いないね」
いつもの場所で神明君が言った。
「……どうやって調べたの?」
「直接聞いて回ったんだよ。その噂、誰から聞いたのかって。そうやって辿っていった先が綾先さん」
「彼女は何か言ってた?」
「噂を誰から聞いたか覚えてないってさ。発信源とみて間違いない」
「そう……」
「白倉さんの話と総合すれば、青葉さんの噂を流したのも、白倉さんの着替えを盗撮して流してたのも綾先さん。白倉さんのアドレスをネットに流していたのも綾先さんだ。警察の力を借りれないのは痛いところかな」
「そうね、殺人犯の性って奴かしら。綾先さんより私が先に捕まりそうだわ」
「まぁ、この辺はまとめて面倒みるから心配しなくていい」
「お礼を……言うべきなんでしょうね」
「その必要はないよ。僕が好きでやってることだし、むしろ僕の都合に合わせてもらってるんだから、持ちつ持たれつってところかな」
「……」
「残された時間は余りないけど大丈夫かい?」
「ええ……わかってる。今はね……こう思ってるの。死に急いでるのは彼らの方なんだって。違う?」
「その通り……どんな事態になろうと、僕が最後まで責任を持つんだ。失敗はあり得ない」
私たちはしばらく黙ったまま見つめあった。
私は彼を信じるしかない。
そして、いよいよ今日が来た。
失敗すれば全てが終わる。……もしかしたら、失敗すれば、また別の生き方ができるのかもしれない。
失敗しても……いや駄目だ。もう、私はこれ以上耐えられない。
隼人君に、今日は用事があって一緒には帰れないと伝えた。
廊下で会った汐竹先生には、周りに聞こえないように囁いた。
「先生、今日は私のことを気にせずゆっくりして下さいね」
「ありがと」
先生は綺麗だ。女の私から見ても素敵だ。父とのデートを邪魔したくはない……でも、二人がこれからどうなるかはわからない。それは、私にとって気がかりなことの一つだった。
なるようにしかならないことはわかってる。それでも私のせいで、二人は別れることになるかもしれない……。
「お、来たな」
玲二が私を教室に迎え入れ鍵をかける。中には、郷矢もいた。
「玲二、最初の見張りはお前に任せたぞ」
「仕方ねぇな、早くしろよ」
「俺はお前と違って早漏じゃないから無理だな、ハハ」
下品な笑い声だ……。
「今日はやけにしがみついてきたな。爪の後がついちまった。そんなに気持ちよかったか?」
「……」
「巻勝、馬鹿言ってないで先公が来る前にさっさと帰るぞ」
「そうだな。じゃあ、また来週な」
私は急いで教室に戻り、荷物を取る。神明君が用意してくれた包丁だ。
廊下に出て歩いていると、向こう側から足音が聞こえてきた。
慌てて近くの教室に入って息を潜める。見つかるわけにはいかない。足音はそのまま通りすぎていった……。
誰にも見られないようにしないといけない。今日は最高の日。絶対に成功させてみせる……。
そして、私はようやく屋上にたどり着いた。
息を潜め待ち続ける……。
しばらくすると再び足音が聞こえてきた。
「誰もいないな」
教師の声がした後、鍵の閉まる音が聞こえる。
私は携帯を取り出し、隼人君にメールを送った。
しばらくすると彼からメールが返ってくる。
―どこか行きたいところはある?
返信に時間がかかった割には短い文面。彼の性格上、悩みすぎてどう書けばいいのか、わからなくなったに違いない。
頭を抱える彼の姿を想像するとおかしかった。
でも、それは果たせないデートの約束。
「一度くらいデートすればよかったね」
残念といえば残念な気もする。今更そんなことを考える自分もおかしい。
「暇だなぁ」
彼からの短い文面を眺め続けた。以前もらったメールも確認してみる。しばらく時間を潰さないといけない。約束の時間まで。
辺りが暗くなってきた。少し肌寒い。
校内からはすっかり人の気配が無くなった。職員室に先生が一人残っているぐらいだろう。
このチャンスを逃せばもう機会はない。散々考えて出した結論だ。
私は右手でお腹をさすった。
「もうすぐ私も行くよ……」
私は本当に馬鹿だ……。泣きたくなるぐらい馬鹿だ。
「君の名を呼ぼうにも、そういえば名前をつけて無かったね」
お腹を痛めて産んだ子。私が殺して捨てた子。
「名前……名前かぁ」
なぜつけてやらなかったのか。
せめて、今つけれればと思うが、思いつかない。
「……隼人君。男の子の名前なんて、君の名前しか出てこないや」
包丁を手に取り、腹部に……思いっきり突き刺した。
痛すぎて感覚が麻痺しているのか、自分の腹から湧き出る血に実感が沸かない。
「本当に……駄目な…母親…ね」
これが母の気持ちだろうか。祖父の子を産んだ母も、こんな気持ちだったのだろうか。
体の方が痛みに悲鳴を上げているのか、自然に涙が出た。
屋上の縁から、黒いコンクリートの地面が見える。後は全てを彼に託そう。
私の人生はここで……終わりだ。




