008
私に考える時間は、残されていないのかもしれない。それでも神明君との取引に、応じる決心は付かなかった。
上守君の姿を探し出しても、結局は話しかけられない日々。
そして今日も上守君を見つけた……。
上守君は郷矢といた。
私は廊下の隅に隠れて様子を伺う。
―何やってるんだろう。私……。
自分の行為がひどく滑稽だ。
二人は玲二のことを話しているようだった。そこへ、綾先さんがやってきた。
「上守君。あのね、伝言頼まれたんだけど、教室に来てって」
「誰が?」
「知らない女の子だよ。その子が上守君に話があるって。結構可愛かった!」
私は耳を疑った。彼が他の女の子と付き合うことになったら、神明君との約束を果たすことができなくなる。私が無駄に悩んでいたせいでこんなことに……。
「ほら、早く~。伝えたからね。ほらほら」
綾先さんに追い立てられ、上守君は教室へ行ってしまった。
―どうすれば……。
私は迷っていた。
しかし……。
「上守って意外とモテるんだな~。女子から呼び出しか」
「嘘に決まってんじゃん。上守君が邪魔だったから、どっかに行ってもらっただけぇー」
「うわぁ、ひでぇ奴」
「だって、あたしも騙されるとは思ってなかったんだもん。自分でモテると思ってたらうけるねぇ」
「いえてる」
二人が互いに笑いあっていた。
「でさぁ、静香の新しいの撮れたから送るね」
「サンキュウー」
「いっぱいバラまいちゃってよ」
「おめぇひでぇ女だなぁ」
「だってムカつくんだもん。ちょっと顔がいいからっていい気になりすぎ。玲二君も騙されてんじゃないの?」
「そりゃないって、あいつが利用してるだけだよ」
「本当かなぁ。玲二君が心配だよ」
「大丈夫だって」
「でも、全然私と付き合ってくれないしぃ。なんでだろ」
「……そりゃあ、あいつにも都合があるんだよ。とにかく次も頼むぜ」
「りょうかい♪」
ああ、私の周りはもう敵だらけだ。全てが手後れになっている。私一人の力ではどうしようもない。
教室で一人、待ち続ける彼の姿を見た。
私にとってこれが最初で最後のチャンスかもしれない。しかし、踏み出せばもう後には引けない気がしていた。
だから、運を天に任せ、後30分経っても彼がその場にいるなら、彼に告白しようと決めた。
……結局、私が教室に入ったのは1時間以上経ってからだったのだけれども。
教室に入ると彼がこちらを見た……最後まで演じきらなければならない。鼓動が早くなっていくのがわかる。私はできるだけ平静を装って話しかけた。
「それは本気で言ってる?」
この言葉を聞いたとき、全てを見透かされているようで怖かった。キスしたのは、自分の中で焦りがあったからかもしれない。なぜ、あんなことができたのか、自分でもよくわからなかった。
ただ、動揺している彼の姿は、なぜか少し可愛かった。




