021
警察は恭を疑った。クラスの皆だけでなく、学校中で彼が彼女を追い回している様子が目撃されていたからだ。事故直前まで、彼が彼女を追いかけている様子を見ていた者もいる。もちろん僕は、彼が犯人ではないことを知っていた。僕の目の前で彼女は落ちたのだから、犯人なわけがない。しかし、彼から口止めされていた。君が屋上で一緒にいたことが知られると確実に犯人として扱われると。
幸い、彼にはアリバイがあった。皆が落下時の衝撃音を聴いたとき人と話をしていたのだ。全く見ず知らずの相手ではあったが。
「隼人、久しぶりだね……」
僕は朝、栞と会った。一緒に登校するのはいつ以来だろうか。少し痩せたのか、やつれてみえる。僕に対して笑顔を見せてくれるのは相変わらずだが、どこかぎこちなくて、痛々しい。
「ごめん、栞が大変なことはわかってたのに……」
「いいよ……。だって大変だったんでしょ」
玲二は学校を休むようになっていた。綾先さんは親友の死を受け入れられずに自殺した……という扱いになっていたようだが、二人も死人が出たせいもあって、病欠する人が増えていた。綾先さんの死が自殺でないことを知っているのは僕と恭だけだったが、結局誰にも話さなかった。
「……玲二の風邪心配だな」
本当は栞の前で、玲二の名前を出すのは今でも嫌だ。
「え? …うん、そうだね。心配だね……。でも、玲二なら大丈夫だよ。それより、隼人は大丈夫? 落ち込んでない?」
「大丈夫だよ……。あ~あ、栞に心配されちゃうなんて」
「何よぅそれ」
少しだけ二人で笑った。それは本当に久しぶりのことだった気がした。
「ねぇ……今日の帰り、家に行っていい?」
「ん? 玲二のお見舞いに行くの? なら……一緒に行くよ」
「え…………うん、そう。一緒に行こうか…」
それから、朝は栞と登校し、帰りは恭と一緒になるのが習慣になった。
帰り道、警察が時々やってきて恭と話しをしていたが、特に進展はなかったように思えた。
「上守君は黒岩玲二君と知り合いだったよね」
だから刑事が突然、玲二の名前を出したときは驚いた。
「小学生からの知り合いですけど……」
「彼と白倉さんの関係について、何か知ってることはないかな」
「……僕が、彼女として紹介したことがあるぐらいです」
「そう……か……」
これは僕の思いこみかもしれないが、刑事の顔がひどく同情に満ちているような気がした。
「そろそろ犯人が捕まるかもね」
恭はなぜか楽しそうだった。刑事と話して辺りがすっかり暗くなっていた。
「……」
「DNA鑑定と一致する人物を割り出せたみたいだ。結果は教えてもらえるわけないけど、いよいよ最終段階ってところかな」
「……」
本当にこのままでいいのだろうか。しかし、僕に悩む暇は無かった。警察の他にも、僕らを付けている人間がいるなんて、夢にも思ってなかったからだ。
「俺は黙って殺されるようなタマじゃないからな!」
叫び声の先に、包丁を手にもった郷矢巻勝がいた。
「おっと、これはまずい」
恭の顔が一瞬こわばった。
「隼人、すまないけど時間稼ぎ、頼んだよ」
無理はしなくていいからと言いながら、恭は横道にそれて路地に入っていった。
一瞬の出来事でどうしていいかわからない僕の目の前には、今にも襲いかかってきそうな、焦りに満ちた形相の郷矢がいる。
「お前も邪魔をするなら殺すぞ!」
彼の言動から標的が自分でないことがわかったが、同時に恭の時間稼ぎという言葉が脳裏をよぎる。
どうしていいのか、全くわからない。
「うおおおお!」
郷矢が叫びながら包丁を降り上げ、こちらに突進してきたとき、僕は必死に恭が行った道とは逆方向に走り出した。
その時は無我夢中のことだったが、すぐに息が切れてしまう。足音は聞こえてこなかった。
どうやら、恭を追って別の道に入ったらしい。
僕はしばらくの間、息を整えながら考え、ゆっくりと走りながら、郷矢と恭の後を追った。できるだけ足音をたてないように。そして、何か武器になりそうな物を探しながら。
しばらく進むと、遠くに二人の姿が見えた。暗くてよく見えないが、一人は地面にうずくまっている。
「ああ、来たのか。来なくてもよかったのに」
倒れていたのは、郷矢の方だった。
駆け寄ろうとすると声で制止された。
「こっちに来ないで道を戻って帰るんだ。面倒事に巻き込まれるぞ、走って早く帰るんだ」
彼は顔をこちらに向けず、地面に向かって話しかけている。
「そうそう、君の家の近くにあるコンビニの前は、ゆっくり歩いて帰るんだよ。あそこには防犯カメラがあるからね。さぁ、早く」
僕は指示されるまま走って帰った。事情はわからないが、恭の言う通りにした方がいい。




