018
「それは災難だったね」
「まぁ、別に災難って程ではないけど」
「じゃあ、これからが災難だよ。連中はしつこいから」
次の日の放課後も二人で帰った。本当は電話でも話したいことはあったが、彼曰く、あまり連絡を取り合うと疑われるということで、専ら帰り道だけだ。
「恭のところへは?」
「今のところないね。でもそろそろじゃないかな。僕から話すことは何もないけど。人目を配慮してくれる刑事なら、家に押し掛けずに一人になったところを狙ってくれるから、今日は捲かずに真っ直ぐ家に帰ろうかな」
「……昨日は捲いたの?」
「ついね。あんまり下手だったから。でもやりすぎると疑われるから、もうやめとくよ」
恭は時々、事件を楽しんでるのかと思うことがある……。
「今日は付けられてる?」
「ん~、付けてはないと思うけど」
恭の視線の先を見ると、若い男が立っていた。昨日とは違う男だ。
「ちょっといいかな」
男が話しかけてくる。
「任意ならお断りですよ」
恭はむげなく、通り過ぎようとした。
「ちょっと待て。警察だ」
男が恭の肩を手で掴んだ。
「……いいんですか? あなたが警察学校で何を教わったか知りませんが、少なくとも僕の自由意思で排斥できない力で拘束しようとすれば、違法捜査ですよ」
「何だと」
「だから、僕がここから立ち去ろうというのを、力づくで邪魔するなら、あなたの行為が違法になるってことです」
「離してやれ」
後ろで眺めていた男が声をかけた。昨日僕が見た刑事だ。
「しかし……」
「そいつは法律に関しちゃ、俺たちより詳しいぐらいだ。ご機嫌を損ねて面倒事を増やすな」
恭を掴んでいた男は、しぶしぶ手を離す。
「お久しぶりですね、岩国警部。誤認逮捕で失脚したかと思いましたよ」
「ばーか、誤認じゃねぇよ。てめぇが犯人だったんだろうが」
二人は笑みを浮かべて顔を合わせる。
「で、そこのエライ先生に頼みがあるんだが。何とか捜査にご協力願えないもんかね」
「そちらが捜査状況を教えてくれるなら、僕も全面的に協力しますよ」
「そんなわけにいくか!」
「だから、お前は黙ってろって」
若い刑事をなだめながら岩国という刑事が続ける。
「……で、何が知りたいんだ?」
「まずは現場の状況ですね。ニュースでしか知らないもんで」
「じゃあ、知ってる内容を教えてもらえるか。付け加えてやるよ」
刑事と恭の間で、妙な駆け引きが行われている気がした。考え過ぎかもしれないが。
「……腹に刺し傷、屋上から地面に落下、頭部切断。これぐらいですね。できれば時系列に沿ってお願いします」
「そのまんまの順だよ」
「聞いてるのは死因を含めてですよ。どの時点で死んだのか、死後刺されたのか、刺されて、あるいは切断されて死んだのか」
「……腹の刺し傷は生前のもの、死因は屋上からの落下による外傷性ショック死で間違いないだろう。頭部切断は死後のものだそうだ」
「なるほどね……」
「で、こちらも聞きたい。屋上の扉は鍵が閉まっていた。にもかかわらずだ、屋上で刺された挙げ句、突き落とされたのか、自分で落ちたのか、とにかく路上で頭部切断。お前ならどう説明する?」
「屋上にいた根拠と、使用された凶器は?」
「屋上に残された血痕。凶器は包丁のようなもの。刃渡りがそれぐらいだ」
「鍵なんて職員室にあるものですし、合い鍵があれば問題なし。密室といえるほどでもないですね。何か気になることでも?」
「わざわざ頭部を切断した理由が知りたい」
「……そうですね。普通なら身元をわからなくするために切断するものですが、校内で生徒を殺害したのなら、何れすぐわかるもんですしね」
「ま、そういうことだ。お前さんなら何のために持ち去る?」
「……僕に頭部を集める趣味はありませんから、警察を挑発するためにするかもしれませんね」
「なるほど、参考になったよ」
「いえいえ。ところで、一つ追加で聞きたいんですが、彼女は性的な暴行を受けていたんですか?」
僕は、彼の言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
若い刑事も動揺しているように見えた。
「どういう意味だ?」
「言葉通りの意味ですよ。マスコミが着衣の乱れについて触れていないのが気になったので、確認です。少なくとも、そこにいる上守隼人君は彼女の恋人ですよ。知る権利がある」
刑事は一度僕の方を見た。
「残念だが、彼女の父親の意向でね。死因以外についての公表はできない」
「かまいませんよ。知りたいのは、犯人と見られる男性のDNAサンプルが得られたのかってことです。少なくとも、男性の犯行だとわかるだけでも違うことですし」
「……犯人のものと思われるDNAは採取している。Y染色体がまじっていたそうだから、男であることは確かだな……」
岩国警部はじっと恭を見ていた。
「それだけわかれば十分です。続きはまた今度にしましょう」
恭と僕はそこから立ち去ったが、刑事達は特に引き留めようとしなかった。
「ショックを受けている暇はないよ。覚悟ぐらいしていただろ」
「……」
「別に僕は彼女を貶めるつもりも、君を苦しめるつもりもないけど、犯人に動機があるとしたら今のところ恋愛沙汰しか考えられないから、その点で襲われたと考える方が自然だよ。採取された可能性があるのは犯人の精液、皮膚についた唾液、髪の毛、あるいは抵抗する際、彼女の爪に付着した皮膚の細胞」
「……」
「何れにせよ、片っ端から警察がDNA鑑定をしていけばいずれ犯人が捕まる……」
しばらく、二人で黙ったまま歩き続けた。そして、彼が再び口を開いた。
「……君は僕に何を望む?」




