第99話 繰り返した先
それからの一か月、五人は何度も初心者ダンジョンへ通った。
毎回、新しいことが起きたわけではない。
二十五階層へ飛び、二十六階層から二十九階層を歩く。罠を確認し、魔物と戦い、必要なら避ける。最後に三十階層へ入り、オーガ二体と戦う。
休む日もあった。
学園の授業もある。
収納魔道具の記録も続ける。
だから毎日ではない。それでも、積み重ねれば十分な回数になった。
最初に大きく変わったのは、シリウスだった。
「右、踏むな」
言われる前に全員が止まる。
シリウスは床を指差し、小石を投げた。少し遅れて壁から矢が飛ぶ。
「前と位置変わってるな」
アルスが言うと、シリウスはしゃがんだまま答えた。
「罠そのものを見るより、周りと違うところ探した方が早い」
床の色。
石の並び。
壁の小さな穴。
不自然に何もない場所。
最初は一つずつ探していた。
今は、違和感を拾っている。
アルスは少し笑った。
「僕が魔素を見るのと似てきたね」
「一緒にすんな。俺は目で見てる」
そう言いながら、シリウスは少し嬉しそうだった。
レインも変わった。
戦闘が始まってから指示を出す回数が減った。
必要なことだけ言う。
「左を空けて」
それだけで、アルスが動く。
「アイリス、次」
射線が開く。
「シリ、離して」
敵が分かれる。
細かく説明しなくても、五人が続きを理解するようになっていた。
ある日。
二十九階層で大型ゴブリン四体と遭遇した。
以前なら、一度止まって役割を決めていた。
今は違う。
シリウスが一体を引く。
レインが二体の正面を取る。
アルスが残り一体へ。
アイリスが状況を見て、アルス側へ火球を飛ばす。
リリアの補助は最初から全員へ掛けない。
必要な人へ。
必要な強さだけ。
戦闘が終わってから、アルスが気付いた。
「今、誰も決めなかったね」
レインも少し考える。
「そうだね」
シリウスが言う。
「でも全員、同じように動いた」
アイリスが訂正する。
「同じように、ではありません。それぞれ違うことをしたから噛み合ったんです」
「細かいな」
「そこが大事です」
リリアが笑う。
役割を決めなくなったわけではない。
決める時間が短くなった。
それだけだった。
三十階層のオーガ二体も、最初ほど特別な相手ではなくなっていった。
初めは必ずシリウスが一体を引いた。
四人でもう一体を倒す。
それから合流。
何度か繰り返すうちに、順番を変えた。
レインが一体を引く。
アルス、シリウス、アイリス、リリアで一体。
次はアルスが引く。
さらに別の日。
シリウスが言った。
「俺、一体そのまま倒してみたい」
レインはすぐには答えなかった。
「引き付けながら?」
「うん。危なかったら逃げる」
アルスもシリウスを見る。
最初に三十階層へ来た時とは違う。
あの時。
シリウスは倒すことを捨てたから役目を果たせた。
今度は。
引き付ける役目を崩さず。
その先を試そうとしている。
レインが頷いた。
「分かった。でも、倒すことを優先しない」
「了解」
大扉。
オーガ二体。
分ける。
シリウス。
一体。
残り四人。
いつもの形。
ただし。
今回はシリウスも隙があれば攻撃する。
オーガの拳。
避ける。
近付かない。
追わせる。
拳。
空振り。
その後だけ。
脚へ短剣。
一撃。
また離れる。
遠くでアルスたちも戦っている。
シリウスはそちらを見ない。
自分の一体だけを見る。
急がない。
倒そうとしない。
結果として。
少しずつ。
傷が増える。
アルスたちが一体目を倒した時。
シリウス側のオーガは、まだ立っていた。
でも。
右脚を庇っていた。
レインが合流しようとする。
シリウスが叫んだ。
「待って!」
全員が止まる。
シリウスは笑っていた。
「もうちょい!」
アイリスが呆れたような顔をする。
それでも。
誰も入らない。
シリウス。
一人。
オーガ。
一体。
拳。
避ける。
脚。
攻撃。
離れる。
何度も。
繰り返す。
派手ではない。
一撃で決める技もない。
それでも。
オーガの動きは確実に落ちていった。
最後。
踏み込み。
右脚。
崩れる。
シリウスが横へ回る。
首下。
短剣。
オーガが倒れた。
静かになる。
数秒。
誰も何も言わない。
シリウスが振り返った。
「倒した」
アルスが笑う。
「倒したね」
レインも。
「うん」
シリウスはその場に座り込んだ。
「めちゃくちゃ疲れた」
アイリスが言う。
「それはそうでしょう」
リリアはすぐ状態を確認した。
怪我。
小さな擦り傷。
それだけ。
「無茶ではありませんでしたわ」
シリウスが嬉しそうに笑った。
その日から。
また一つ。
基準が変わった。
レインも。
一体を受け持つ。
最初は倒すまで時間が掛かった。
正面に立つ癖がある。
オーガの攻撃を引き受けようとする。
でも。
以前ボルドに言われたことを思い出す。
前衛は。
全部を受ける人ではない。
仲間が戦いやすくする人。
そして。
一人なら。
受ける必要そのものがない。
避ける。
動かす。
隙を見る。
何度かの訓練の後。
レインも一人でオーガを倒した。
アルスは。
少し違った。
魔素を見る。
動きも見る。
拳を振る前。
身体の魔素が偏る。
踏み込む前。
脚へ集まる。
魔法ではない。
身体を動かすための魔素。
最初は曖昧だった。
何度も同じオーガを見るうちに。
少しずつ。
分かるようになった。
「来る」
拳が動く前に。
避ける。
「右」
踏み込む前に。
位置を変える。
未来が見えるわけではない。
間違うこともある。
でも。
動いてから反応するより。
早い。
ある日。
アルスも。
一人で一体を倒した。
戦闘が終わると、シリウスが言う。
「ずるくない?」
「何が?」
「動く前に避けてただろ」
「魔素見てただけ」
「それをずるいって言ってる」
レインが笑う。
「シリは罠を踏む前に見つけるでしょ」
「……同じか」
アイリスは、火球を変えていた。
大きくするのではない。
小さく。
速く。
狙った場所へ。
何度も同じ相手へ撃つうちに、魔力を広げる必要がないと分かってきた。
脇。
膝裏。
首下。
防具や筋肉の薄い位置。
そこだけ。
以前より小さな火球。
でも。
深く効く。
「魔力、かなり残ってるね」
アルスが言うと、アイリスは自分の杖を見る。
「大きければ強いわけではないみたいです」
一度の威力より。
必要な場所へ。
必要なだけ。
それは、アイリスらしい成長だった。
そして。
リリア。
一か月前は、全員へ補助を掛け続けることが多かった。
今は。
ほとんどしない。
レインが攻撃を避ける瞬間。
一瞬だけ強める。
シリウスが距離を開ける時。
脚へ。
アルスが踏み込む時。
身体全体。
アイリスが狙う時。
姿勢。
短い。
細かい。
必要な場所だけ。
その結果。
最後まで。
魔力が残る。
さらに。
小さな怪我なら。
戦闘を止めずに治療できるようになっていた。
五人の誰か一人だけが強くなったわけではない。
それぞれ。
違う方向へ。
伸びた。
そして。
一か月ほど経ったある日。
三十階層。
オーガ二体。
レインが一体。
アルスが一体。
シリウスはその間を動く。
アイリス。
両方を見る。
リリア。
全員を見る。
以前なら。
一体を先に倒す必要があった。
今日は。
二体。
同時。
それでも。
崩れない。
レイン側。
オーガ。
拳。
回避。
反撃。
アルス側。
棍棒。
振り下ろし。
避ける。
シリウスがアルス側へ。
一撃。
すぐレイン側へ。
アイリスの火球。
レイン側。
次。
アルス側。
リリアの補助。
必要な瞬間だけ。
戦場は二つ。
でも。
五人は一つ。
先に倒れたのは。
レイン側。
その少し後。
アルス側。
二体。
ほぼ同時。
戦闘終了。
しばらく。
誰も話さなかった。
息を整える。
アルスは倒れた二体を見る。
初めて来た時。
あれほど大きく見えた。
二体。
今も強い。
当たれば危険。
油断すれば。
簡単に崩れる。
でも。
もう。
どう戦えばいいか分からない相手ではない。
レインが言った。
「そろそろかな」
誰も。
何のことか聞かなかった。
シリウスが頷く。
「うん」
アイリスも。
リリアも。
アルスも。
同じだった。
初心者ダンジョンで。
まだ学べることはある。
でも。
同じ相手を繰り返すことでしか得られないものは。
かなり拾った。
次。
違う場所。
違う仕組み。
違う魔物。
それを見てもいい。
ギルドへ戻る。
ミーニャはいつものように五人を数えた。
一。
二。
三。
四。
五。
「おかえりにゃ」
レインが言う。
「中級ダンジョンへ行こうと思います」
ミーニャは少しだけ目を細めた。
驚かなかった。
「やっと決めたにゃ?」
シリウスが笑う。
「やっとって、一か月しか経ってないけど」
「許可が出た日に行く人もいるにゃ」
アルスが聞く。
「案内人が必要なんですよね」
「必要にゃ。入口までの道を知らないなら、自力で探すのは現実的じゃないにゃ」
ボルドが奥から出てくる。
話を聞いていたらしい。
「行くか」
レインが頷く。
「はい」
ボルドは五人を見る。
以前。
初心者ダンジョンへ初めて向かう前と。
同じように。
「なら、次は初心者のつもりで行け」
シリウスが首を傾げる。
「初心者ダンジョン卒業したのに?」
「場所が変われば初心者だ」
短い。
でも。
全員。
意味は分かった。
初心者ダンジョンを攻略した。
だから。
中級でも通用する。
そうではない。
知らない場所へ行けば。
また。
分からないところから始まる。
アルスは少し笑った。
それでいい。
分からない。
だから。
見に行く。
五人の次の探索先が。
ようやく。
決まった。




