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第96話 二つの戦場

三十階層へ挑む日。


五人は、いつもより少し静かだった。


王都冒険者ギルドで予定を登録すると、ミーニャも普段の軽い調子を少しだけ抑えた。

「今日は三十階層にゃ?」


レインが頷く。

「はい」


「二体いるのは分かってるにゃ?」


シリウスが答える。

「一体、俺が引き付けます」


ミーニャはシリウスを見る。

「倒そうとしなくていいにゃ」


「分かってます」


「本当に?」


「今日は分かってます」


それで、ミーニャも少し笑った。


二十五階層までポータルで移動する。


そこから先は、もう何度か通った道。


二十六。

二十七。

二十八。


罠。


魔物。


必要なものだけ避け、必要なものだけ倒す。


二十九階層。


前回、大型ゴブリン二体と戦った場所。


今日は何もいない。


シリウスが言う。

「練習相手はいないか」


アイリスが返す。

「本番前に疲れなくて良かったでしょう」


「それもそうか」


三十階層へ続く階段。


五人はそこで一度止まった。


水。


食料。


装備。


魔石。


魔力。


疲労。


全員、問題なし。


レインが言う。

「もう一回だけ確認するよ」


誰も嫌がらない。


「扉の向こうにオーガ二体。最初にシリが一体を引き離す。無理に攻撃しない。距離を保って動かすだけ」


シリウスが頷く。

「了解」


「残った一体は、僕、アル、アイリス、リリアの四人で倒す。できるだけ早く。でも焦らない」


アルスも頷く。


「一体目を倒したら、すぐシリ側へ合流」


リリアが言う。

「シリウスさんが危険なら、途中でも知らせてください」


「叫ぶ」


「それで十分ですわ」


アイリスは杖を握り直す。

「最初の一体へ魔力を使いすぎないようにします」


レインが最後に言った。


「勝つより、全員で帰る」


五人。


頷く。


階段を下りる。


三十階層。


そこには、今までより大きな部屋があった。


そして。


正面。


大扉。


アルスは魔素を見る。


二つ。


大きい。


並んでいる。


強い。


でも。


乱れてはいない。


普通の魔物。


普通。


それでも。


強い。


レインが扉へ手をかける。


「行くよ」


開く。


広い部屋。


奥。


二体。


オーガ。


大きい。


厚い身体。


太い腕。


一体は棍棒。


もう一体は何も持っていない。


素手。


シリウスが小さく言う。

「どっち引く?」


アルスがすぐ見る。


棍棒。


少し重い。


素手。


動きやすそう。


「棍棒の方がいい」


シリウスも分かった。


「遅い方だな」


レイン。

「任せる」


五人が部屋へ入る。


オーガ二体がこちらを見る。


空気が変わる。


素手の一体が先に動いた。


速い。


レインが前。


受けない。


横へ。


拳。


床。


石が砕ける。


「速い!」


アルスが横へ回る。


棍棒持ちも来る。


シリウスが大きく声を出した。


「こっちだ!」


走る。


棍棒オーガがシリウスを見る。


さらに。


シリウスが近付く。


ギリギリ。


棍棒。


振り下ろし。


避ける。


「一体持ってく!」


シリウスが部屋の端へ走る。


棍棒オーガ。


追う。


分かれた。


レインが叫ぶ。

「四人、こっち!」


素手のオーガ。


四対一。


でも。


強い。


アルスが動きを見る。


拳。


速い。


脚。


踏み込み。


肩。


身体ごとぶつかる。


単純。


でも。


一発が重い。


レインが正面を取る。


オーガ。


拳。


レインが避ける。


アルスが脚へ。


一撃。


浅い。


オーガが振り返る。


「アル!」


拳。


アルス。


下がる。


二発目。


さらに下がる。


三発目。


来る。


止まらない。


リリアが補助を入れる。


身体。


軽くなる。


アルスが横へ抜ける。


拳。


空振り。


アイリスが言う。

「撃てます!」


レインが離れる。


火球。


胸。


直撃。


オーガが少し下がる。


でも。


倒れない。


シリウス側。


遠くで轟音。


棍棒。


床。


シリウスの声。


「大丈夫!」


まだ。


持っている。


レインが言う。

「急ぐ!」


素手オーガ。


また来る。


今度は。


レインが少し前へ。


拳。


避ける。


アルス。


背後。


脚。


深く。


オーガが回る。


そこへ。


アイリス。


火球。


脇。


当たる。


リリアが声を出す。

「右脚、動きが落ちています!」


アルスも見る。


確かに。


さっきから。


右へ踏み込む時だけ。


遅い。


「右脚!」


レインがすぐ合わせる。


オーガ。


拳。


一発。


二発。


レイン。


避ける。


三発目。


踏み込み。


右脚。


その瞬間。


アルス。


右膝。


剣。


レイン。


太腿。


一撃。


オーガが大きく崩れる。


「アイリス!」


「はい!」


火球。


胸。


集中。


直撃。


オーガが倒れる。


でも。


まだ。


動く。


起き上がろうとする。


アルスとレイン。


同時に踏み込む。


首下。


脇。


二撃。


止まる。


魔素。


弱くなる。


消える。


一体。


倒した。


「シリ!」


レインが叫ぶ。


返事。


「まだいる!」


見る。


部屋の端。


シリウス。


走っている。


棍棒オーガ。


追う。


シリウスは攻撃していない。


ただ。


避ける。


引く。


距離。


保つ。


でも。


少し。


動きが落ちている。


アルスが言う。

「合流!」


四人。


走る。


シリウスがこちらを見る。


「遅い!」


「ごめん!」


レインが前へ出る。


棍棒オーガの注意が変わる。


シリウス。


一気に離れる。


「やっと攻撃できる!」


アイリスが言う。

「休んでください!」


「まだいける!」


でも。


呼吸。


荒い。


リリアがすぐシリウスへ近付く。


補助。


回復。


軽い疲労。


大きな怪我。


なし。


レインが棍棒オーガを見る。


「今度は五対一」


シリウスが笑う。

「それなら楽だ」


でも。


油断しない。


棍棒。


大きい。


振り下ろし。


レイン。


避ける。


アルス。


横。


脚。


一撃。


オーガ。


振り返る。


シリウス。


反対側。


短剣。


足。


浅い。


でも。


注意が散る。


アイリス。


火球。


肩。


オーガが吠える。


棍棒。


横薙ぎ。


五人。


距離。


取る。


リリア。


補助。


維持。


次。


振り下ろし。


床。


止まる。


「今!」


レイン。


腕。


アルス。


脚。


シリウス。


背後。


アイリス。


脇。


一斉。


オーガがよろめく。


でも。


倒れない。


シリウスが言う。

「こいつ、さっきより硬い!」


アルスが見る。


筋肉。


厚い。


棍棒を持つ腕。


特に強い。


でも。


動きは。


素手より遅い。


「振らせ続ける」


レインが頷く。


攻撃。


避ける。


止まる。


反撃。


また。


攻撃。


避ける。


反撃。


単純。


でも。


確実。


何度も。


右脚。


左脚。


腕。


脇。


少しずつ。


オーガの動きが落ちる。


アイリスの火球。


今度は。


膝裏。


直撃。


オーガ。


膝をつく。


シリウスが叫ぶ。

「今!」


レイン。


胸。


アルス。


首下。


二人。


同時。


オーガが倒れる。


静かになる。


誰も動かない。


アルスが魔素を見る。


一つ。


消える。


もう一つ。


すでに。


消えている。


二体。


終了。


五人。


全員。


立っている。


シリウスがその場に座り込んだ。

「つっかれた」


レインも笑いながら息を吐く。

「一番大変だったのシリだね」


「倒してないけどな」


アルスが言う。

「倒さなかったから勝てたんだと思う」


シリウスが見る。


アルスは続ける。


「一体を倒そうとしてたら、二体ともこっちに来てたかもしれない」


少し。


沈黙。


シリウスが笑う。


「じゃあ俺、大活躍?」


アイリスが言う。

「今回は認めます」


「今回は?」


リリアが笑った。


二体のオーガが光へ変わる。


残った魔石。


二つ。


大きい。


アルスは一つを収納魔道具へ。


もう一つは普通の袋へ。


シリウスが言う。

「一枠しか空けてなかったな」


「二体いるって分かってたのに」


アルスも少し笑う。


「そこは失敗」


一つ。


ちゃんと。


反省点。


部屋の奥。


壁。


開く。


水晶。


三十階層。


ポータル。


五人は順番に登録する。


レイン。


シリウス。


アイリス。


リリア。


アルス。


魔素。


流す。


登録。


そして。


その水晶の向こう。


さらに。


道。


ある。


シリウスが言う。

「続いてる?」


レインも見る。


初心者ダンジョン。


三十階層。


終わり。


だと思っていた。


でも。


通路。


その先。


まだ。


続いている。


アルスも見る。


「資料だと、三十階層攻略で中級ダンジョンへの挑戦資格」


「じゃあここから先は?」


アイリスが聞く。


誰も。


分からない。


レインが言う。

「今日は行かない」


全員。


即答。


「うん」


五人は水晶を使って入口へ戻る。


王都冒険者ギルド。


ミーニャ。


一。


二。


三。


四。


五。


そして。


すぐ。


五人の顔を見る。


「三十?」


レインが頷く。


「突破しました。オーガ二体。負傷者なし。三十階層ポータル登録済みです」


ミーニャの耳が大きく動いた。


「本当に倒したにゃ?」


シリウスが笑う。

「一体ずっと俺が逃げてました」


ミーニャが一瞬止まる。


そして。


大きく笑った。


「それでいいにゃ!」


奥から。


ボルド。


出てくる。


「終わったか」


レインが頷く。


「はい」


ボルドが五人を見る。


怪我。


なし。


全員。


いる。


そして。


シリウスを見る。


「一体引いたか?」


「最後まで」


「攻撃したか?」


「ほぼしてません」


ボルドが笑う。


「合格だ」


シリウスが言う。

「倒してないのに?」


「仕事しただろ」


その一言で。


シリウスも。


少し嬉しそうに笑った。


初心者ダンジョン。


三十階層。


突破。


でも。


五人が覚えたのは。


倒し方だけではない。


戦わないこと。


引くこと。


待つこと。


一人へ任せること。


四人で信じること。


そして。


五人で。


全員帰ること。


その全部が。


一つの戦いだった。

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