第94話 五人で作る隙
二十五階層へ再び向かったのは、前回の探索からしっかり休養を挟んだ後だった。
王都冒険者ギルドで受付を済ませると、ミーニャは真っ先にシリウスを見る。
「今日は頭、疲れてないにゃ?」
「万全です」
「ならいいにゃ。斥候がぼんやりしてる日は、扉を開ける日じゃないからにゃ」
シリウスが苦笑する横で、レインが帰還予定を登録する。今回の目的は二十五階層の大扉。その先へ進むことではなく、まず区切りを突破してポータルを登録することだった。
二十階層までポータルで移動し、そこから五人は歩き始める。
二十一階層から先は罠がある。シリウスが前を歩き、床、壁、天井を確認する。前回見つけた場所も形だけは残っていたが、すべてが同じではなかった。
「ここ、前は何もなかったよな」
シリウスが床を指す。
薄い線。
アルスが魔素を見ると、その下にわずかな流れがある。
「何かあるね」
小石を投げる。床が沈み、正面の壁から三本の矢が飛んだ。
シリウスが息を吐く。
「増えてる」
レインが頷く。
「やっぱり、前に通ったから安全とは限らないね」
一度知った道でも、今を見る。
それはもう五人にとって特別な考え方ではなくなっていた。
二十三階層でゴブリンの集団を避け、二十四階層で短い戦闘を一度だけ行う。二十五階層へ着いた時、全員の体力と魔力には十分な余裕が残っていた。
大扉の前で休憩する。
アルスが収納魔道具から水と食料を出した。
「薬、水、予備魔石、食料。空き一つ。問題なし」
リリアも一人ずつ状態を確認する。
「疲労も大丈夫ですわ。シリウスさんも今日は問題ありませんね」
「今日はって付けるなよ」
アイリスが笑う。
「前回、自分から戻ろうと言ったのはシリウスさんでしょう?」
「正しい判断だったろ」
「ええ。だから今日は安心です」
少し笑った後、空気が変わる。
大扉。
アルスが魔素を探る。
反応は一つ。前回と変わらない。強いが、変異種のような乱れはない。
レインが全員を見る。
「最初は観察。僕が正面を見る。アルは近くで動きを確認。シリは無理に後ろへ回らない。アイリスとリリアは距離を取る」
シリウスが聞く。
「相手を見てから変える?」
「うん。それでいこう」
扉を開く。
広い部屋の中央に、一体の魔物が立っていた。
大柄なオーク。
森で遭遇した個体よりさらに大きく、身体には簡素だが厚い防具。両手には長い柄を持つ大斧が握られている。
シリウスが低く呟く。
「普通のオークじゃないな」
アルスも資料で見た名前を思い出す。
「オークウォリアー」
魔物がこちらを見る。
次の瞬間。
大斧が持ち上がった。
「来る!」
レインが前へ出るが、剣では受けない。斜めへ動く。
大斧が床へ叩き込まれた。
轟音。
石床が砕ける。
シリウスが思わず言う。
「絶対受けたくない」
だが、攻撃後。
オークウォリアーはすぐに斧を持ち上げられない。
アルスが見る。
「重い武器だから、振った後が遅い!」
「試す!」
レインが踏み込む。
腕へ一撃。
浅い。
防具に当たる。
アルスは反対側から脚。
こちらは入る。
オークウォリアーが吠え、大斧を横へ振る。
「離れて!」
五人が一気に散る。
斧が広い範囲を薙ぐ。
届かない。
でも。
近付いたままだったら危険だった。
レインが言う。
「攻撃の後だけ入る!」
最初の形が決まる。
オークウォリアーがアルスへ踏み込む。
縦。
アルスが避ける。
床。
破壊。
シリウスが横から入る。
脚へ短剣。
すぐ離れる。
オークが振り向く。
今度はシリウスへ。
「こっち来た!」
シリウスは攻撃しない。
走る。
追わせる。
レインが気付いた。
「そのまま向きを変えさせて!」
シリウスが大きく回る。
オークウォリアーも追う。
背中。
アイリスから見える。
「撃てます!」
火球。
背中へ。
直撃。
オークがよろめく。
だが、防具が炎をかなり受けている。
アイリスがすぐ判断する。
「防具の上では弱いです!」
アルスが見る。
脇。
脚。
首周り。
防具の隙間。
「正面じゃなくて隙間!」
次の攻撃。
大斧。
横薙ぎ。
全員が距離を取る。
止まる。
そこへシリウスが入る。
攻撃ではない。
わざと視界へ。
オークが向きを変える。
「今!」
アイリスの火球。
脇。
当たる。
明らかに反応が違う。
オークが吠え、シリウスへ向かう。
レインが横から脚を斬る。
アルスも同じ脚。
二撃。
オークの姿勢が少し崩れた。
リリアが後方から言う。
「右脚、かなり動きが落ちていますわ!」
全員が見る場所が揃う。
右脚。
でも。
一斉には行かない。
オークウォリアーはまだ大斧を振れる。
レインが前へ出る。
「僕を見る!」
大斧。
振り上げる。
レインは動かない。
ぎりぎりまで。
振り下ろし。
その瞬間。
横へ。
轟音。
斧が床へ。
「今だ!」
シリウス。
右脚。
アルス。
右膝。
二方向。
深い。
オークが膝をつく。
アイリスが杖を構える。
「射線ください!」
アルスとシリウスが離れる。
火球。
防具ではない。
首の下。
直撃。
オークウォリアーが大きく仰け反る。
それでも倒れない。
片膝のまま大斧を持ち上げる。
レインが叫ぶ。
「まだ来る!」
リリアが全員へ補助を強めた。
身体が軽くなる。
オークが斧を横へ振る。
今度は低い。
五人が下がる。
そこから。
アルスは気付いた。
立てていない。
片脚。
踏ん張れない。
大斧の勢いに身体そのものが引かれている。
「斧を振らせよう!」
レインがすぐ理解する。
「避け続ける!」
一回。
縦。
避ける。
二回。
横。
避ける。
三回。
オークの身体が大きく流れる。
右脚。
耐えられない。
倒れる。
大斧が床を滑った。
「今!」
今度は。
全員。
レインが腕。
シリウスが脚。
アルスが首の下。
アイリスの火球が脇へ。
リリアは補助を維持したまま、全員の状態を見る。
オークウォリアーが起き上がろうとする。
でも。
立てない。
アルスとレイン。
同時。
最後の一撃。
魔物の身体が床へ落ちた。
静かになる。
五人はすぐに近付かない。
アルスが魔素を見る。
弱くなる。
消える。
「終わった」
シリウスが大きく息を吐いた。
「一発もらったら終わりそうなのに、思ったより戦いやすかった」
レインも呼吸を整えながら頷く。
「攻撃が分かりやすかったからだね」
「強いけど、見える」
アルスが言った。
ヴェルデ平原の変異種とは違う。
力。
速さ。
耐久力。
危険性。
全部高い。
それでも。
観察できる。
何をしてくるのか。
どこに隙があるのか。
試せる。
そして。
五人で共有できる。
リリアが全員を見る。
「怪我はありませんわね」
全員。
なし。
アイリスの魔力消費はある。
リリアも補助を使った。
でも。
余裕は残っている。
倒れたオークウォリアーが光へ変わり、大きな魔石が残った。
アルスが拾う。
「収納、使う?」
シリウスが聞く。
アルスは少し考え、空けていた五枠目へ入れた。
「これなら使う価値あるね」
部屋の奥。
壁が開く。
その向こうに、水晶。
二十五階層のポータル。
シリウスが笑った。
「これで次は二十五からだ」
五人は順番に水晶へ魔素を登録する。
レイン。
シリウス。
アイリス。
リリア。
最後にアルス。
水晶へ手を置く。
魔素を流す。
反応。
登録。
その瞬間、アルスは以前より意識して魔素の流れを追った。
自分の魔素を識別。
記録。
離れた入口の水晶と接続。
移動。
収納魔道具と同じではない。
でも。
遠くもない。
「アル」
シリウスの声。
アルスが振り返る。
「研究始めるなよ」
「まだ見てただけ」
「それを研究って言うんだよ」
皆が笑う。
水晶を使い、入口へ戻る。
王都冒険者ギルドへ帰ると、ミーニャがいつものように五人を確認した。
一、二、三、四、五。
「おかえりにゃ」
レインが報告する。
「二十五階層を突破しました。オークウォリアー一体。負傷者なし。ポータル登録済みです」
ミーニャが目を細める。
「順調にゃ」
奥からボルドも顔を出した。
「二十五か」
シリウスが言う。
「あと五階層です」
ボルドは笑わなかった。
「そう思うな」
シリウスが首を傾げる。
「違うんですか?」
「二十九までと、三十は別だ」
五人の表情が少し変わる。
ボルドが続けた。
「三十階層の区切りは、今までみたいに一体を五人で囲めば終わる場所じゃねぇ」
レインが聞く。
「何がいるんですか?」
ボルドは少しだけ考えた後、答えた。
「オーガが二体だ」
沈黙。
アルスは森で遭遇したオークを思い出す。
さらに。
資料で知っているオーガ。
一体でも。
初心者にとっては危険。
それが。
二体。
シリウスが小さく言う。
「二体か」
ボルドが頷く。
「ここから先は、五人で一体を見るだけじゃ足りねぇ。二つの戦場を同時に見られるようになれ」
その言葉で。
二十五階層突破の喜びより。
次に必要なものが。
はっきり見えた。
一つの相手へ。
五人で隙を作る。
それは。
できるようになった。
次は。
二体。
同時。
初心者ダンジョンの最後の五階層は。
そこへ向かうための場所だった。




