第93話 足元を見る役目
二十階層のポータルを登録してから、探索の形は大きく変わった。
王都冒険者ギルドで予定を登録した後、五人は入口の水晶から二十階層へ直接移動する。これまで何時間も掛けて歩いていた距離が、一瞬で消えた。
シリウスが水晶から手を離しながら笑う。
「これは楽だな」
「楽になった分、先で使える時間が増えるね」
レインが答える。
アルスは水晶を見た。
収納魔道具とは違う。でも、空間を隔てた場所へ繋がるという一点では、やはり気になる。
ただ、今日は調べない。
二十五階層まで進む。
それが目的だった。
二十一階層へ入ると、すぐにシリウスが足を止めた。
「待って」
全員が止まる。
シリウスはしゃがみ、床を指した。
石の色が、ほんの少しだけ違う。
アルスには、言われなければ分からなかった。
「罠?」
「たぶん」
シリウスは周囲を見る。
壁。
天井。
床。
そして、小石を拾って色の違う場所へ投げた。
石が触れた瞬間。
カチッ。
壁の穴から矢が飛び出した。
五人の前を横切り、反対側の壁へ刺さる。
アイリスが目を丸くした。
「本当にあったんですね」
シリウスは少し得意そうに立ち上がる。
「俺の出番」
レインが笑う。
「戦わなくても活躍できたね」
「それ言うなよ」
今までのシリウスは、後方警戒や側面移動が多かった。
重要ではある。でも、本人には分かりにくい役割だった。
ここでは違う。
罠を見つける。
先を見る。
五人が踏む前に止める。
結果が、はっきり見える。
二十一階層は、シリウスを先頭にして進んだ。
ただし、一人で離れすぎない。
曲がり角の先だけ確認し、戻る。
床を見る。
壁を見る。
不自然な溝を見る。
途中でもう一つ、罠を見つけた。
今度は床。
踏むと一部が落ちる。
深さはそれほどないが、底には尖った石が並んでいる。
シリウスが覗き込む。
「初心者向けって何だろうな」
アルスも覗く。
「踏まなければ初心者向けなんじゃない?」
「その理屈ひどくない?」
リリアがくすりと笑った。
二十二階層。
今度は罠と魔物が一緒だった。
前方。
ゴブリン三体。
その手前。
床に色違い。
シリウスが手を上げる。
「止まって」
レインが敵を見る。
「向こうはこっちに気付いてない」
アルスも確認する。
「罠の向こうに三体だね」
シリウスが少し笑った。
「これ、利用できない?」
全員が見る。
「敵をこっちへ来させて、罠を踏ませる」
アイリスが言う。
「作動した後、こちらへ飛んでくる罠だったら危険ですよ」
「それを先に確認する」
小石。
罠。
作動。
壁から矢。
方向。
通路の横。
こちらへは来ない。
シリウスが頷く。
「使える」
レインが考える。
「じゃあ、シリが一匹だけ気付かせて戻る」
「任せて」
シリウスが少し進み、壁を軽く叩く。
ゴブリンが振り向く。
声。
三体全部がこちらへ走ってきた。
「全部来た!」
「戻れ!」
シリウスが走る。
罠。
その直前を飛び越える。
一体目。
踏む。
矢。
命中。
二体目。
同じ場所。
罠はすぐには再作動しない。
そのまま来る。
レインとアルスが前へ出た。
「一回だけか!」
シリウスもすぐ反転する。
二体。
戦闘。
短い。
終了。
アルスは倒れた魔物を見る。
「罠も道具と同じだね」
シリウスが聞く。
「何が?」
「使えるかどうかじゃなくて、どう動くか知らないと使えない」
レインが頷く。
「今回は一回しか動かなかった」
「もし三回連続で動くと思ってたら、二匹目を見逃してた」
また一つ。
知った。
でも。
次も同じとは限らない。
二十三階層。
罠。
少ない。
その代わり。
魔物が増えた。
ゴブリン。
弓持ち。
リザード系。
混ざっている。
シリウスが先に確認して戻る。
「前に五。弓が二。普通のゴブリン二。リザード一」
レインがすぐ聞く。
「配置は?」
「弓が奥。前に三」
アイリスが杖を持つ。
「弓を先に狙えます」
アルスが言う。
「でも前の三体が邪魔する」
シリウスが周囲を見る。
横道。
狭い。
「一回引く?」
レインが頷く。
「引いて、曲がり角で数を分けよう」
攻める。
ではなく。
場所を選ぶ。
シリウスが敵へ気付かせ、戻る。
追ってくる。
一番速いリザードが先。
その後ろにゴブリン。
弓持ちは奥に残る。
「分かれた!」
曲がり角。
まずリザード。
レインとアルス。
短時間。
次。
ゴブリン二。
シリウスも加わる。
最後。
弓。
距離。
アイリス。
火球。
一体。
残り一体。
接近。
終了。
誰も怪我なし。
シリウスが息を吐く。
「五体まとめてやるより楽だったな」
レインも頷く。
「敵を分けられる場所があるなら、そっちを使った方がいい」
アルスは思う。
五人で戦う。
それだけではない。
敵も。
分ける。
地形も。
使う。
罠も。
場合によっては使う。
ダンジョンの中にあるもの全部が、戦いの一部になる。
二十四階層。
ここで五人は一度長く休んだ。
水。
食料。
魔力。
疲労。
問題なし。
ただ。
シリウスがいつもより疲れていた。
レインが聞く。
「大丈夫?」
「脚じゃなくて、頭が疲れる」
「頭?」
「ずっと床と壁見てるから」
アルスも分かった。
斥候。
前を歩くだけではない。
一歩ごとに。
見る。
判断する。
何もないことを確認する。
戦闘より地味。
でも。
ずっと集中する。
リリアが言う。
「少し休みましょう。シリウスさんが見落としたら、全員が危険ですもの」
シリウスが笑う。
「責任重いな」
「今頃気付いたの?」
アイリスが言う。
休憩を少し長く取る。
それから。
二十五階層へ。
階段。
下りる。
広い空間。
そして。
正面。
大扉。
五人は止まった。
シリウスが言う。
「まただ」
五階層ごとの区切り。
大扉。
その向こう。
アルスが魔素を見る。
反応。
一つ。
かなり大きい。
二十階層のリザードウォリアーより。
強い。
ただし。
異常な乱れはない。
レインが時計を見る。
体力。
まだある。
魔力。
余裕。
シリウスの集中力。
少し疲れている。
今日の目的。
二十五階層到達。
そこまで。
レインが聞く。
「どうする?」
シリウスが大扉を見る。
少しだけ考える。
そして。
首を振った。
「今日はやめよう」
誰も驚かなかった。
むしろ。
アルスは少し笑った。
「自分から言ったね」
「頭疲れてる状態で罠とかボスとか嫌だ」
「正しいと思う」
アイリスも笑う。
「随分慎重になりましたね」
「死にたくないからな」
単純。
でも。
一番大事。
五人は二十五階層の入口を記録する。
大扉。
大きな魔素反応。
周囲。
異常なし。
そして。
戻る。
二十四。
二十三。
二十二。
二十一。
二十。
ポータル。
入口。
ギルドへ戻る。
ミーニャはいつものように五人を数えた。
一。
二。
三。
四。
五。
「おかえりにゃ」
レインが報告する。
「二十五階層まで到達しました。大扉を確認。今日は開けていません」
ミーニャがシリウスを見る。
「罠はどうだったにゃ?」
シリウスが少し驚く。
「俺?」
「二十階層を越えると斥候が忙しくなるにゃ」
「二つ見つけました。矢と落とし穴」
「見落としは?」
シリウスが少し考える。
「たぶん、ない」
ミーニャが笑う。
「そこは『ない』じゃなくて『確認できた範囲ではない』くらいがいいにゃ」
アルスが笑った。
「研究と同じだ」
「そこ笑うところか?」
その時。
奥からボルドが出てきた。
「二十五まで行ったか」
レインが頷く。
「はい。でも扉は開けませんでした」
ボルドがシリウスを見る。
「理由は?」
「俺が疲れてたからです」
一瞬。
静かになる。
ボルドは笑った。
「いい判断だ」
シリウスが少し意外そうな顔をする。
ボルドは続ける。
「斥候が疲れてる時に先へ行く奴は、だいたい足元から死ぬ」
軽い言い方。
でも。
意味は重い。
シリウスが頷く。
「次は休んでから行きます」
「それでいい」
五人。
二十五階層。
到達。
でも。
扉は。
まだ開けない。
戦えるか。
ではなく。
全員が。
役割を果たせる状態か。
それも。
進む条件になり始めていた。




