第92話 二十階層の扉
二十階層の大扉を見つけてから、五人は一度もそこへ近付いていなかった。
五階層ごとにある区切りの部屋。そこを突破した先には、入口と繋がる水晶のポータルがある。五階層、十階層、十五階層でも登録は済ませていたが、五人は訓練も兼ねて入口から歩くことが多かった。
今回は違う。
目的は二十階層の扉、その向こうにいる魔物。
王都冒険者ギルドで予定を登録すると、ミーニャが念を押した。
「今日は二十階層の区切りを突破するつもりにゃ?」
「はい」
レインが答える。
「無理なら戻ります。でも、前回見た反応には挑戦するつもりです」
「それならいいにゃ。二十階層までの登録済みポータルは?」
「十五までです」
「帰りに二十を登録できたら、次からかなり楽になるにゃ」
シリウスが嬉しそうに言う。
「やっと毎回一階から歩かなくていい」
アルスが笑う。
「歩いてたのは訓練も兼ねてたからでしょ」
「もう十分歩いただろ」
ミーニャはそんな五人を見て笑った。
「帰ってきてから好きなだけ相談するにゃ。まずは扉の向こうから帰ってくることにゃ」
今回は十五階層までポータルを使った。
入口に設置された水晶へ五人が順番に触れる。登録された魔素を読み取り、目的階層を選ぶと、一瞬だけ身体を包む感覚が変わった。
次に見えたのは十五階層の専用部屋だった。
何度使っても不思議だった。
距離を移動した感覚がない。それなのに場所だけが変わっている。
アルスは水晶を少し眺める。
「収納魔道具と似てるんだよな」
シリウスが先へ向かいながら言う。
「今日は研究しないぞ」
「分かってる」
アルスもすぐ追いかけた。
十五階層から二十階層までは、すでに一度歩いている。シリウスが前方を確認し、アルスが魔素反応を拾い、レインが進退を決める。戦う必要のない魔物は避け、邪魔になる個体だけを短時間で倒した。
前回より明らかに速い。
二十階層へ着いた時点でも、五人の疲労は軽かった。
そして。
大扉。
アルスが魔素を探る。
「いる。一体」
前回と同じ。
大きい。
変異種のような乱れはないが、通常階層で出会った魔物より明らかに強い反応だった。
レインが全員を見る。
「準備しよう」
水。
少し飲む。
武器。
問題なし。
アイリスの魔力。
十分。
リリアも余裕あり。
収納魔道具には薬、水、予備魔石、食料。最後の一枠は空けてある。
シリウスが大扉を見る。
「開けたら閉まるかな」
「五階層の区切りと同じなら、戦闘が終わるまで戻れない可能性が高いね」
レインが答える。
だから。
扉を開ける前に決める。
勝てないと思ったらどうするか。
レインが言う。
「完全に閉じ込められるなら、撤退できない。その場合は生き残ることを最優先。倒すことより、相手の動きを見る」
アルスが頷く。
「最初から全力で攻撃しない方がいい。何をする魔物か分からないから」
シリウスも今回は異論を挟まなかった。
「俺が動いて反応を見る」
アイリス。
「私は撃てる場所が分かるまで待ちます」
リリア。
「最初から全員へ軽い補助を入れておきますわ」
準備。
完了。
レインが扉へ手をかける。
「行くよ」
重い扉が開く。
中は広かった。
円形に近い部屋。
壁際には障害物がほとんどない。
その中央。
魔物が一体。
人よりはるかに大きい爬虫類型。
二本脚。
太い尾。
腕には長い爪。
全身を覆う鱗。
アルスが名前を思い出す。
「リザードウォリアー」
通常のリザード系より大型で、戦闘能力が高い個体。
魔物はこちらを見る。
一瞬。
止まる。
そして。
走った。
「速い!」
見た目の大きさに反して速い。
狙い。
レイン。
真正面。
レインは受けない。
横へ。
リザードウォリアーの爪が空を切る。
シリウスが反対側から脚を狙う。
短剣。
当たる。
でも。
浅い。
「鱗硬い!」
魔物が振り返る。
尾。
横薙ぎ。
シリウスが跳ぶ。
避けきれない。
「シリ!」
レインが割り込む。
剣の腹。
尾を受ける。
衝撃。
レインが数歩滑る。
アルスがすぐ前へ出る。
「レイン!」
「大丈夫!」
でも。
重い。
アーマービートルとは違う。
あれは突進。
方向。
分かりやすい。
こいつは。
腕。
脚。
尾。
全部が攻撃になる。
アルスが剣を振る。
腕。
鱗。
弾かれる。
リザードウォリアーがアルスを見る。
爪。
アルスが下がる。
二撃目。
速い。
さらに下がる。
三撃目。
来ない。
代わりに。
尾。
「後ろ!」
シリウスの声。
アルスが前へ転がる。
頭の上を尾が抜けた。
「動き多すぎる!」
シリウスが叫ぶ。
レインもすぐ判断する。
「一回離れる!」
五人が距離を取る。
リザードウォリアーは追ってこない。
部屋の中央。
こちらを見る。
アルスは呼吸を整えながら観察する。
速い。
強い。
硬い。
でも。
おかしい。
全部が同時ではない。
「攻撃の後、少し止まってる」
レインが見る。
「どの攻撃?」
「全部。爪の連続攻撃の後。尾の後。ほんの少し」
シリウスが言う。
「じゃあ、その瞬間だけ攻撃?」
「たぶん」
アイリスが魔物を見る。
「鱗の隙間なら魔法が通るでしょうか」
アルスは見る。
首。
脇。
腹。
関節。
鱗が薄い場所。
「正面より、横か下」
レインがすぐ組み直す。
「僕とアルで前を見る。シリは後ろへ回る。でも攻撃しなくていい。向きを変えさせて」
「了解」
「アイリスは撃つなら脇か腹。リリアは補助維持。怪我が出るまで回復は温存」
全員が動く。
リザードウォリアーも来る。
今度は。
レイン。
爪。
一。
二。
レインは避ける。
三。
剣で軽く軌道を変える。
止まる。
「今!」
シリウスが背後へ走る。
攻撃しない。
わざと視界へ入る。
魔物が振り向く。
その瞬間。
脇。
開く。
アイリス。
火球。
小さい。
集中した炎。
直撃。
リザードウォリアーが大きく吠える。
「効いた!」
でも。
次。
尾。
アイリスへ。
アルスが声を上げる。
「下がって!」
アイリスが後退。
尾。
届かない。
レインが言う。
「同じ!」
もう一度。
前。
レインとアルス。
注意を引く。
爪。
避ける。
尾。
避ける。
シリウス。
後ろ。
向きが変わる。
今度は。
アルスが腹へ。
剣。
入る。
鱗の薄い場所。
深い。
魔物が暴れる。
「離れて!」
全員。
すぐ離れる。
リザードウォリアーが無差別に爪と尾を振る。
近付かない。
待つ。
動きが止まる。
また。
同じ。
一回。
二回。
五人の動きが揃い始める。
レインが注意を引く。
アルスが隙を見る。
シリウスが向きを変えさせる。
アイリスが露出した場所だけ撃つ。
リリアが全員の速度を維持する。
敵が強いから。
誰か一人では足りない。
でも。
五人なら。
隙を作れる。
リザードウォリアーが大きく踏み込む。
狙い。
レイン。
爪。
レインが避ける。
その瞬間。
アルスが気付いた。
「右脚!」
何度も向きを変えたことで、右脚の動きが少し遅い。
シリウスも見る。
「分かった!」
次の隙。
シリウス。
右脚。
関節。
短剣。
深く入る。
魔物が崩れる。
レインが叫ぶ。
「今!」
アルス。
腹。
剣。
アイリス。
脇。
火球。
リリア。
補助。
さらに強く。
リザードウォリアーが立とうとする。
レイン。
首の下。
一撃。
魔物の身体が倒れた。
静かになる。
誰も近付かない。
アルスが魔素を見る。
弱くなる。
消える。
「終わった」
ようやく。
全員が息を吐いた。
シリウスがその場に座る。
「これ、初心者ダンジョンだよな?」
アイリスも息を整えながら笑う。
「初心者だから簡単とは書いてありませんでしたよ」
レインは腕を確認する。
最初に尾を受けた場所。
少し痛む。
リリアがすぐ治療する。
「骨には問題ありませんわ」
「ありがとう」
アルスは倒れた魔物を見る。
強かった。
でも。
変異種とは違う。
理解できる。
見て。
試して。
変えて。
勝てる。
その違いは大きかった。
やがてリザードウォリアーの身体が光へ変わる。
残った魔石。
今までより大きい。
アルスが拾う。
そして。
部屋の奥。
壁がゆっくり開いた。
その先。
小さな部屋。
中央。
水晶。
シリウスが笑う。
「あった」
二十階層のポータル。
五人は順番に水晶へ触れる。
レイン。
シリウス。
アイリス。
リリア。
最後。
アルス。
魔素を流す。
水晶が反応する。
登録。
二十階層。
アルスは手を離さず。
少しだけ。
水晶を見る。
収納魔道具。
古代の空間術式。
そして。
このポータル。
場所を隔てたものを。
繋ぐ。
似ている。
シリウスが後ろから言う。
「研究は帰ってから」
アルスが笑った。
「分かってるって」
五人は水晶を使い。
入口へ戻った。
長い帰路は。
ない。
一瞬。
だからこそ。
アルスはさらに気になった。
物を収める。
空間を繋ぐ。
距離を飛び越える。
別々に見えていたものが。
少しずつ。
同じ方向へ並び始めている。
でも。
今はまだ。
冒険者。
二十階層突破。
それだけでいい。
ギルドへ戻ると、ミーニャが五人を見た。
一。
二。
三。
四。
五。
「おかえりにゃ」
シリウスが冒険者証を見せる。
「二十階層、登録してきました」
ミーニャの耳がぴくりと動いた。
「突破したにゃ?」
レインが頷く。
「はい。リザードウォリアー一体。軽傷一名、治療済みです」
ミーニャは記録を確認し、笑った。
「じゃあ次から二十階層まで飛べるにゃ」
シリウスが嬉しそうに言う。
「これで一階から歩かなくていい」
アルスが横から言う。
「訓練したい時は歩くけどね」
「一人で歩け」
五人が笑う。
二十階層。
突破。
残る区切りは。
二十五。
そして。
三十。
初心者ダンジョンの終わりが。
少しだけ。
見えてきた。




