第9話 五人の始まり
アルスが教室へ入ろうとしたところで、後ろから声をかけられた。
「アークライト?」
振り返ると、同じ制服を着た少年が立っていた。
金色の髪に青い瞳。細身だが、制服の上からでも身体を鍛えていることが分かる。立ち方も妙にきれいだった。
「そうだけど」
「アルス・フォン・アークライトだよね」
「うん」
少年は少し安心したように笑った。
「僕はレイン・フォン・ヴォルフガング。同じSクラスだ」
「レイン」
名前には聞き覚えがあった。ヴォルフガング侯爵家。けれど、アルスがその先を聞く前にレインが教室の表示を見る。
「入ろうか」
「あれ、家のこと聞かないの?」
レインが不思議そうに振り返った。
「知ってるよ。アークライト侯爵家だろ?」
「そうだけど」
「じゃあ終わりじゃない?」
アルスは一瞬黙ってから笑った。
「そうだね」
「それより、アルスは剣を使う?」
「一応。でも得意って言えるほどじゃないかな」
「僕は剣が好きなんだ」
そちらを話す時の方が、レインの表情が少し明るくなった。
二人で教室へ入る。
席を確認して荷物を置いていると、近くから明るい声が飛んできた。
「お、もう知り合いになったのか?」
振り向くと、少年がこちらへ歩いてくる。
「シリウス」
名乗るより先に手を上げた。
「シリウス・フォン・シュバルツ。よろしく」
「アルス」
「レイン」
「二人とも知ってる。名前だけな」
アルスが笑う。
「今日はそれをよく言われそうだな」
「有名な家に生まれた宿命だな」
「シリウスも侯爵家だろ」
レインが言うと、シリウスは笑った。
「だから分かるんだよ」
アルスは少し納得した。
三人で話していると、今度は少女二人が教室へ入ってきた。
一人は金髪の少女。もう一人は銀髪で、どこか落ち着いた雰囲気を持っている。
金髪の少女が席表を見てからこちらへ来た。
「アイリス・フォン・フローレンスです。よろしくお願いします」
「アルス。よろしく」
「レインです」
「シリウス」
最後だけ短い。
アイリスがシリウスを見る。
「それだけですか?」
「名前は伝わっただろ?」
「そういう問題でしょうか」
「初対面から怒られた」
「怒ってません」
そのやり取りを見ていた銀髪の少女が小さく笑った。
「リリア・フォン・アッシュフォードです。よろしくお願いします」
「よろしく」
アルスが返すと、リリアも微笑む。
気付けば五人が同じ場所に集まっていた。
アルスは一人ずつ見る。
レインは真面目そうで、言葉を選んで話す。
シリウスは逆に距離を縮めるのが早い。
アイリスは丁寧だが、言うべきことははっきり言う。
リリアは全体を見ながら話している。
まだ数分しか経っていないのに、すでに違いが見える。
「どうした?」
レインが聞いた。
「いや、全然違うなと思って」
「何が?」
「僕たち」
シリウスが笑った。
「同じだったら気持ち悪いだろ」
「そういう意味じゃないよ」
「じゃあどういう意味?」
アルスは少し考えた。
「同じ年で、同じSクラスに入ったのに、もう考え方も話し方も違う。それが面白いなって」
アイリスがアルスを見る。
「ずいぶん変わったところを見ていますね」
「よく言われる」
「自覚あるんですね」
リリアが笑う。
レインだけは少し考えてから頷いた。
「でも、分からなくはないよ」
「お」
「剣でも同じだから。教わる内容が同じでも、使い方は人によって違う」
アルスの視線がレインへ向く。
「それ、面白いね」
「今ので食いつくのか」
シリウスが呆れたように言った。
「アルスって、ずっとこんな感じなのか?」
「まだ僕も会ったばかりだよ」
「じゃあこれから確認だな」
自然に会話が続いていく。
初対面なのに、それほど居心地は悪くなかった。
その時、教室の前の扉が開いた。
入ってきた人物を見て、アルスは一瞬、生徒なのかと思った。
小さい。
百二十から百三十センチほどしかない。
外見だけ見れば少女にも見える。
だが、その人物は迷うことなく教卓へ向かい、軽く床を蹴った。
ぴょん。
教壇へ飛び乗る。
教室が静まり返った。
小柄な女性は腰へ手を当て、満足そうに生徒たちを見渡した。
「よし、揃っとるようじゃな」
子供の話し方ではない。
アルスはすぐに気付いた。
ドワーフだ。
女性は胸を張る。
「ワシがこのSクラスを担当するティア・ストーンハートじゃ」
少し間を置いて、さらに続けた。
「見た目で判断するでないぞ。ピチピチの百三十八歳じゃ」
教室が静まった。
シリウスの口が少し開く。
「百三十八……」
ティアの目がそちらへ動いた。
「聞こえとるぞ」
「何も言ってません!」
「言うとるじゃろうが」
笑いが起きた。
アルスも笑った。
ティアはその反応を気にする様子もなく、教卓の上を歩く。
「さて。お主らは今日から同じクラスじゃ。家柄も、洗礼式の結果も、ここへ入るまでの評価も違う」
そこで一度、生徒たちを見る。
「じゃが、ワシが見るのはそこだけではない」
アルスの表情が少し変わった。
ティアは続ける。
「できることは見せればよい。できんことは覚えればよい。分からんことを分かったふりする奴が一番面倒じゃ」
アルスは思わず頷いた。
「失敗したら記録せい。なぜ失敗したか考えろ。それでも分からんなら、分からんと残しておけ」
アルスの目が完全にティアへ向いた。
隣でシリウスが気付く。
「めちゃくちゃ聞いてるな」
「この先生、面白そう」
アルスが小声で答える。
レインもティアを見る。
「王国最高峰の魔道具研究者だからね」
「知ってるの?」
「有名だよ」
アルスはもう一度ティアを見る。
魔道具研究者。
その言葉が、少し引っ掛かった。
魔道具そのものは珍しくない。
照明にも、生活にも、街にも使われている。
けれど、どうやって作られているのか。
なぜ同じ魔法を人間が使う場合と、魔道具として固定する場合で違いが出るのか。
考えてみれば、ちゃんと調べたことがない。
「何か考え始めたな」
レインが言った。
「分かる?」
「顔に出てる」
「そうなのか」
「たぶん」
ティアが教壇の上からこちらを見る。
「そこの五人。初日から随分仲が良いのう」
五人が同時に前を見る。
「まだ会ったばかりです」
アルスが答えた。
「ならちょうどよい。三年もあれば嫌でも互いのことは分かる」
ティアがニヤリと笑う。
アルスは隣を見る。
レイン。
シリウス。
アイリス。
リリア。
今日初めて会った四人。
この時点では、ただ同じ教室にいるだけだった。
この五人が一緒に戦うようになることも。
ティアと始める魔道具研究が、やがて収納という技術へつながることも。
その技術が食料の保存や冒険者の荷物、さらに物流そのものまで変えていくことも。
まだ誰も知らない。
今あるのは、学園初日の教室と。
少し気になる四人の同級生と。
百三十八歳の、小さなドワーフ教師だけだった。




