第10話 最初に見るもの
ティアは教壇の上をゆっくり歩きながら、生徒たちを見回した。
「さて。自己紹介を延々やるのも退屈じゃろ」
何人かが顔を上げる。
「名前と家名は名簿を見れば分かる。趣味を聞いたところで、一か月後には変わっとるかもしれん」
シリウスが小さく笑った。
「先生、自己紹介嫌いなのかな」
「聞こえとるぞ」
「また!?」
教室に笑いが起きた。
ティアは気にせず続ける。
「じゃから今日は、今のお主らが何をできるのかを見る」
その言葉で空気が変わった。
アルスも姿勢を少し直す。
「試験ですか?」
前の席から誰かが聞いた。
「違う」
ティアは即答した。
「点数を付けるためではない。教師が何も知らんまま授業を始める方が怖いじゃろ」
それは分かる。
アルスは頷いた。
ティアが指を鳴らすと、教室の中央に立体映像が現れた。
魔素操作。
身体強化。
魔法制御。
基礎運動。
観察。
判断。
いくつかの項目が浮かんでいる。
「全部今日やるわけではない。まずは簡単なところからじゃ」
一番上の「魔素操作」が明るくなる。
「訓練場へ移動するぞ」
教室から一斉に生徒が動き始めた。
廊下へ出ると、シリウスがアルスの隣へ来る。
「いきなり実技だな」
「その方が分かりやすいんじゃない?」
「俺は好きだけど」
レインも後ろから続く。
「最初に基準を取るんだろうね」
「基準?」
アイリスが聞く。
「今できることを確認しておけば、後でどれくらい伸びたか分かる」
アルスが振り向いた。
「それいいね」
レインが笑う。
「アルが好きそうだと思った」
「記録がある方が比較できるからね」
リリアが少し後ろから言う。
「でも緊張しますね」
「リリアも?」
「しますよ。みんなの前ですから」
「僕も少しする」
アルスが答えると、シリウスが驚いた顔をした。
「アルも緊張するの?」
「するよ」
「なんか平気そうに見える」
「平気そうに見えるのと平気なのは違うでしょ」
「確かに」
訓練場は校舎のすぐ隣にあった。
屋根付きの広い空間で、床にはいくつもの魔法陣が刻まれている。
壁際には訓練用の器具。
その中央に、半透明の板が並んでいた。
ティアが一枚を叩く。
「これに魔素を流せ」
シリウスが首を傾げる。
「それだけですか?」
「それだけじゃ」
「壊れません?」
「壊したら褒めてやる」
「壊していいんですか?」
「壊せるならな」
ティアがニヤリとする。
シリウスは少し考えて黙った。
アルスは板を見る。
魔素を測る道具。
洗礼式の装置とは違う。
こちらはもっと単純そうに見える。
「先生」
「なんじゃ」
「何を測るんですか?」
ティアの目がアルスへ向く。
「良い質問じゃ」
アルスは少し嬉しくなる。
「魔力量ではない」
教室の何人かが意外そうな顔をする。
「流した魔素が、どれだけ乱れずに通るかを見る」
アルスの興味が一気に上がった。
「量じゃなくて安定性?」
「そうじゃ」
ティアは板を指で叩く。
「大量に流せば偉いと思っとる馬鹿がおるからの」
シリウスが視線を逸らした。
レインが横を見る。
「今やろうとしてた?」
「ちょっとだけ」
「やめといてよかったね」
ティアは生徒を順番に並ばせた。
最初の数人が試す。
板へ手を触れ、魔素を流す。
板の中に光の線が現れた。
真っ直ぐ進む者。
途中で揺れる者。
急に強くなったり弱くなったりする者。
アルスは無意識に観察していた。
「面白い」
リリアが横を見る。
「何がですか?」
「同じことをしてるのに全然違う」
「またそれ?」
レインが笑った。
「人によって違うのを見るの好きだね」
「うん」
順番が進む。
アイリス。
杖は使わず、板へ直接手を置いた。
光が強く伸びる。
少し揺れるが、勢いがある。
ティアが記録を見る。
「出力は高い。じゃが少し急ぎすぎじゃな」
アイリスが眉を寄せる。
「急ぎすぎ?」
「最初から全部出そうとしとる」
「……分かりました」
悔しそうだ。
次はリリア。
光はアイリスほど強くない。
ただし揺れが少ない。
ティアが頷く。
「丁寧じゃな」
リリアが少し安心した顔をする。
「ありがとうございます」
「褒めとらん。観測しただけじゃ」
「あ、はい」
ティアが笑った。
「じゃが悪くない」
リリアも笑った。
次はシリウス。
手を置く。
光が一気に走った。
途中で少し蛇行する。
「ほれ」
ティアが言う。
「速いじゃろ」
「駄目ですか?」
「駄目とは言っとらん。お主は先へ行こうとしすぎる」
シリウスが首を傾げる。
「性格まで分かるんですか?」
「そこまでは知らん」
即答だった。
周囲から笑いが起きる。
「魔素の流し方を見ただけじゃ。勝手に話を大きくするな」
「はい」
次はレイン。
光はそれほど派手ではない。
一定。
ほとんど揺れずに端まで進んだ。
ティアが少し目を細める。
「真面目じゃの」
レインが困った顔をする。
「今度は性格ですか?」
「これは半分冗談じゃ」
「半分なんですね」
「剣をやっとるじゃろ」
「はい」
「毎日同じ動きを繰り返しとる人間の流し方じゃ」
レインが少し驚いた。
アルスもレインを見る。
なるほど。
反復訓練が魔素操作にも出る。
「次。アルス」
呼ばれた。
アルスは板の前へ立つ。
手を置く。
冷たい。
「好きに流せ」
「量は?」
「自分で決めろ」
そこを指定しないのか。
アルスは少し考える。
強く流す意味はない。
まず、いつも通り。
体内の魔素を感じる。
肩。
腕。
手首。
掌。
急がない。
流れを作る。
板へ入れる。
光が現れた。
ゆっくり進む。
アルスはそれを見ながら、少しだけ流量を増やす。
光が強くなる。
形は崩れない。
今度は少し落とす。
弱くなる。
再び戻す。
「……ほう」
ティアの声が聞こえた。
アルスはそのまま端まで流した。
「もういい」
手を離す。
ティアが記録板を見る。
しばらく黙っている。
シリウスが小声で言う。
「怒られる?」
「なんで?」
「分からん」
ティアが顔を上げた。
「お主、遊んだな?」
アルスは一瞬考えた。
「少し」
教室の何人かが笑う。
「何をした」
「流す量を途中で変えました」
「なぜじゃ」
「変えても安定するか見たかったから」
ティアはアルスを見る。
少し長い。
「誰かに教わったか?」
「いえ」
「では普段からやっとるのか」
「似たことは」
「何歳から?」
「五歳くらいから」
今度はティアが黙った。
レインもアルスを見る。
「五歳?」
「うん」
「ずっと?」
「毎日じゃないけど」
シリウスが笑う。
「それ先に言ってよ」
「聞かれてないから」
ティアが急に笑った。
「なるほどのう」
楽しそうだった。
アルスは少し身構える。
「何ですか?」
「いや」
ティアは記録板へ何かを書き込む。
「面白いのがおると思っただけじゃ」
「それ褒めてます?」
「まだ知らん」
今度はアルスが困る番だった。
実技はその後も続いた。
全員が終わる頃には、同じSクラスでも得意なことがかなり違うことが見えてきた。
強い魔素を流せる者。
細かく制御できる者。
安定している者。
反応が速い者。
一つの数字では表せない。
教室へ戻る途中、アルスは少し考えていた。
洗礼式でも感じたことだ。
測れるものは一部分。
見る方法を変えれば、同じ人間でも違う特徴が出る。
隣を歩いていたレインが聞く。
「また考えてる?」
「うん」
「何を?」
「測り方」
シリウスが後ろから割り込む。
「魔法じゃなくて?」
「魔法もだけど、道具の方」
「さっきの板?」
「そう」
アルスは振り返った。
訓練場には、まだ測定用の板が並んでいる。
「人がやってることを、道具がある程度見える形にしてる」
「そうだね」
レインが答える。
「だったら逆に、人がやってる魔法を道具にやらせることもできるよね」
アイリスが言う。
「魔道具がありますから、普通では?」
「うん。普通にある」
アルスは頷く。
だからこそ気になった。
普通にあるものほど、今まで詳しく見ていなかった。
「どうやって固定してるんだろう」
リリアが首を傾げる。
「何をですか?」
「魔法を」
四人がアルスを見る。
シリウスが笑った。
「授業一日目でもう研究始まってない?」
「まだ疑問だけ」
「アルの場合、それが始まりなんじゃない?」
レインが言った。
アルスは少し考える。
「そうかも」
少し前を歩いていたティアが振り返る。
「聞こえとるぞ」
アルスたちが止まる。
ティアはアルスを見る。
「魔道具に興味があるなら、まず既にあるものを見ろ」
「作るんじゃなくて?」
「いきなり作ろうとするな」
即答だった。
「百年以上研究しとるワシでも、分からんものはいくらでもある」
アルスの目が少し輝く。
「百年以上やっても?」
「当たり前じゃ」
ティアは笑う。
「世界を舐めるな。分からんものだらけじゃ」
アルスも笑った。
「それは面白そうですね」
ティアの目が細くなる。
「やはり変なのがおるのう」
「先生に言われたくないです」
一瞬、静かになった。
ティアがニヤリとした。
「言うようになったな、小僧」
五人の笑い声が廊下に響いた。
学園最初の実技。
そこでアルスが見つけたものは、特別な魔法でも、新しい力でもなかった。
ただ一つ。
今まで当たり前に使っていた魔道具を、もう一度ちゃんと見てみたい。
そんな小さな疑問だった。




