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第11話 最初の放課後

授業が終わる頃には、アルスは思っていたより疲れていた。


難しい内容だったわけではない。むしろ、基礎的な説明が多かった。


それでも、新しい場所、新しい教師、新しい同級生。


朝からずっと周囲を見続けていたせいかもしれない。


「疲れた?」


隣からレインが聞いた。


「少し」


「意外だね」


「何が?」


「アルってずっと考えてるから、疲れないのかと思った」


「考えるのも疲れるよ」


「そうなんだ」


「レインは?」


「僕も少し」


その前の席で荷物をまとめていたシリウスが振り返る。


「俺は腹減った」


アイリスが呆れたように見る。


「さっき昼食を食べたでしょう」


「何時間前だと思ってるんだよ」


「数時間です」


「十分だろ」


「成長期なんじゃない?」


リリアが笑う。


「リリアも食べる?」


「私はそこまで」


「じゃあ俺だけ?」


「僕も少しお腹空いた」


アルスが言うと、シリウスが嬉しそうに指をさした。


「ほら!」


「何の勝負なの?」


レインが笑う。


教室から出る生徒が増えていく。


アルスは観測体に表示された予定を見る。


今日はもう授業はない。


「みんな、このあとどうするの?」


アイリスが聞いた。


「寮へ戻ります」


リリアが答える。


シリウスも頷く。


「俺も。荷物まだ全部片付いてない」


「僕は少し学園を見て回ろうかな」


アルスが言う。


レインがすぐに反応した。


「僕も行こうかな」


「剣の訓練は?」


「今日は朝やった」


「毎日やるの?」


「基本は」


シリウスが肩を落とす。


「真面目だなあ」


「シリウスはやらないの?」


「やるけど毎日は嫌だ」


「だから差がつくのよ」


アイリスが言う。


「初日から厳しくない?」


「事実でしょう」


「アイリスも真面目だね」


アルスが言うと、アイリスが少しだけ黙った。


「……普通です」


リリアが小さく笑う。


「照れてます?」


「照れてません」


そのやり取りを見ていたアルスも笑った。


五人で話していると、不思議と時間が早い。


朝までは全員知らない人間だった。


それが今は、放課後の予定を相談している。


「じゃあ少しだけ見て回る?」


レインが言った。


シリウスが手を上げる。


「食べ物がある場所を経由するなら」


「そこ重要なんだ」


「重要」


リリアも頷いた。


「私も行きます。まだ学園の中をほとんど知りませんし」


最後に全員がアイリスを見る。


「……何ですか?」


「来る?」


アルスが聞く。


「別に、断る理由はありません」


「じゃあ五人だね」


最初に向かったのは学園の売店だった。


シリウスの希望だ。


「ここ!」


「嬉しそうだなあ」


店内にはパン、焼き菓子、飲み物、簡単な軽食が並んでいる。


魔道具で温度を保っている棚もあった。


アルスは食べ物よりそちらを見る。


「また見てる」


レインが気付いた。


「何を?」


「魔道具」


「分かる?」


「顔?」


「顔」


「そんなに出るかな」


「出る」


レインは即答した。


アルスは保温棚の近くへ寄る。


表面に刻まれた魔法陣。


小さな魔石。


一定の温度を保つための仕組み。


珍しいものではない。


屋敷にも似たものがある。


ただ、さっきティアに言われた言葉が頭に残っている。


――既にあるものを見ろ。


「アル」


「うん?」


「買わないの?」


シリウスがパンを持って立っていた。


「買う」


アルスも適当に一つ選ぶ。


五人はそのまま中庭へ出た。


石造りのベンチ。


水路。


木陰。


少し離れた場所では、上級生らしい集団が魔法の練習をしている。


シリウスがパンを食べながら言った。


「こういうのいいな」


「何が?」


「学校」


「まだ一日目だよ」


「だからだよ。これから三年あるんだろ?」


レインが頷く。


「長いようで短いかもしれないね」


アルスは少し考える。


前世では三年という時間を短いと思ったことも長いと思ったこともある。


年齢によって感覚は違った。


今は十二歳。


「僕は長い方がいいかな」


「なんで?」


リリアが聞く。


「まだ何も知らないから」


アイリスがアルスを見る。


「またそれですか?」


「また?」


「知らないことが多いって、よく言いますよね」


「多いから」


「でも、普通は自分が知っていることの方を見るんじゃないですか?」


アルスは少し考えた。


「そうなのかな」


「少なくとも私は、自分が何をできるかの方が気になります」


「なるほど」


アイリスが少し警戒する。


「何ですか、その顔」


「いや、面白いなって」


「観察されている気がします」


「してるかも」


「やめてください」


「ごめん」


全員が笑う。


レインがパンを食べ終えて言った。


「でも、アルの言ってることも分かるよ」


「何が?」


「できることばかり見てると、できないことに気づかない」


アイリスがレインを見る。


「レインはそういうこと考えるんですね」


「剣をやってるとね。得意な型ばかり使ってると、苦手な動きが残るから」


アルスはそれを聞いて頷いた。


「やっぱり剣も研究と似てるね」


シリウスが笑う。


「何でも研究にするな」


「でも似てるでしょ」


「ちょっとだけな」


「ほら」


「嬉しそうだな」


五人の会話は、話題がころころ変わった。


剣。

魔法。

寮。

家。

食べ物。

先生。


ティアの話になると、全員が少し笑った。


「百三十八歳ってすごいよな」


シリウスが言う。


「ドワーフなら珍しくはないでしょう」


アイリスが返す。


「いや、分かってるけどさ。見た目との差がすごい」


リリアが笑う。


「先生に聞こえたら怒られますよ」


「ここにはいないだろ」


「そういう時に限っているよ」


レインが言った。


シリウスが慌てて周囲を見る。


「いないよな?」


アルスもつられて探す。


「いない」


「よかった」


「そんなに怖い?」


「怖くないけど、あの先生ならどこからでも出てきそう」


それは少し分かる。


日が傾き始めた頃、五人は寮へ向かう道へ戻った。


アルスはまだ屋敷から通う予定だったが、途中までは同じ方向だ。


「明日も一緒に行く?」


シリウスが言った。


「どこへ?」


「昼」


「食べることしか考えてないね」


アイリスが呆れる。


「大事だって」


「僕はいいよ」


アルスが答える。


レインも頷く。


「僕も」


リリアも笑った。


「私も大丈夫です」


四人の視線がアイリスへ向く。


「……行きます」


「決まり」


シリウスが満足そうに言う。


学園初日。


特別な事件は起きなかった。


誰かが大きな魔法を使ったわけでもない。


戦闘もない。


ただ、一緒に授業を受けて。


一緒に食べて。


一緒に笑った。


それだけだった。


けれど、後から思えば。


五人の関係は、たぶんこういうところから始まったのだと思う。


何かを決めたわけではない。


約束したわけでもない。


気付けば、明日も一緒にいることになっていた。

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