第86話 進める時に戻る
二階層へ下りてから、五人の歩き方は少し変わった。
一階層では、全員が周囲を見すぎていた。壁、床、天井、曲がり角。気になるものを見つけるたびに視線が散る。
でも、二階層へ入ってしばらくすると、自然に見る場所が分かれてきた。
レインは前。
アルスは前方の魔素と左右の分岐。
アイリスはレインとアルスの間から射線を確認する。
リリアは五人全体を見る。
シリウスは後方と、時々上。
「上も見るの?」
アルスが聞くと、シリウスが天井を指した。
「洞窟っぽい場所って、上から何か落ちてきそうじゃん」
レインが笑う。
「資料には低階層にそういう魔物はいないって書いてあったけど」
「いないって書いてある時ほど見るんだよ」
「それ、変異種のせい?」
「ちょっとある」
アルスも否定できなかった。
知っている種類だから。
資料にないから。
安全だと思う。
その判断は、以前より慎重になっている。
三階層へ続く途中で、最初の小さな部屋があった。
入口から中を見る。
何もいない。
ただし、床に小さな魔石が一つ落ちている。
シリウスが言う。
「拾っていい?」
レインはすぐには答えない。
アルスも周囲を見る。
魔素反応。
なし。
壁際。
なし。
天井。
特に異常なし。
それでも、シリウスだけを行かせない。
「全員で入ろう」
レインが言った。
五人で部屋へ入る。
魔石を回収。
何も起きない。
シリウスが肩をすくめる。
「普通だった」
アルスが笑う。
「普通なのを確認できたからいいんじゃない?」
「毎回これやるの?」
「最初はね」
慣れる。
その言葉には。
少し注意が必要だった。
慣れれば速くなる。
でも。
慣れすぎれば見なくなる。
その間をどう取るか。
まだ分からない。
三階層。
魔物。
ゴブリン三体。
戦闘。
レインが前を止める。
アルスが一体を引き取る。
シリウスが側面へ回る。
アイリスが後方から一体の足を止める。
リリアは補助を入れながら全員の位置を見る。
数分もかからない。
終了。
今度は。
誰も大きな声を出さなかった。
レインが言う。
「怪我は?」
「なし」
順番に返る。
リリアも確認。
問題なし。
アルスは倒れた魔物の魔石を拾う。
収納魔道具には入れない。
普通の袋。
二つ。
三つ。
少しずつ。
帰りの荷物が増えていく。
「こういう時に使いたくなるな」
シリウスが収納魔道具を見る。
アルスも分かる。
でも。
空き枠は残す。
今のところ。
普通の袋で困っていない。
便利だから使う。
ではなく。
必要になったら使う。
そこは。
外部試用で学んだことだった。
四階層。
ここで初めて。
五人は少し長く止まった。
前方に。
二つの道。
地図では。
右が短い。
左は遠回り。
シリウスが地図を指す。
「右でいいだろ」
レインが周囲を見る。
「アル?」
アルスは魔素を感じる。
右。
複数。
少し遠い。
左。
一つ。
近い。
「右は何匹かいる。数はまだ分からない」
「左は?」
「一つ」
シリウスが言う。
「じゃあ左?」
アルスは首を振る。
「近い一つが強い可能性もある」
レインが少し考える。
「どっちも見てから決めよう」
まず。
右。
少しだけ近付く。
魔素反応。
四つ。
小型。
動き。
普通。
次。
左。
一つ。
大きさ。
少し大きい。
でも。
異常な乱れはない。
アイリスが聞く。
「右の四体と左の一体。どちらが安全でしょう」
シリウスが即答する。
「一体」
レインがアルスを見る。
「僕も左かな」
アルスも頷く。
理由。
数が少ない。
退路が取りやすい。
異常反応なし。
五人なら対応できる可能性が高い。
左へ進む。
現れたのは。
大型のゴブリン。
通常個体より少し大きい。
武器は棍棒。
シリウスが言う。
「でかいな」
アルスは魔素を見る。
普通。
少し強い。
でも。
変異種のような乱れはない。
レインが剣を構える。
「やろう」
戦闘。
最初の一撃。
重い。
レインが受ける。
一歩下がる。
でも。
想定内。
アルスが横へ出る。
シリウスが反対側。
大型ゴブリンが誰を見るか。
レイン。
アルス。
シリウス。
視線が動く。
アイリスは撃たない。
まだ。
リリアはレインへ軽い補助。
次の一撃。
レインが受け流す。
アルスが腕へ一撃。
浅い。
ゴブリンが振り向く。
シリウスが脚へ入る。
体勢が崩れる。
そこへ。
アイリス。
火球。
胸。
直撃。
レインが踏み込む。
終了。
全員。
止まる。
すぐに近付かない。
魔素反応。
弱くなる。
消える。
魔石。
残る。
シリウスが息を吐く。
「一体でも、さっきの三体より疲れた」
レインも頷く。
「数だけじゃないね」
アルスは魔石を拾う。
普通。
少なくとも。
今見た範囲では。
異常なし。
それだけで。
少し安心する自分に気付いた。
四階層の終わり。
五階層へ続く階段。
そこで。
五人は一度座った。
時間。
予定より少し早い。
水。
まだ十分。
食料。
余裕。
魔石。
問題なし。
怪我。
なし。
疲労。
少し。
シリウスが言う。
「もっと行けるな」
アルスも。
そう思う。
レインも。
たぶん。
全員。
まだ進める。
でも。
今日の目標。
五階層。
そこまで。
レインが聞く。
「どうする?」
シリウスが先に答える。
「五まで行って、少し見て戻る?」
アイリスも頷く。
「最初に決めた通りで良いと思います」
リリアも同じ。
アルスは時計を見る。
進める。
だから。
戻る。
それを。
今日やる。
「五階層を少しだけ確認して、帰ろう」
レインが頷く。
「決まり」
五階層。
階段を下りる。
空気。
少し重い。
魔素。
四階層より多い。
通路。
広い。
そして。
少し先。
魔物。
二体。
ウルフ系。
普通。
アルスは見る。
動き。
魔素。
異常なし。
シリウスが言う。
「倒してから帰る?」
レインがアルスを見る。
アルスは少し考える。
「今日は見ただけでいいと思う」
シリウスが不満そうな顔をする。
「まだ戦えるぞ」
「うん」
「じゃあ」
「でも、今日の目的は五階層まで来ることだったから」
少し沈黙。
レインが頷く。
「僕も戻ろうと思う」
シリウスは二人を見る。
それから。
肩をすくめた。
「分かった」
戦える。
進める。
時間もある。
それでも。
戻る。
五人は静かに引き返す。
魔物を刺激しない。
階段。
四階層。
三階層。
二階層。
一階層。
帰り道。
行きに崩れていた場所も。
そのまま。
何も起きない。
でも。
帰りは。
行きより速かった。
道を知っている。
それだけで違う。
入口。
光。
外。
全員が出る。
登録端末。
五人。
帰還。
記録。
時刻。
予定より早い。
シリウスが外で大きく伸びる。
「終わったー」
レインが言う。
「まだギルドへ報告」
「忘れてた」
「帰るまでが冒険って言ってたでしょ」
「今帰ったじゃん」
「ギルドまで」
「長い」
アルスは笑った。
王都へ戻り。
ギルド。
ミーニャが五人を見る。
そして。
最初に。
人数を数える。
一。
二。
三。
四。
五。
「おかえりにゃ」
その言葉が。
少し嬉しかった。
ミーニャが記録を見る。
「予定より早いにゃ」
レインが答える。
「五階層まで行って、そこから戻りました」
「問題は?」
アルスが説明する。
一階層の崩落。
地図との差。
ゴブリン。
ウルフ。
大型ゴブリン。
五階層。
異常なし。
ミーニャが聞く。
「まだ進めそうだったにゃ?」
シリウスがすぐ答える。
「余裕でした」
ミーニャはレインを見る。
「なのに戻ったにゃ?」
「最初に五階層までって決めていたので」
ミーニャは少しだけ笑う。
「いいにゃ」
シリウスが聞く。
「もっと進んでも良かった?」
「行けたかもしれないにゃ」
「じゃあ」
「でも初日に、決めたところで戻れたなら、それで十分にゃ」
そこへ。
奥からボルドが出てきた。
五人を見る。
「全員いるな」
シリウスが言う。
「います」
「なら今日は合格だ」
「それだけ?」
「それだけだ」
ボルドは笑う。
「冒険者の最初の仕事は、生きて戻ることだって言ったろ」
アルスは。
昨日の言葉を思い出した。
ダンジョンは。
帰ってくる場所。
今日。
少しだけ。
意味が分かった。
倒した魔物の数。
拾った魔石。
進んだ階層。
それより。
五人。
全員。
戻った。
最初の探索。
それで十分。
ミーニャが記録を閉じる。
「次はどうするにゃ?」
シリウスが即答した。
「もっと潜ります」
レインが笑う。
アルスも。
少し笑った。
次は。
五階層より先。
でも。
今日と同じ。
行けるところまで。
ではなく。
戻れるところまで。
そこから。
少しずつ。
深くしていけばいい。




