第85話 最初の階段
休日の朝。
アルスたち五人は、いつも学園へ向かう時より少し早く王都冒険者ギルドへ集まった。
装備は前日に確認済み。武器、防具、水、食料、薬、予備魔石。アルスの腰には五固定点型の収納魔道具もある。
受付にいたミーニャは、五人を見るとすぐ手を上げた。
「おはようにゃ。ちゃんと全員いるにゃ?」
シリウスが笑う。
「五人います」
「それを確認するのも受付の仕事にゃ」
ミーニャは一人ずつ冒険者証を確認し、最後に帰還予定時刻を登録する。
「予定を過ぎそうなら、途中で連絡できる場所まで戻ること。無理そうなら最初から戻るにゃ」
レインが頷く。
「分かりました」
ミーニャは五人の装備をもう一度見る。
「昨日確認した内容から変わってないにゃ?」
「はい」
アルスが収納魔道具を軽く叩く。
「中身も同じです。薬、水、予備魔石、食料。五枠目は空けてます」
「いいにゃ」
シリウスが自分の普通の背負い袋を見る。
「俺はこっちもあるけど」
「収納魔道具があるからって全部それに任せない方がいいにゃ。壊れた時に何も持ってないのは困るにゃ」
アルスもそれは納得していた。
便利だから一つへ集約する。
でも。
その一つが使えなくなれば。
全部を失う。
研究でも。
一か所へ負担を集める危険は何度も見てきた。
五人はギルドから初心者ダンジョンへ向かった。
王都から大きく離れてはいない。
入口周辺は整備されている。
監視。
入退場記録。
救助用設備。
情報端末。
アルスが想像していた「誰も知らない洞窟」とは違う。
シリウスも同じだったらしい。
「普通に施設だな」
レインが言う。
「初心者向けだからじゃない?」
入口前には、その日の注意情報が表示されていた。
確認済みの危険区域。
なし。
通行不能箇所。
なし。
異常な魔物の報告。
なし。
入場者数。
複数。
アルスは最後の項目を見る。
自分たち以外にも。
今。
中にいる人がいる。
だからといって安全とは限らない。
でも。
完全な未知でもない。
「入ろう」
レインが言った。
五人は登録端末へ冒険者証をかざす。
一人目。
レイン。
二人目。
アルス。
三人目。
アイリス。
四人目。
リリア。
最後。
シリウス。
五人固定パーティー。
入場。
記録。
扉の向こう。
空気が変わった。
外より少し冷たい。
光源はある。
壁へ一定間隔で設置された魔道具が、通路をぼんやり照らしている。
それでも。
遠くまでは見えない。
シリウスが声を少し落とした。
「急にダンジョンっぽくなったな」
「声、響くね」
アルスが答える。
昨日決めた隊列へ自然に並ぶ。
レイン。
先頭。
その後ろ。
アルス。
中央。
アイリスとリリア。
最後尾。
シリウス。
レインが振り返らずに言う。
「大丈夫?」
後ろから順に返事が来る。
全員。
問題なし。
歩き始める。
最初は。
何も起こらない。
石の床。
壁。
分岐。
小さな段差。
アルスは魔素を感じながら進む。
地上とは。
少し違う。
壁の向こうにも反応がある。
下にも。
上にも。
空間そのものに。
魔素が溜まっているような場所がある。
「止まって」
アルスが言う。
五人が止まる。
シリウスが最後尾から聞く。
「何?」
「前の曲がり角の先。何かいる」
レインが剣へ手をかける。
「数は?」
「二つ。小さい」
アイリスが杖を持ち直す。
リリアも周囲を見る。
シリウスは後ろを確認した。
それだけで。
昨日決めた役割が。
もう動いている。
レインがゆっくり角へ近付く。
一歩。
もう一歩。
曲がった先。
小型の魔物。
二匹。
ゴブリン。
低階層でよく確認される種。
武器らしい武器は持っていない。
一匹が五人に気付いた。
声を上げる。
もう一匹も振り向く。
レインが剣を抜いた。
「来る」
二匹が走ってくる。
森でのオーク。
平原の変異種。
それらと比べれば。
動きは遅い。
でも。
狭い。
そこが違う。
レインが一匹を受ける。
もう一匹が横を抜けようとする。
アルスが前へ出た。
剣。
受ける。
力は。
それほど強くない。
アルスは相手の腕を流し。
体勢を崩す。
そこへ。
レインの剣。
一匹。
倒れる。
もう一匹がアルスへ向く。
後ろから。
アイリスの声。
「射線、空いています!」
アルスが横へ動く。
小さな火球。
直撃。
ゴブリンが怯む。
その隙に。
アルスが踏み込む。
戦闘。
終了。
短い。
数十秒。
誰も怪我をしていない。
シリウスが後ろから来る。
「俺、何もしてない」
レインが笑う。
「後ろ見てたでしょ」
「それだけ」
「それが役割だったから」
シリウスは少し納得いかない顔をした。
でも。
アルスは思った。
もし。
後ろから別の魔物が来ていたら。
シリウスが一番先に気付く。
戦わなかった。
それと。
何もしていない。
は。
違う。
倒れたゴブリンを見る。
地上なら。
解体。
素材。
魔石。
そういう作業がある。
でも。
ここでは。
少し待つと。
身体がゆっくり崩れ始めた。
シリウスが一歩下がる。
「おお」
光の粒のようなものへ変わり。
消える。
後には。
小さな魔石だけ。
アルスはしゃがむ。
「本当に残るの、魔石だけなんだ」
レインが言う。
「資料通りだね」
アルスは魔石を拾う。
普通。
今のところ。
異常な反応はない。
収納魔道具の五枠目を見る。
空いている。
でも。
アルスは魔石を入れなかった。
普通の袋へ入れる。
シリウスが聞く。
「収納しないの?」
「まだ小さいし。五枠目は、本当に必要なものが出た時用に空けておきたい」
リリアが頷く。
「途中で何か拾うかもしれませんものね」
再び進む。
次の分岐。
今度は。
地図を見る。
右。
既知の通路。
左。
同じく既知。
レインが言う。
「どっちにする?」
シリウスがすぐ答える。
「近い方」
アイリスが聞く。
「どこに近いんですか?」
「次の階段」
「それなら右ですね」
五人は右へ進む。
しかし。
少し歩いたところで。
道が塞がっていた。
崩れた石。
完全ではない。
人一人なら。
通れるかもしれない。
シリウスが言う。
「地図と違う」
アルスが壁を見る。
「これが昨日言ってた細かい変化かな」
レインは少し考える。
「通る?」
狭い。
一人ずつ。
崩れた場所。
もし。
向こう側で戦闘になれば。
五人が分断される。
アルスは首を振った。
「左から行こう」
シリウスが聞く。
「通れそうだけど?」
「通れる。でも、五人で動きにくい」
レインも頷く。
「僕も戻った方がいいと思う」
誰も無理をしない。
ほんの少し。
遠回り。
でも。
安全。
戻る。
分岐。
左。
今度は。
広い通路。
シリウスが言う。
「初日から予定通りにいかないな」
アルスは笑う。
「だから現地を見るんじゃない?」
知っている地図。
ある。
でも。
地図は。
今の道そのものではない。
少し進むと。
今度は三匹。
小型のウルフ系魔物。
アルスが先に気付く。
レインが数を確認。
「三匹」
シリウスが後ろから前へ出る。
「今度は俺もやる」
レインが即座に指示する。
「シリ、右。アル、左。僕が中央」
「了解」
アイリスは後方。
リリアは中央のまま。
三匹が来る。
狭い通路。
横へ広がれない。
逆に。
魔物側も。
一度に飛び込める数が限られる。
レインが中央を止める。
アルスが左。
シリウスが右。
アイリスは隙間を見て。
短い魔法。
足元へ。
一匹の動きが止まる。
シリウスがそこへ入る。
速い。
一撃。
倒す。
レインの相手。
アルスの相手。
続けて。
終了。
今度は。
シリウスも満足そうだった。
「これだよ」
アイリスが呆れたように言う。
「戦いたかっただけでは?」
「役割を果たした」
「さっきも果たしていました」
「今回は分かりやすい」
リリアが笑う。
五人は少し休憩する。
水。
呼吸。
装備確認。
収納魔道具から水を出す。
冷たいまま。
シリウスが飲みながら言う。
「やっぱり便利だな」
アルスも頷く。
でも。
今のところ。
なくても進める。
それも大事。
収納魔道具が。
冒険を可能にしているわけではない。
ただ。
負担を減らしている。
少し休み。
また進む。
一階層。
さらに奥。
階段。
下へ。
シリウスが先に覗こうとする。
レインが止めた。
「隊列」
「あ」
元へ戻る。
レイン。
アルス。
アイリス。
リリア。
シリウス。
階段を下りる。
二階層。
空気は。
少し冷たい。
アルスは魔素を見る。
反応。
一階層より。
少し多い。
レインが聞く。
「今日はどこまで行く?」
アルスは時計を見る。
時間。
水。
魔石。
全員の体調。
問題なし。
「決めてた通り、まず五階層を目標にしてみる?」
シリウスが言う。
「十じゃなくて?」
「初日だから」
レインも頷く。
「五で一度戻ろう」
誰も反対しなかった。
行けるところまで。
ではない。
決めたところまで。
そして。
帰れるうちに戻る。
Fランク。
最初の探索。
五人は。
まだ。
ダンジョンを攻略してはいない。
ただ。
一つずつ。
歩き方を覚え始めていた。




