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第84話 潜る前に決めること

冒険者登録を終えた翌日。


放課後になると、アルスたち五人は再び王都冒険者ギルドへ向かった。


目的は一つ。


初心者ダンジョンへ入るための講習。


昨日と同じ受付へ行くと、ミーニャがすぐ五人に気付いた。


「来たにゃ」


シリウスが笑う。

「覚えてるんですか?」


「昨日登録した五人組を忘れるほど歳は取ってないにゃ」


「百二十歳くらいって聞いたけど」


ミーニャの笑顔が少しだけ深くなる。


「シリウス君」


「はい」


「女性の年齢は、知ってても口に出さない方が長生きできるにゃ」


「覚えておきます」


レインが横で笑いを堪えていた。


ミーニャは五人の冒険者証を確認する。


全員Fランク。


固定五人パーティー。


昨日登録したばかり。


「今日は初心者ダンジョン講習で間違いないにゃ?」


「はい」


アルスが答える。


「じゃあ、まず装備確認からにゃ。ダンジョンに入る前に、何を持っていくか全部出してもらうにゃ」


シリウスが首を傾げる。

「全部?」


「全部にゃ」


案内された場所には、広い机が並んでいた。


五人はそれぞれの荷物を置いていく。


武器。

防具。

水。

食料。

薬。

照明用の魔道具。

予備の魔石。

縄。

簡単な工具。

記録具。


アルスは最後に、収納魔道具を一つ置いた。


ミーニャが耳を動かす。


「これが噂の収納魔道具かにゃ」


アルスが少し驚く。

「知ってるんですか?」


「ギルドには試用記録が回ってきてるにゃ。冒険者が使ってるんだから当然にゃ」


そうだった。


第二次外部試用。


十台。


冒険者ギルド側にも情報が流れている。


ミーニャは手を出さず、少し離れて見る。


「これ、今日は研究用かにゃ?」


「はい。ティア先生の許可はもらってあります」


「なら記録しておくにゃ」


シリウスが言う。

「便利ですよ」


ミーニャが笑う。

「知ってるにゃ。試用した冒険者が返したがらなかったって報告もあるにゃ」


アルスが思わず聞き返す。

「返したがらなかった?」


「冗談半分にゃ。でも、便利だったのは本当みたいにゃ」


少し嬉しい。


研究室で作ったものが。


実際に使った人から便利だと言われる。


まだ販売前。


まだ試用品。


それでも。


道具として外で生き始めている。


ミーニャは装備一覧へ視線を戻した。


「でも、収納できるからって持ちすぎないことにゃ」


アルスが見る。

「持てるのに?」


「持てることと、管理できることは別にゃ」


その言葉で。


少し前の研究を思い出した。


固定点。


順番。


中身。


どこに何があるか。


確かに。


入るから全部入れる。


それでは。


必要な時に迷う。


「ダンジョンでは暗い、狭い、急ぐ、怪我をする。そんな時に『どこに入れたっけ』は困るにゃ」


リリアが頷く。

「薬は位置を固定した方がいいですね」


「その通りにゃ」


アルスは収納魔道具の五枠を見直す。


一番。


薬。


二番。


水。


三番。


予備魔石。


四番。


食料。


五番。


空き。


シリウスが言う。

「また五番空けるの?」


「ダンジョンでも何が増えるか分からないから」


「なるほど」


ミーニャも頷いた。

「良い使い方だと思うにゃ」


装備確認が終わると。


今度は講習室へ移動した。


そこには立体表示されたダンジョン断面図が浮かんでいた。


入口。


通路。


小部屋。


分岐。


階段。


魔物の発生区域。


ただし。


全部は表示されていない。


シリウスが言う。

「地図あるじゃん」


ミーニャが答える。

「入口付近だけにゃ」


「全部ないの?」


「毎回完全に同じとは限らないにゃ」


アルスが反応する。


「変わるんですか?」


「大きくは変わらないにゃ。でも、細かい崩れ、魔物の移動、通れない場所、発生位置。その辺は変わるにゃ」


地図がある。


でも。


地図だけでは足りない。


情報は。


過去の状態。


今。


完全に同じとは限らない。


そこも。


平原の変異種と似ていた。


知っている。


でも。


今を見る必要がある。


そこへ。


後ろの扉が開いた。


ボルドが入ってくる。


「始めてるか」


ミーニャが振り返る。

「始めてるにゃ」


シリウスが小さく言う。

「ギルドマスターって毎回来るんですか?」


ボルドが聞き逃さなかった。


「暇そうに見えるか?」


「ちょっとだけ」


レインがすぐ肘で止める。


ボルドは笑った。


「今日は五人固定の新人が初心者ダンジョンへ行くって聞いたから見に来ただけだ」


アルスが聞く。

「五人ってそんなに珍しいんですか?」


「固定で五人はな」


ボルドは立体図の前へ立つ。


「人数が増えりゃ強くなると思ってる奴もいるが、そう単純じゃねぇ」


全員が見る。


「狭い通路で五人並べるか?」


並べない。


「前衛が二人いたら、後ろの三人は何が見える?」


見えにくい。


「曲がり角で先頭が襲われたら、最後尾は何秒で状況を知る?」


分からない。


ボルドは続ける。


「人数が多い分、役割が曖昧だと邪魔になる」


シリウスが少し真面目な顔になる。


「じゃあ五人って不利?」


「使えなきゃな」


ボルドは即答した。


「使えりゃ強い」


レインが聞く。

「どう使えばいいんですか?」


ボルドはレインを見る。


「それを俺が全部決めたら、お前らのパーティーじゃねぇだろ」


少しだけ沈黙。


そして。


シリウスが笑う。

「昨日もそんな感じだったな」


ボルドも笑う。


「俺は答えを教えるためにいるんじゃねぇ」


アルスは立体図を見る。


五人。


今まで。


自然に役割はできていた。


レイン。


前。


シリウス。


周囲と側面。


アイリス。


後方から攻撃。


リリア。


支援。


アルス。


前と周囲を見る。


でも。


森と。


平原と。


ダンジョンでは。


同じではない。


狭い。


見えない。


逃げ道も少ない。


「入口で一度決めよう」


アルスが言う。


レインが頷く。

「隊列?」


「うん」


ボルドは何も言わない。


五人の会話を聞いている。


アルスが続ける。


「レインが前。僕がその後ろ。アイリスとリリアが中央。シリウスは最後尾」


シリウスが聞く。

「俺、後ろ?」


「前だけ見てたら後ろから来るかもしれないから」


「それなら分かる」


アイリスが言う。

「戦闘になったら?」


「広さ次第で変える」


レインも続ける。

「狭かったら僕とアルで前を止める。シリウスは動けるなら側面。無理なら後ろを守る」


リリアが言う。

「私は中央にいた方が全員へ届きやすいですね」


アイリスも頷く。

「私は射線を確保できる場所へ移動します」


ボルドがそこで口を開いた。


「悪くねぇ」


それだけ。


シリウスが言う。

「合ってる?」


「今決めたものが正解かどうかは、中で分かる」


やっぱり。


答えはくれない。


でも。


その方が。


アルスには分かりやすかった。


ミーニャが次の表示を出す。


「次は帰還条件にゃ」


魔石残量。


食料。


水。


負傷。


時間。


誰かの体調。


それぞれに。


戻る基準を決める。


シリウスが言う。

「まだ戦えるなら進んでもいいんじゃない?」


ボルドが返す。

「それをやる奴が戻れなくなる」


少し。


声が低くなった。


「限界まで行ってから帰るんじゃ遅ぇ。帰れる余裕があるうちに戻る」


アルスは森での実習を思い出した。


オーク。


逃げるために戦った。


勝つためではない。


目的。


帰る。


そこは同じ。


五人で決める。


予定時間を過ぎたら戻る。


水を一定量使ったら戻る。


治療が必要な負傷者が二人以上出たら戻る。


魔石予備が半分になったら戻る。


誰か一人でも継続が危険だと判断したら、一度止まる。


シリウスが最後の条件を見る。


「一人が怖いって言っただけでも?」


レインが答える。

「理由を聞くために止まるくらいはいいんじゃない?」


アルスも同意する。


「何か見つけてるかもしれないし」


ヴェルデ平原。


アルスが違和感を言った時。


四人が止まった。


もし。


あそこで。


気にしすぎだと進んでいたら。


最初の突進。


もっと近い距離で受けていた。


シリウスもそこへ気付いたらしい。


「分かった。一回止まる」


ミーニャが記録する。


「良いにゃ」


最後。


帰還予定時刻。


入場時刻。


活動予定時間。


余裕時間。


それをギルドへ登録する。


アルスが聞く。

「戻らなかったら?」


ミーニャの表情が少しだけ変わる。


「確認が入るにゃ」


「それでも戻らなかったら?」


「救助にゃ」


簡単な答え。


でも。


重い。


ダンジョンへ入る。


自由に。


でも。


完全に放置されるわけではない。


社会の中の冒険。


そこには。


帰らない人を探す仕組みもある。


ボルドが言う。


「だから予定は適当に書くな」


五人が頷く。


講習が終わる。


ミーニャが書類を確認し。


最後に五人を見る。


「これで初心者ダンジョンへ入れるにゃ」


シリウスがすぐ言う。

「いつ行けます?」


「明日でもいいにゃ」


目が輝く。


「ただし」


ミーニャが続ける。


「装備確認、入場登録、帰還予定。全部忘れないことにゃ」


「はい」


今度は。


シリウスも素直だった。


ギルドを出る前。


ボルドが五人へ言った。


「一つだけ覚えとけ」


全員が止まる。


「ダンジョンは攻略する場所だと思うな」


アルスが見る。


「じゃあ何ですか?」


「帰ってくる場所だ」


それだけ言って。


ボルドは奥へ戻った。


シリウスが少し考える。

「なんか変な言い方だな」


アルスは首を振る。


「たぶん、分かりやすい」


入る。


進む。


戦う。


拾う。


でも。


最後に。


戻る。


そこまでやって。


初めて終わる。


五人は翌日の予定を決める。


放課後では短い。


だから。


次の休日。


朝から。


初心者ダンジョンへ。


初めて。


授業ではなく。


自分たちの冒険者証で。


入る。


アルスは収納魔道具を見た。


五つの枠。


薬。

水。

魔石。

食料。

空き。


研究道具として作ったものが。


今度は。


本当の冒険の中へ。


持ち込まれる。


そして。


五人も。


学園生としてではなく。


Fランク冒険者として。


初めて地下へ向かうことになった。

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