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第83話 冒険者になる日

冒険者ギルドへの登録日が近づくにつれて、五人の空気は少しずつ落ち着かなくなっていた。


昼休みの時点で、シリウスはもう何度も登録案内を読み返している。


「これ、登録したら本当に依頼を受けられるんだよな」


レインが苦笑する。

「講習を受けて、登録が終わって、そこからだけどね」


「それで十分だって」


アルスも案内を見直す。


冒険者ギルドそのものは、今までにも何度も名前を聞いてきた。街道の安全管理、魔物の情報、採取素材の流通、救助依頼。社会の中で、ごく自然に機能している組織だ。


でも。


自分がそこへ登録するとなると、少し違う。


放課後。


五人は王都冒険者ギルドへ向かった。


王都の冒険者ギルドは、思っていた以上に広かった。人の出入りは多いが、雑然としているわけではない。受付、依頼掲示、素材買取、情報端末、休憩所。必要なものがきちんと分かれている。


シリウスが周囲を見回す。

「もっと怖い場所かと思ってた」


アイリスが笑う。

「どういう想像をしていたんですか」


「もっとこう、荒くれ者ばっかりで、机を叩いて酒飲んでるみたいな」


「古い物語の読みすぎだね」

レインが言った。


実際には、騒がしさはあっても荒れてはいない。鎧姿の冒険者もいれば、軽装の採取者らしい者もいる。荷物運びの依頼を受けに来たような者もいて、思った以上に幅が広い。


五人は学生向けの受付へ向かった。


すると、そこで一人の女性が目に入った。


猫の耳と尾を持つ獣人の女性。

柔らかな雰囲気と手慣れた所作を持ち、受付に立つ姿は自然そのものだった。


彼女は五人を見るなり、にこりと笑う。


「いらっしゃいませにゃ。学生さんの新規登録かにゃ?」


シリウスが一瞬だけ目を丸くする。

「はい」


女性は笑顔のまま軽く会釈した。


「王都冒険者ギルド受付主任、ミーニャですにゃ。今日は登録案内と講習の受付を担当するにゃ」


アルスは少し驚いた。


受付主任。


もっと堅い人物を想像していたが、目の前のミーニャは親しみやすく、それでいて隙がない。すぐに分かる。優しそうに見えても、かなり有能だ。


ミーニャは五人を順に見た。

「学園の子達かにゃ?」


「はい」

レインが代表して答える。

「王立学園の生徒です。五人で登録したくて来ました」


「五人で、にゃ?」


ミーニャの目が少しだけ細くなる。

ただの驚きではない。何かを確認するような目だった。


「固定パーティの予定かにゃ?」


「そのつもりです」

アルスが答えた。


ミーニャは小さく頷き、手元の書類を整える。

「分かったにゃ。じゃあまずは本人確認からにゃ。身分証をお願いするにゃ」


五人が順番に学園の身分証を出す。


ミーニャは確認しながら、それぞれを軽く観察していた。


レインを見る時は、落ち着いた目で。

シリウスには少し面白そうな目で。

アイリスとリリアには丁寧に。

アルスには、どこか興味を持つように。


「みんな同じ学年かにゃ?」

「はい」

「なるほどにゃ。仲が良さそうでいいことだにゃ」


シリウスがすぐ返す。

「今から冒険者です」


「そうだにゃ。でも、まずは生きて帰る冒険者を目指すにゃ」

ミーニャは笑った。


その言い方が、妙に自然だった。


登録手続きの途中、ミーニャが五人の書類を見て少し考える。

「五人固定、それも全員が学園生。珍しいにゃ」


「珍しいんですか?」

リリアが聞く。


「珍しいにゃ。二人三人は多いけど、固定で五人は意外と少ないにゃ。しかも、最初からその形を決めてる子達はもっと少ないにゃ」


そこで彼女は、受付の奥へ視線を向けた。


「ちょっと待っててほしいにゃ」


ミーニャは慣れた足取りで奥へ入っていく。


シリウスが小声で言う。

「なんかやばい?」


「別に悪い感じじゃなかったよ」

アルスが答える。


しばらくして、ミーニャが戻ってきた。

その後ろには、大柄な男がいた。


年齢はかなり上に見える。

肩幅が広く、立っているだけで目を引く。

今は現役の冒険者ではないと聞かされなくても、長く前線にいたことが分かるような存在感があった。


男は五人を見る。


「お前らが、五人固定で登録したいっていう学園生か」


ミーニャが横で紹介する。

「ギルドマスターのボルドですにゃ」


シリウスの背筋が少しだけ伸びた。


アルスも思わず姿勢を正す。


ボルド・グランツ。

王都冒険者ギルドのギルドマスター。

元Sランク冒険者。


そう聞けば納得できる雰囲気だった。


ボルドは五人を一人ずつ眺める。

値踏みというより、見て覚えるための視線に近い。


「全員、学園の生徒で、固定の五人か。面白ぇな」


シリウスが小さく呟く。

「面白いって言われた」


レインが肘で軽く止めた。


ボルドは気にした様子もなく続ける。

「別に五人だから優遇するわけじゃねぇ。Fランクからだ。講習も受けてもらう。危ねぇことはするな。それでいいな?」


「はい」

五人がほぼ同時に答えた。


ボルドは少しだけ口元を緩める。

「素直でいい」


ミーニャが補足する。

「このギルドではにゃ、登録したばかりの子には、まず無理をしないことを覚えてもらうにゃ。強いとか弱いとか、その前に生きて帰ることが一番大事にゃ」


「はい」

今度はアルスが答えた。


それから五人は講習室へ通された。


内容は派手なものではない。

依頼の受け方、撤退判断、立入制限区域、救援申請、素材の扱い、未知の個体への対処。戦闘技術ではなく、冒険者としての基本。


その中には、変異種についての説明も含まれていた。


講師役の職員が言う。


「最近、既知種であっても通常個体と異なる特徴を持つ個体が確認されています。見慣れた魔物だから安全だと判断しないでください」


アルスたちは少しだけ視線を交わした。


まさに、自分たちが経験したことだった。


シリウスが小声で言う。

「やっぱり増えてるんだな」


レインも小さく頷く。

「たぶん、僕たちが見たのだけじゃない」


確認試験まで終えると、全員問題なく合格した。


再び受付へ戻る。


ミーニャがすでに書類を整えて待っていた。


「お疲れ様にゃ。じゃあ次は登録情報を埋めていくにゃ」


名前。

所属。

使用武器。

得意分野。

魔法。

活動形態。


シリウスが欄を見て首を傾げる。

「活動形態って?」


「単独か、固定か、臨時か、そのあたりにゃ」

ミーニャが答える。


レインが自然に言った。

「固定でお願いします」


誰も異論はなかった。


五人。

固定パーティー。


それが一番自然だった。


「パーティー名はどうするにゃ?」

ミーニャが聞く。


そこで五人は止まった。


シリウスが言う。

「いるの?」


「必須じゃないにゃ。でも決まってるなら登録できるにゃ」


アイリスが首を振る。

「今はまだ要らないと思います」


リリアも頷いた。

「無理に付ける必要はありませんわ」


アルスも同意する。

「まずはこの五人でやってみたいです」


「分かったにゃ」

ミーニャは手早く記入する。

「じゃあ、固定五人パーティ、名称なしで登録するにゃ」


その言い方で、少しだけ実感が湧いた。


名称はない。

でも。

もう、五人で一つの扱いになる。


登録が終わると、一人ずつ冒険者証が発行された。


小さな金属製の証。

情報端末とも連携し、依頼受注や本人確認、報酬管理に使える。


アルスはそれを受け取る。


表示。

Fランク。


学園ではSクラス。


でも、冒険者としてはF。


それが妙に新鮮だった。


シリウスが自分の証を見る。

「一番下だ」


レインが笑う。

「当たり前だよ。冒険者としては今日が最初なんだから」


その時、受付の横にいたボルドが言った。


「肩書きなんざ場所が変われば変わる。学園で優秀でも、ギルドじゃ新人だ。それでいい」


五人が見る。


ボルドは腕を組んだまま続ける。


「ただし、下から始められるってのは悪いことじゃねぇ。変な癖がつく前に、基礎から覚えられるからな」


アルスはその言葉を素直に受け取れた。


たしかに、そうだった。


ミーニャが依頼掲示の方を示す。

「せっかくだし、どんな依頼があるか見ていくといいにゃ。今日は受けなくても、雰囲気は分かるにゃ」


五人は掲示板の前へ移動する。


薬草採取。

小型魔物素材の回収。

街道観測。

荷物運搬。

倉庫整理。

清掃。

迷子の家畜捜索。


シリウスが止まる。

「倉庫整理も冒険者依頼なのか」


ミーニャがくすっと笑う。

「依頼があって、ギルドが受けて、誰かがやるなら冒険者の仕事にゃ。討伐だけが冒険者じゃないにゃ」


「へえ」


その横で、アルスは別の依頼に目を止めた。


初心者向けダンジョン入場許可。

Fランク以上。

複数人推奨。

初回講習必須。


「これ」


四人もそれを見る。


ダンジョン。

それはもう、ただの言葉ではなかった。


実在し。

社会の中にあり。

冒険者が日常的に出入りする場所。


そして、自分たちにも入る資格ができた。


シリウスの目が輝く。

「行こう」


アイリスが即座に返す。

「今日は行きません」


「分かってるって」


ミーニャが苦笑する。

「焦る子は嫌いじゃないけどにゃ、初日から飛ばしすぎるとろくなことにならないにゃ」


そこへボルドも近付いてきた。


「初心者ダンジョンに行くなら、まずは講習と装備確認だ。帰還予定も出してもらう。好き勝手に潜る場所じゃねぇ」


レインが頷く。

「分かりました」


ボルドは五人を見回す。

「お前らは五人固定なんだろ」


「はい」

アルスが答える。


「なら、その形を大事にしろ。一人が強くても意味はねぇ。五人で帰って来られるなら、それが一番だ」


その言葉は、重かった。


でも、押し付ける感じはしない。


経験から出た言葉だと分かる。


ミーニャが柔らかく続ける。

「困ったことがあったら、受付に来ればいいにゃ。分からないことは聞いていいにゃ。でも、最後に決めるのは自分達にゃ」


ボルドが横で笑う。

「答えを全部もらえると思うなよ」


「はい」

今度は、五人とも自然に返事ができた。


ギルドを出る時には、全員の胸元に新しい冒険者証があった。


Fランク。

一番下。

でも。

最初の一歩としては十分だった。


シリウスが証を見ながら言う。

「なんか実感出てきたな」


レインが答える。

「学園の外に、もう一つ場所ができた感じだね」


アルスも頷く。


学園で学ぶ。

研究室で試す。

実習で外を見る。

そして、ギルドで依頼を受ける。


少しずつ。

世界との接点が増えていく。


その入口で最初に迎えてくれたのが、ミーニャで。

その先を見据えるように立っていたのが、ボルドだった。


アルスはギルドの建物を振り返る。


まだ何者でもない。


でも。

ここから始められる。


それだけで、十分だった。

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

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