第79話 同じ姿の別物
ホーンラビットは、レインの剣を弾いたあと一度距離を取った。
小さな身体。短い角。草原で何度も見た姿。それなのに、五人の誰も同じ魔物だとは思えなかった。
レインが剣を構え直す。
「力も強い」
「速さも全然違う」
シリウスがホーンラビットから目を離さず答える。
アルスは魔素を見る。
流れが乱れている。普通のホーンラビットより量が多いだけなら、強い個体として理解できる。でも、目の前の個体はそうではなかった。身体の中を巡る流れそのものが不自然に見える。
「アル、来る!」
レインの声で意識を戻す。
ホーンラビットが地面を蹴った。
速い。
今度はアルスにも動き出しが見えた。それでも、見えてから身体を動かすのでは遅い。
「右!」
アルスが叫ぶ。
レインが横へ跳ぶ。
ホーンラビットはその横を抜けるはずだった。
途中で。
方向を変えた。
「え?」
レインが声を漏らす。
前足が地面へ触れた瞬間、身体を強引に捻り、そのままレインへ追従する。
普通の兎型魔物なら、あの速度ではできない動き。
アルスが割って入る。
身体強化。
剣ではなく腕でレインを押し出し、自分も横へ逃げる。
角が服を掠めた。
「アルス!」
リリアの声。
「大丈夫!」
傷はない。
でも。
近い。
ホーンラビットが着地する。
シリウスがすぐ横から入った。
短剣を振る。
当てるためではない。
進路を変えさせる。
ホーンラビットがシリウスを見る。
その瞬間。
アイリスの火球が地面へ当たった。
爆ぜた火と土。
ホーンラビットが反射的に横へ飛ぶ。
「レイン!」
「分かってる!」
レインが踏み込む。
今度は正面から追わない。
逃げる先へ剣を置く。
ホーンラビットがさらに進路を変える。
そこへ。
アルス。
剣を振る。
浅い。
刃が背中を掠めた。
ホーンラビットが高い声を上げる。
でも。
止まらない。
むしろ。
魔素が一気に強くなった。
「離れて!」
アルスが叫ぶ。
五人が距離を取る。
ホーンラビットの動きが変わった。
身体が低くなる。
角をこちらへ向ける。
レインが言う。
「誰を狙ってる?」
分からない。
普通なら。
視線。
身体の向き。
足。
そこからある程度は読める。
でも。
こいつは途中で変える。
シリウスが言う。
「来るまで決めてないんじゃないか?」
アルスはその言葉に反応した。
「あるかも」
「適当に言ったんだけど」
「でも、そう考えた方がいい」
誰か一人が受ける前提では危ない。
来た方向に合わせて。
全員で変える。
レインも頷く。
「固定しないでいこう」
ホーンラビットが動く。
正面。
レイン。
途中で。
左。
シリウス。
今度は読めた。
シリウスが避ける。
レインが横から追う。
アルスはそのさらに外。
アイリスは撃たない。
まだ。
ホーンラビットが着地。
反転。
今度はアルスへ。
「来る!」
アルスは前へ出なかった。
横へ。
追わせる。
ホーンラビットが方向を変える。
その先。
レイン。
剣。
ホーンラビットがさらに逃げる。
そこへ。
「今です!」
リリアの声。
アイリスが撃つ。
火球は小さい。
でも。
今度は地面ではない。
ホーンラビットの進路。
直撃を狙わず。
逃げ道を一つ消す。
ホーンラビットが反対へ跳ぶ。
そこに。
シリウス。
「こっちだ!」
短剣を地面すれすれへ振る。
避けるため。
ホーンラビットが跳ぶ。
空中。
方向を変えられない。
「レイン!」
アルスとレインが同時に動いた。
レインが正面。
アルスが横。
ホーンラビットの角がレインへ向く。
レインは受けない。
身体を沈める。
角が上を抜ける。
アルスの剣が横から入った。
今度は。
深い。
ホーンラビットが地面へ転がる。
でも。
すぐに起きる。
「まだ!」
レインが叫ぶ。
血が出ている。
それでも。
立つ。
アルスは息を整える。
普通ではない。
速さだけではない。
身体も強い。
傷への反応も。
違う。
ホーンラビットが再び突進する。
今度は。
少し遅い。
傷の影響。
見える。
「同じように!」
レインが言う。
五人はもう。
最初の時とは違った。
レイン一人で止めようとしない。
シリウス一人で回ろうとしない。
アイリスも攻撃することだけを考えない。
リリアも後ろで待つだけではない。
相手が動くたび。
位置を変える。
空いている場所を埋める。
ホーンラビットがシリウスへ向かう。
シリウスが逃げる。
レインが圧をかける。
反転。
アルス。
アルスは避ける。
アイリスが進路を切る。
また反転。
そこへレイン。
一度。
二度。
追い込む。
ホーンラビットの動きが乱れ始める。
速い。
でも。
無限には動けない。
「次で止める!」
レインの声。
シリウスが右。
アルスが左。
アイリスは後方。
リリアは全員を見ている。
ホーンラビットが前へ出る。
レインへ。
途中で。
右。
シリウス。
予想通り。
シリウスは避ける。
左へ変える。
アルス。
アルスも避ける。
さらに逃げる先。
アイリスの火球。
ホーンラビットが止まった。
ほんの一瞬。
その一瞬で。
レインが踏み込む。
剣が。
首元へ入った。
ホーンラビットの身体が地面へ落ちる。
動かない。
誰も。
すぐには近付かなかった。
レインが息を切らしながら言う。
「終わった?」
アルスは魔素を見る。
反応。
急速に弱くなっている。
「たぶん」
それでも。
少し待つ。
完全に動かなくなるまで。
五人とも武器を下ろさない。
しばらくして。
ようやく。
レインが剣を下げた。
シリウスがその場へ座る。
「ホーンラビットって、こんな疲れる相手だったっけ?」
「違います」
アイリスも呼吸を整えながら答えた。
「少なくとも今日見た個体とは」
リリアはすぐ全員を見る。
怪我。
レイン。
なし。
シリウス。
なし。
アイリス。
なし。
リリア。
なし。
アルス。
服が少し破れている。
でも皮膚までは届いていない。
「全員大丈夫ですね」
その言葉で。
初めて少し力が抜けた。
アルスは倒れたホーンラビットを見る。
外見。
やはり。
大きく違わない。
普通の個体より。
少し体格がいい。
筋肉も。
わずかに発達しているように見える。
でも。
それだけでは。
さっきの速さを説明できない。
アルスが近付く。
レインも横へ来る。
「魔素は?」
「まだ少し残ってる」
魔物が死んだ後。
体内の魔素反応は弱くなる。
でも。
アルスが気になっていた乱れは。
完全には消えていなかった。
身体の中心。
魔石がある位置。
そこだけ。
違和感が残る。
「ここ」
アルスが言う。
シリウスが立ち上がる。
「何かある?」
「分からない。でも魔石を見たい」
討伐した魔物は。
実習の規則に従い処理する。
今回の個体は明らかに異常だった。
勝手に解体して持ち帰るのではなく。
まず報告。
レインが言う。
「戻ろう」
アルスも頷いた。
「うん。この個体は調べてもらった方がいい」
五人は位置を記録する。
個体の外見。
動き。
速度。
攻撃。
通常個体との差。
そして。
アルスが感じた魔素の乱れ。
そこまで。
全部。
事実と観測した範囲だけ。
原因は書かない。
まだ。
分からないから。
帰路。
シリウスが言う。
「強いホーンラビットってだけじゃないのか?」
アルスは少し考える。
「可能性はある」
「でも違うと思ってる?」
「普通に強いだけなら、魔素の流れがあんな感じになる理由が分からない」
アイリスが聞く。
「何か混ざっているように見えたと言っていましたね」
「うん」
「何が?」
アルスは首を振る。
「そこまでは分からない」
人に似ている。
そんな感覚が。
一瞬あった。
でも。
それはまだ。
アルスの中でも形になっていない。
だから。
言葉にしなかった。
学園へ戻ると。
報告を受けた側の反応は早かった。
五人が観測した区域。
その周辺。
近隣の記録。
同じような個体がいないか確認が始まる。
アルスたちは。
倒したホーンラビットの魔石を。
後日。
研究用に確認できることになった。
その日の最後。
アルスは自分の記録板を開く。
――ホーンラビット一体。
――通常個体より明らかに高速。
――身体能力も高い。
――途中で進路を変える動きが多い。
――五人の連携で討伐。
その下。
少し長く考えた。
――魔素の量だけでなく、流れそのものに乱れあり。
さらに。
――原因不明。
それだけ。
変異。
誰かの影響。
特殊な個体。
まだ。
何も決まっていない。
でも。
ヴェルデ平原で。
五人は。
同じ姿をした。
別物のような魔物と出会った。
そして。
その違和感は。
討伐しただけでは。
終わらなかった。




