第78話 平原の違和感
第二次外部試用の十台が研究室を出ると、アルスたちが毎日それを待つ必要はなくなった。
使用記録はガルドを通じて届く。故障や赤表示が出ればすぐ連絡が来る。それまでは、研究室では六固定点型の改良を続ければいい。
そして五人には、研究以外の学園生活もある。
数日後、授業で王都近郊のヴェルデ平原へ向かうことになった。
今回の課題は討伐ではない。
一定区域を歩き、生息する魔物や動物、植生、魔素の流れを記録する。危険度の低い地域で、観測結果と既存記録に差がないかを確認する実習だった。
シリウスが歩きながら言う。
「森より楽だな」
レインが周囲を見る。
「見通しはいいね」
「オークも隠れられない」
「出る前提にしないでください」
アイリスに言われ、シリウスが笑う。
ヴェルデ平原は、森とはまったく違った。
背の低い草が風で波のように動き、ところどころに低木がある。遠くまで見渡せるため、魔物の接近にも気付きやすい。
アルスにとっては、魔素の反応も読みやすかった。
森では木々や小動物の反応が重なり、何がどこにいるのか分かりにくかった。ここでは一つ一つの反応の間に距離がある。
「右に三つ」
アルスが言う。
シリウスが目を細める。
「見えた。ホーンラビットだな」
草の間を、小型の魔物が三匹動いている。
額に短い角を持つ兎型の魔物。
危険度は低い。
近付かなければ向こうから積極的に襲うことも少ない。
レインが記録板を見る。
「この辺りなら普通にいるって書いてある」
五人は距離を保って観測する。
体格。
行動。
数。
魔素反応。
特に異常なし。
しばらく歩くと、また別の個体がいた。
今度は一匹。
それも記録する。
さらに進む。
小鳥。
虫。
小型の草食動物。
別のホーンラビット。
何も特別なことは起きない。
シリウスが言った。
「観測だけだと平和だな」
アルスは笑う。
「平和な方がいいでしょ」
「分かってる。でも森の後だから余計に」
レインも頷く。
「何も起きない場所をちゃんと見るのも必要なんだと思う」
その通りだった。
異常だけ見ていても。
何が異常なのか分からない。
普通のホーンラビット。
普通の魔素。
普通の動き。
それを知っているから。
違うものに気付ける。
昼前。
五人は小さな丘の近くで休憩を取った。
リリアが水を飲みながら言う。
「アルス、今日は収納魔道具を持っていないんですね」
「うん。外部試用に出してるし、今日は普通の装備だけ」
「久しぶりな感じがします」
シリウスが自分の鞄を見る。
「やっぱり重い」
アイリスが言う。
「数日前まで普通だったでしょう?」
「便利を知ると戻れない」
それは少し分かる。
アルスも水筒の重さを感じていた。
収納魔道具がなくても困らない。
でも。
あれば違う。
その差を。
使う側の人も感じているのかもしれない。
休憩を終え、午後の観測区域へ入る。
ここも危険度は低い。
既存記録では。
ホーンラビット。
小型の野犬系魔物。
草食動物。
その程度。
シリウスが先を見て言う。
「あそこにもいる」
一匹のホーンラビット。
草を食べている。
アルスも魔素を見る。
そこで。
足が止まった。
「待って」
四人も止まる。
レインが聞く。
「どうした?」
アルスはもう一度見る。
ホーンラビット。
姿は普通。
少し大きいようにも見える。
でも。
それだけではない。
「魔素が……変」
シリウスが見る。
「強い?」
「強い、だけじゃない」
説明しにくい。
さっきまで見た個体とは。
流れ方が違う。
一か所へ集まっているわけでもない。
乱れている。
いや。
何か。
別の流れが混じっているように見える。
アイリスが聞く。
「病気でしょうか?」
「分からない」
アルスは即答した。
見たことがない。
だから。
決めない。
五人は距離を取ったまま観測する。
ホーンラビットは草を食べている。
普通。
耳が動く。
普通。
こちらを見る。
その瞬間。
アルスが少し嫌な感覚を覚えた。
ホーンラビットが。
逃げなかった。
普通なら。
この距離で五人の人間へ気付けば。
離れる。
少なくとも警戒する。
でも。
こちらを見るだけ。
シリウスが小さく言う。
「あいつ、変じゃない?」
「うん」
レインの手が剣へ近付く。
まだ抜かない。
アイリスも杖を持ち直した。
リリアは一歩だけ後ろへ下がる。
ホーンラビットが。
こちらを見たまま。
ゆっくり立ち上がった。
アルスは魔素を追う。
やはり。
違う。
通常のホーンラビットより。
明らかに密度が高い。
それだけなら。
強い個体。
そう考えることもできる。
でも。
内部に。
別の何かが混じっているように見える。
「近付かないで」
アルスが言った。
誰も動かない。
ホーンラビットが一歩。
こちらへ進む。
シリウスが言う。
「来るぞ」
レインが剣を抜いた。
五人の空気が変わる。
森で。
オークを前にした時とは違う。
目の前にいるのは。
本来なら。
大きな脅威ではない魔物。
それなのに。
アルスの感覚は。
近付くな。
そう告げている。
ホーンラビットが。
もう一歩。
そして。
突然。
消えたように見えた。
「速っ――」
シリウスの声。
次の瞬間。
レインの剣に。
硬い音が響いた。
角。
ホーンラビットの角が。
剣へぶつかっていた。
レインの身体が。
一歩。
後ろへ押される。
「レイン!」
アルスが前へ出る。
レインは倒れていない。
でも。
顔が変わっている。
「これ、普通じゃない」
誰も否定しなかった。
ホーンラビットは一度距離を取り。
再び五人を見る。
小さな身体。
短い角。
姿は。
どこにでもいる魔物と変わらない。
でも。
動きも。
力も。
魔素も。
違う。
アルスはその反応を。
できる限り見逃さないようにする。
分からない。
何が起きているのか。
まだ。
何も分からない。
ただ一つ。
はっきりしている。
これは。
今日ここまで観測したホーンラビットとは。
同じではなかった。




