第77話 戻ってきた三台
A-03が戻ってきたのは、予定より一日遅い夕方だった。
故障ではない。依頼先で追加の荷物が発生し、帰路が延びただけだった。その知らせ自体は観測網を通してガルドから届いていたので、アルスたちも心配はしていなかった。
翌日、三台すべてが研究室の机へ戻る。
A-01。外装に擦り傷。内部異常なし。
A-02。目立った外傷なし。開閉回数が最も多い。
A-03。革の一部に泥と雨の跡。金具に小さな変形。
シリウスがA-03を持ち上げる。
「一番使い込まれてる感じするな」
アルスも見る。表示は白。安全検知線も切れていない。けれど新品だった時とは明らかに違う。
「まず記録から見よう」
三人分の使用記録を並べる。
A-01は採取中心。行きはほぼ空のまま、帰りに素材を入れた。
A-02は数日の探索。食料、水、薬、魔石を頻繁に出し入れした。
A-03は運搬依頼。依頼品を入れ、空いた枠へ途中で増えた荷物を追加していた。
レインがA-03の記録を読む。
「これ、途中で一回転んでる」
シリウスがすぐ外装を見る。
「この傷かな」
雨の後、ぬかるんだ斜面で転倒。腰の収納魔道具を地面へ強くぶつけた。表示は白のまま。念のため開閉を確認し、中身にも異常なし。
アルスは少し考える。
「研究室の落下試験より弱い衝撃だったのかな」
アイリスが言う。
「でも、雨と泥が一緒です」
そこだった。
落とす。
濡れる。
擦れる。
研究室では一つずつ試していた。
外では同時に起きる。
ティアがA-03を受け取り、外装を外していく。
「中を見るぞ」
泥は外側で止まっている。内部の支持部に水分は入っていない。金具は少し曲がっていたが、中核にも術式板にも異常はない。
「今の構造なら、この程度は持つ」
アルスが言うと、ティアが返す。
「一台だけで決めるな」
「うん」
A-01も分解。
擦り傷は多いが、革の表面だけ。
A-02。
外装は綺麗だったが、入口の可動部にわずかな摩耗がある。
シリウスが驚く。
「こっちの方が中は減ってる?」
「開けた回数が多いからだと思う」
A-02は三台の中で最も丁寧に扱われていた。それでも可動部分は一番傷んでいる。
見た目では分からない。
レインが言う。
「落とすより、普通に使う方が減る場所もあるんだね」
「うん」
アルスは記録する。
――外傷と内部摩耗は一致しない。
A-02の開閉回数は、短期間ですでに七十回を超えていた。
アイリスが数字を見る。
「これを一年使ったら、かなりの回数になりますね」
「毎日使えばもっと増える」
アルスは入口部分を見る。
壊れる前に。
何回くらいで交換するべきなのか。
そこまで考える必要がある。
リリアが言う。
「赤になるまで使うのではなく、定期的に確認した方がいいのでは?」
ガルドが頷く。
「販売するなら点検時期を決めた方が良さそうですね」
シリウスが顔を上げる。
「武器の手入れみたいな感じ?」
「近いでしょう」
剣も。
靴も。
馬車も。
魔道具も。
使えば減る。
収納魔道具だけが例外ではない。
次に、三人から聞き取った感想を見る。
操作について。
全員、問題なし。
五つの表示。
最初だけ説明が必要だったが、すぐ慣れた。
安全表示。
分かりやすい。
大きさ。
問題なし。
そして容量。
三人とも。
「もっと入れば嬉しい」と答えていた。
シリウスが得意そうに言う。
「ほら」
アルスが笑う。
「でも続きがある」
一人目。
今の容量でも買う。
二人目。
値段次第では今の方がいい。
三人目。
高くなっても容量が大きい物が欲しい。
三人とも違う。
シリウスが書類を見る。
「結局どれが正解なんだ?」
ガルドが答える。
「全部でしょう」
「全部?」
「必要なものが違いますから」
アルスは五固定点型と六固定点型を見る。
五でいい人。
もっと欲しい人。
大きさより価格を優先する人。
価格より容量を優先する人。
一つの正解へ揃える必要はない。
そこは前にも分かり始めていた。
今度は。
実際の使用者が同じことを返してきた。
「五固定点型、もう大きくしなくていいかも」
アルスが言う。
ティアが見る。
「どういう意味じゃ」
「五固定点型は五固定点型として仕上げる。容量を増やす研究は六固定点型から先で続ける」
「そうじゃな」
今までは。
試作一号を改良し続けて。
全部を一つの完成品へ近付けるつもりだった。
でも。
小容量型を完成させながら。
大容量型も作ればいい。
研究の枝が。
自然に分かれた。
ガルドが一枚の紙を出す。
「それなら、次の段階へ進めます」
アルスが見る。
「販売?」
「その前です」
ガルドは慎重だった。
「少数を継続して使ってもらいます。三台ではまだ少ない。十台程度まで増やし、使用期間も伸ばしたい」
シリウスが言う。
「百台じゃないんだ」
「百台で問題が出たら困るでしょう」
「それもそうか」
十台。
それでも今の研究室だけで全部作るなら大変だ。
だが。
外装。
金属部品。
固定具。
そこはもう職人側へ分けられる。
術式板と最終確認だけ。
研究側。
アルスが言う。
「十台なら作れそう」
ティアがすぐ返す。
「お主が十枚描くなよ」
「え?」
「量産の試験じゃろ。アルス一人で作ったら意味がない」
そうだった。
レインたちも。
前回は型を使って術式板を作った。
四人とも。
修正を入れれば。
動かせた。
シリウスが嫌そうな顔をする。
「また俺も?」
アイリスが言う。
「量産化のためです」
「俺、研究者じゃないぞ」
ティアが返す。
「研究者でなくても作れるかを見るんじゃ」
シリウスが少し考える。
「それなら俺が一番向いてる?」
アルスが笑う。
「たぶん」
「褒められてる感じしないな」
五人で術式板を作る。
一人二枚。
同じ型。
同じ材料。
同じ手順。
前回より速い。
シリウスも。
今度は接続部分を何度も確認していた。
十枚完成。
起動試験。
一枚目。
正常。
二枚目。
正常。
三枚目。
正常。
四枚目。
正常。
五枚目。
正常。
六枚目。
入口がわずかに遅い。
アルスが確認する。
接続の一つが。
基準より浅い。
修正。
正常。
残り四枚。
全部動く。
十枚。
初回正常九枚。
修正一枚。
ティアが記録を見る。
「悪くない」
シリウスが言う。
「俺のは?」
「二枚とも正常」
「よし」
本気で喜んでいる。
レインが笑った。
しかしアルスは。
誰が作ったかではなく。
一枚だけ出た差を見る。
「ここ、型だけじゃ防げない」
ティアも頷く。
「なら検査で拾う」
全部を。
完璧に作る。
それは難しい。
でも。
間違いを見つけて。
外へ出さない。
そこまで含めれば。
作れる。
ガルドが十枚の記録を見る。
「これなら次へ進めそうです」
アルスが聞く。
「十台作る?」
「はい。ただし、販売はまだしません」
ガルドは念を押す。
「試用期間を伸ばします。冒険者だけでなく、運搬、救助、長距離移動など、使い方も広げたい」
アルスは頷いた。
ここまで来ると。
研究室だけでは決められない。
どこで。
どう使われる。
どのくらい傷む。
何を入れる。
何が欲しくなる。
それを。
世界側から返してもらう。
夕方。
三台の分解点検が終わった。
A-01。
外装交換不要。
A-02。
入口可動部だけ交換。
A-03。
金具交換。
中核と術式板。
三台とも。
そのまま使える。
ガルドが少し驚く。
「直すのはそこだけでいいんですか?」
「うん」
アルスが答える。
全部交換しない。
傷んだところだけ。
直して。
また使う。
数日前に考えた修理構造が。
もう役に立った。
A-01、A-02、A-03。
三台は。
最初より少し傷が増えた。
部品も一部変わった。
それでも。
捨てない。
また外へ出せる。
シリウスが三台を見る。
「帰ってきて、また行くんだな」
「たぶんね」
アルスは少し嬉しかった。
作ったものが。
研究室へ戻ってくる。
壊れ方を教えてくれる。
直す。
また使われる。
その繰り返しで。
道具が完成へ近付く。
アルスは記録の最後へ書く。
――第一次外部試用終了。
――三台とも内容物喪失なし。
――通常使用による摩耗を確認。
――交換部品による修理成立。
――小容量型への需要を確認。
――第二次外部試用へ移行。
そして、その下に一行だけ追加する。
――使われることで、道具の形が決まっていく。
試作一号から始まった収納魔道具は。
もう。
アルスたちだけが答えを決めるものではなくなっていた。




