第76話 研究室の外へ
安全表示の改良から数日後、研究室の机には同じ形の収納魔道具が三つ並んでいた。
五固定点型。
白い表示。
橙の表示。
赤い表示。
ただし、今は三つとも白。
シリウスが一番端の一台を持ち上げる。
「同じだな」
アルスも横から見る。
「同じになるように作ったからね」
「前は同じもの作っても少し違ったのに」
「今も測れば差はあるよ。でも使う側から見て問題ない範囲には入ってる」
三台とも、外装は職人が作った規格品。内部の支持部も同じ寸法。魔石接続部も同じ部品。術式板だけは研究室で作り、最後の動作確認もアルスたちが行った。
一台目。
収納。
取り出し。
時間停止。
正常。
二台目。
正常。
三台目。
正常。
ティアが記録を閉じた。
「ようやく三台そろったな」
レインが聞く。
「これで量産?」
「三台で量産と言うな」
「ですよね」
シリウスが笑う。
その日、ガルドはいつもより少し早く研究室へ来た。
三台を見て。
すぐに聞く。
「外へ出せますか?」
アルスは答えなかった。
ティアを見る。
ティアもすぐには答えない。
「条件付きならな」
ガルドが頷く。
「販売ではありません。試用です」
シリウスが言う。
「誰が使うの?」
「冒険者です」
その言葉で。
アルスたち五人の空気が少し変わった。
今まで。
野外実習で自分たちが使った。
学園職員にも触ってもらった。
研究室の外へ持ち出したこともある。
でも。
本当に冒険へ持っていく人へ。
預ける。
それは。
少し違う。
アルスが聞く。
「何人くらい?」
「最初は三組ではなく三人です。一人一台」
「一人?」
「使い方の違いを見たいので」
ガルドは紙を出す。
一人目。
近郊で薬草や小型魔物素材を集める冒険者。
二人目。
数日単位で森へ入る冒険者。
三人目。
依頼品や素材の運搬を多く請け負う冒険者。
名前は書かれていない。
今回の試用では。
人物そのものより。
使い方を見る。
ガルドが続ける。
「全員、試作品であること。破損時に内容物を回収できない可能性があること。赤表示では使用しないこと。その条件へ同意してもらいます」
アルスは少し安心した。
隠さない。
分からないことも。
危険も。
そのまま伝える。
「返してもらうんですか?」
リリアが聞く。
「一定期間後に必ず返却してもらいます。それまでの使用記録も取ります」
シリウスが言う。
「壊したら?」
「壊れても返してもらいます」
「怒らない?」
「壊れ方を見るための試用ですよ」
ガルドが笑った。
アルスも少し笑う。
研究室では。
壊すために壊した。
外では。
普通に使って。
どこが壊れるのかを見る。
その違いは大きい。
ティアが三台を指す。
「渡す前にもう一度全部見るぞ」
そこから。
最後の確認が始まった。
魔石。
満充填。
表示。
白。
収納五枠。
全部正常。
時間停止。
既存試験結果と一致。
外装。
傷なし。
支持部。
異常なし。
安全検知線。
正常。
赤表示時の起動拒否。
正常。
アルスが一台目へ小さな印を付ける。
試用一号。
二台目。
試用二号。
三台目。
試用三号。
シリウスが言う。
「試作一号と試用一号、ややこしくない?」
「ちょっとややこしい」
「番号変えよう」
アイリスが言う。
「記録番号だけで良いのでは?」
結局。
個体番号を付けることになった。
A-01。
A-02。
A-03。
シリウスが見る。
「急に普通になった」
「間違えない方が大事だから」
個体ごとに。
使用した魔石。
製造日。
術式板の担当。
外装の製造番号。
検査結果。
全部記録する。
レインが言う。
「一台ごとに履歴を残すんだね」
ガルドが頷く。
「問題が出た時、どの材料と工程だったか追えるようにします」
アルスはその言葉を聞いて、少し前の標準化試験を思い出した。
番号を振った魔石。
製造条件。
接続圧。
一つずつ。
あの時は。
同じものを作るための記録だった。
今度は。
問題が起きた時。
戻るための記録になる。
同じ記録でも。
役割が増えた。
午後。
三台はガルドへ預けられた。
アルスは机の上が急に広くなったように感じた。
シリウスが言う。
「本当に持っていったな」
「うん」
「大丈夫かな」
アルスは少し意外だった。
「シリウスが心配するんだ」
「するだろ。俺たちが作ったんだぞ」
レインも頷く。
「何も起きない方がいいけど、何も起きないと分からないこともあるね」
それが。
実地試験。
壊れないでほしい。
でも。
壊れるなら。
今のうちに壊れてほしい。
矛盾しているようで。
研究では普通だった。
アイリスが言う。
「使い方も、私たちとは違うでしょうね」
「たぶん」
アルスたちは。
収納物を決めていた。
薬。
水。
食料。
魔石。
でも。
冒険者は。
何を入れる。
どのくらい開閉する。
どこへ持っていく。
どんな姿勢で歩く。
何度落とす。
雨に濡れるか。
全部。
違う。
リリアが言う。
「返ってきた時、傷だらけかもしれませんね」
シリウスが笑う。
「赤になってるかも」
アルスも笑った。
でも。
もし赤なら。
その理由が知りたい。
その日の研究は。
少し静かだった。
三台がない。
それだけで。
いつもの机が違って見える。
ティアが言う。
「暇そうじゃな」
「待ってるだけだから」
「誰が待てと言った」
アルスが見る。
ティアは六固定点型を机へ出す。
「五個入る方は外へ出た。お主らは次をやれ」
シリウスが言う。
「休みなし?」
「研究者が道具の帰りを待って何になる」
アルスは六固定点型を見る。
確かに。
五固定点型は。
もう自分たちだけのものではない。
外で使われる。
なら。
研究室では。
次へ進める。
六固定点。
七で競合。
管理方式。
容量。
魔石消費。
まだ課題がある。
レインが椅子へ座り直す。
「じゃあ続きだね」
アイリスも記録板を開く。
リリアは前回の消費量を確認する。
シリウスだけが一度扉を見る。
「A-01たち、無事で帰ってこいよ」
アルスが笑う。
「道具に言う?」
「言ってもいいだろ」
ティアが言う。
「壊れて帰ってきても怒るなよ」
「分かってる」
研究室では。
六固定点型。
外では。
五固定点型。
同じ技術が。
初めて。
二つの場所で同時に動き始めた。
それから数日。
A-01から最初の記録が届いた。
故障。
なし。
収納回数。
十一回。
取り出し。
十回。
主な収納物。
薬草。
採取した小型魔物の素材。
予備食。
そして。
一つ。
予想していなかった使い方があった。
アルスが記録を見る。
「空のまま持っていった?」
レインが覗く。
「五枠全部?」
「うん」
行きは。
何も入れない。
帰り。
採取した物だけを入れる。
ガルドの聞き取りにあった。
帰りに増える荷物。
それを。
本当にやった。
シリウスが言う。
「行きはただの空っぽの袋か」
「でも帰りは違う」
採取した薬草。
小さな素材。
壊したくない物。
それらを。
状態を変えずに持ち帰る。
アルスは記録の横へ書く。
――空き容量そのものに価値あり。
以前。
野外実習で。
五枠目を空けた。
何が起きるか分からないから。
冒険者は。
全部を空けた。
何を持ち帰るか。
出発時には分からないから。
同じ道具。
でも。
使う人が変わると。
考え方も変わる。
さらに二日後。
A-02から記録。
森林で二泊。
主な収納。
調理済み食料。
薬。
予備魔石。
水。
ここは。
アルスたちに近い。
ただ。
開閉回数が多い。
一日に十回以上。
食料だけではなく。
休憩のたびに水を出す。
薬を出す。
また戻す。
魔石を入れ替える。
「こんなに開けるんだ」
アイリスが言う。
アルスたちの実習では。
必要な時だけ使うことを意識していた。
でも。
道具が便利なら。
普通に使う。
それが。
使用者側だった。
ティアが言う。
「開閉耐久試験を増やせ」
アルスがすぐ書く。
百回。
千回。
何回で。
どこが摩耗するか。
新しい課題。
A-03は。
まだ戻らない。
予定通り。
運搬依頼で数日使う。
その間にも。
A-01から二回目の記録が届く。
今度は。
外装に小さな傷。
表示は白。
問題なし。
原因。
岩場で腰を擦った。
シリウスが言う。
「やると思った」
レインが笑う。
「自分もやりそうだけどね」
「やる」
アルスは傷の位置を見る。
試験では。
落下。
圧迫。
そこばかり見ていた。
擦れる。
長時間。
少しずつ。
その試験は。
ほとんどしていない。
また。
一つ増えた。
研究室の外は。
研究室より。
ずっと雑だった。
でも。
人が雑なのではない。
普通に使えば。
そうなる。
歩く。
座る。
走る。
しゃがむ。
岩へ当たる。
木へ擦る。
雨に濡れる。
道具は。
その全部へ付き合う。
アルスは六固定点型の外装を見た。
性能。
容量。
消費。
そこだけではない。
外へ出せば。
世界の方から。
試験項目が増えていく。
ティアが言った。
「良かったな」
アルスが見る。
「何が?」
「研究室だけでは、一生思いつかん試験が増える」
アルスは少し笑った。
確かに。
それは。
良いことだった。
三台を外へ出した。
それだけで。
収納魔道具の研究は。
また。
少し広くなった。




