第73話 欲しいのは大きさではない
数日後、ガルドは以前より厚い書類の束を持って研究室へ来た。
「職人側の確認が取れました」
ティアが顔を上げる。
「早いの」
「難しい部分はまだ触らせていませんから」
ガルドが机へ書類を広げる。革の加工、金属板の切断、固定具の取り付け。工程ごとに、作業時間と失敗しやすい場所が整理されていた。
アルスが一枚ずつ見る。
「外装はかなり揃うんですね」
「革職人にとっては、特別な仕事ではありません。寸法と縫い方が決まっていれば、むしろ研究室で皆さんが作るより速いでしょう」
シリウスが言う。
「それはそうだろうな」
「自覚あるんだ」
アイリスが言うと、シリウスは肩をすくめた。
金属部品も似ていた。形と厚みを決めれば、同じものを何枚も作れる。ただし、術式板だけは違う。
ガルドがその項目を指す。
「ここだけは、まだ研究者側の技術ですね」
型を使えば線の位置は揃う。それでも接続の深さや刻み方で差が出る。前回の試験でも、同じ手順で作った五枚のうち一枚は修正が必要だった。
アルスは頷く。
「ここをもっと簡単にしないと、たくさん作るのは難しい」
「ええ。ただ、今日はそれとは別の話もあります」
ガルドが別の紙を出した。
「試作機そのものは見せていません。ただ、こういう性能の道具があった場合に何を運びたいか、商会の取引先や冒険者に聞いてみました」
シリウスが身を乗り出す。
「何が一番だった?」
「食料ではありません」
「えっ」
本気で驚いた声だった。
レインが笑う。
「そこまで意外?」
「だって時間止まるんだぞ」
ガルドも少し笑ってから答えた。
「食料はかなり多かったです。ただ、それ以上に意見が分かれました」
紙には用途が並んでいる。
薬。
水。
食料。
採取した素材。
交換用の装備。
予備の武器。
野営道具。
魔石。
壊れやすい採取物。
帰りに増える戦利品。
アルスは最後の項目を見る。
「帰りに増えるもの」
「冒険者から一番よく出た話です」
ガルドが説明する。
出発時より、帰りの方が荷物が多い。
魔物の素材。
薬草。
鉱石。
遺物。
依頼品。
目的の物を見つけても、持てなければ一部を捨てることがある。荷物が重くなれば帰還速度も落ちる。採取地点から町まで遠ければ、それだけ危険な時間が増える。
野外実習で、アルスたちも少し似たことを経験していた。
ただ、自分たちは最初から持っていく物ばかり見ていた。
「行きじゃなくて、帰りか」
アルスが呟く。
レインも頷いた。
「空き枠を一つ残したのと同じだね。何が増えるか分からない」
リリアが言う。
「治療用品も、使えば減ります。でも素材は逆に増えるんですね」
「そういうことです」
ガルドは別の欄を指した。
「それと、容量について少し面白い反応がありました」
シリウスが言う。
「大きい方がいいに決まってるだろ」
「そう答えた人もいます。ただ、全員ではありません」
「違うの?」
「価格が上がるなら小さくていい、という人が多いです」
研究室が少し静かになった。
アルスは試作一号を見る。
リンゴ五個程度。
最初に完成した時。
全員が小さいと思った。
実用品としては足りない。
もっと入る方がいい。
その方向だけを見ていた。
ガルドが続ける。
「薬と予備魔石だけ入ればいい。壊れやすい素材だけ守れればいい。一日分の食料だけ入れば十分。そういう使い方です」
アイリスが言う。
「用途によっては五枠でも足りる……」
「ええ」
レインが聞く。
「なら、容量を大きくしすぎると高くなる?」
「材料費だけではありません。術式が複雑になれば製造時間も検査時間も増えます。必要な魔石が大きくなれば、そこでも価格が上がるでしょう」
アルスは六固定点型を見る。
五から六へ増やした。
次は七。
その次は十。
ずっと増やす方向だった。
でも。
全員が最大容量を必要としているわけではない。
「小さいまま売れる?」
アルスが聞く。
「十分可能性があります」
ガルドははっきり答えた。
「むしろ最初は、小さい方が良いかもしれません」
シリウスが首を傾げる。
「なんで?」
「安い。作りやすい。故障した時の損失も小さい。使う側も試しやすい」
ティアが笑った。
「研究者は性能を上げたがる。商人は必要な性能を売る」
ガルドが頷く。
「高性能だから売れるとは限りません」
アルスはその言葉を聞きながら、少し前の救助課題を思い出した。
必要な物を遠くへ運ぶ。
そのためには大容量が欲しい。
でも。
全員が救助隊ではない。
日帰りの冒険者。
薬を運ぶ人。
採取者。
商人。
騎士。
必要な量は違う。
「じゃあ、一種類にしない方がいい?」
アルスが言った。
ガルドはすぐ答えず、ティアを見る。
ティアはアルスへ返した。
「お主はどう思う」
「小さいのは、小さいまま完成させる。大きいのは別で研究する」
レインが言う。
「試作一号を無理に大きくし続けなくていいってことか」
「うん」
アルスは五固定点型と六固定点型を並べる。
五固定点型。
構造はもうかなり安定している。
実地試験もした。
時間停止も確認した。
携帯できる。
六固定点型。
少し効率が良い。
小さくできる。
でもまだ改良途中。
「五固定点型を量産側へ渡して、僕たちは六固定点型から先を研究する?」
ティアが頷く。
「自然じゃな」
シリウスが言う。
「古い方を売るみたいで嫌じゃない?」
アルスは少し考えた。
でも。
古くない。
用途が違う。
五個しか入らない。
ではなく。
五個入れば足りる人へ。
「使う人がそれで足りるなら、古くないよ」
シリウスが少し考えてから頷いた。
「なるほど」
ガルドが微笑む。
「その考え方なら、商品にしやすいです」
「もう売るんですか?」
リリアが聞く。
「まだです」
ガルドはすぐ答える。
「安全確認、製造方法、修理、価格、責任の所在。決めることが残っています」
ティアが言う。
「それに、勝手に研究品を市へ流したらワシが怒る」
「承知しています」
「かなり怒るぞ」
「承知しています」
シリウスが小さな声で言う。
「二回言った」
アイリスが笑う。
その後、話は性能ではなく故障へ移った。
壊れた時。
入口が開かない場合。
魔石が切れた場合。
外装だけ破損した場合。
術式板が傷付いた場合。
アルスは最後の項目で手を止める。
「中身はどうなる?」
誰もすぐには答えなかった。
今まで。
壊す試験はした。
でも。
内部空間が成立したまま術式そのものが破損した場合。
そこまでの確認は十分ではない。
ティアが言う。
「売る前にそこじゃな」
アルスも頷く。
使える。
便利。
それだけでは商品にならない。
使えなくなった時。
どうなるのか。
そちらまで分からなければ。
他人へ渡せない。
ガルドが言う。
「商売では、正常に動く時より故障した時の説明を求められることがあります」
シリウスが聞く。
「なんで?」
「自分の大事な物を入れるからです」
その一言で、よく分かった。
薬。
武器。
食料。
素材。
依頼品。
中に入れるのは。
どうでもいい物ではない。
むしろ。
守りたい物ほど入れる可能性が高い。
アルスは新しい紙を出した。
――販売前確認項目。
一、中身を入れた状態で魔石が尽きた場合。
二、入口部分が破損した場合。
三、外装のみ破損した場合。
四、術式の一部が損傷した場合。
五、修理後に中身を回収できるか。
シリウスが覗く。
「また壊すのか」
「今回はかなり壊すかも」
「やっぱり」
レインが言う。
「でも必要だね」
アルスは頷いた。
容量を増やす研究。
量産する研究。
壊れた時を調べる研究。
全部。
同時に少しずつ進む。
一つ完成させたら次。
そんな単純な順番ではなくなってきた。
研究室の外では。
使いたい人がいる。
作れる職人がいる。
材料を揃える商人がいる。
研究室の中では。
まだ分からないことが残っている。
ガルドが帰る前に、アルスへ言った。
「一つだけ、安心したことがあります」
「何ですか?」
「容量が小さくても欲しい人がいたことです」
アルスは試作一号を見る。
リンゴ五個。
完成した時。
小さいと思った。
今も。
大きいとは思わない。
でも。
役に立たない大きさではなかった。
最初から。
ちゃんと使い道があった。
ただ。
研究室の中だけでは。
それが見えていなかった。
アルスは記録の最後へ書く。
――最大容量が、そのまま価値ではない。
そしてもう一つ。
――必要な量は、使う人が決める。
五固定点型は。
そこで成長を止めるのではない。
一つの形として。
外へ出る準備を始める。
六固定点型から先は。
まだ研究室に残る。
同じ収納魔道具が。
ここで。
初めて二つの道へ分かれ始めていた。




