↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
72/227

第72話 同じものを百個

数日後、研究室へ来たガルドは、六固定点型の試験機を見てすぐに言った。


「小さくなりましたね」


アルスが頷く。

「少しだけ。入る数は一つ増えました」


ガルドは手に取らず、机の上に置かれたまま外装と表示を見る。

「魔石の消費は?」


「前より減っています」


「製造時間は?」


アルスは止まった。


シリウスが横から言う。

「そこ聞くんだ」


「商人ですから」


ガルドは笑った。


アルスは記録をめくる。

「最初の一台はかなりかかりました。でも、同じ構造なら前より早く作れます」


「アルス君が作れば、ですね」


その言葉で研究室が少し静かになった。


レインが言う。

「また再現性の話?」


ガルドは頷く。

「一台作れることと、百台用意できることはまったく別です」


シリウスが顔をしかめる。

「百台?」


「例えば、ですよ」


ガルドは六固定点型を見る。


「救助隊へ五台。冒険者へ二十台。騎士団へ三十台。商会へ十台。学園や研究機関にも必要になる。もし本当に役に立つ道具なら、百台という数字はすぐ小さくなります」


アルスは百台の試験機を想像した。


無理だった。


自分一人で作るなら、研究どころではなくなる。


「百台は作れない」


「今は、それでいいんです」


ガルドはすぐ答えた。

「だから、何が足りないのかを見るんです」


ティアが椅子にもたれたまま言う。

「今日は商人の授業になっとるな」


「研究者には研究を続けてもらいたいので」


ガルドは机の横に持ってきた箱を置いた。


中には魔石、金属板、革、接続具、小さな固定金具が入っている。以前より種類が多い。


「同じ規格で揃えられる範囲を確認しました」


アルスが魔石を一つ取る。


大きさはほぼ同じ。


金属板も、厚みが揃っている。


革も同じ処理がされている。


「全部同じ?」


「完全に同じではありません」


ガルドは答える。

「ですが、商会として同じ商品扱いにできる程度まで揃えたものです」


アルスはその言い方が気になった。


研究では。


少しの差を見る。


商売では。


どこまでの差なら同じものとして扱えるかを見る。


似ているようで、少し違う。


アイリスが金属板を持ち上げる。

「これを使えば、前より作る人による差を減らせますね」


「そのつもりです」


ガルドは続ける。

「ただし、材料を揃えても、加工する人が違えば差は出ます」


シリウスが言う。

「じゃあ結局アルスが作る?」


「それでは百台になりません」


ガルドは笑う。


ティアが机を指で叩いた。

「なら作業を分けるぞ」


アルスが見る。

「分ける?」


「全部を一人で作る必要はない」


術式板を作る。

金属を加工する。

革を縫う。

固定具を付ける。

魔石を組み込む。

最後に動作確認する。


今まで。


ほとんど研究室の中で一続きにやっていた。


でも。


一つの魔道具を作る仕事は。


最初から一つではない。


レインが言う。

「普通の道具と同じだね」


「どういうこと?」


「剣だって、一人で鉱石を掘って、金属を作って、柄まで全部やるわけじゃないでしょ」


「確かに」


アルスは紙を広げる。


工程を分ける。


一、術式板。

二、制御部。

三、魔石接続。

四、外装。

五、組立。

六、動作確認。


シリウスが見て言う。

「六人いれば一個ずつ?」


「そんな単純じゃないよ」


「分かりやすいのに」


「速さが違うから」


一枚の術式板を作る時間と。


革を縫う時間。


同じではない。


ガルドが言う。

「そこも商会側で調べられます」


「どうやって?」


「実際に職人へ作業してもらいます」


アルスが顔を上げる。


「もう?」


「収納魔道具そのものを作らせるわけではありません。革を同じ寸法で縫う。金属板を同じ形に切る。固定具を同じ位置に付ける。その程度なら、普通の仕事です」


確かに。


空間魔法陣を理解していなくても。


革袋は作れる。


金属板も作れる。


アルスが全部やる必要はない。


「じゃあ、僕がやるところは?」


ガルドではなく、ティアが答えた。


「今は術式と最後の確認じゃ」


「今は?」


「いつまでもお主だけしか描けん術式なら量産にならん」


そこも残る。


アルスは自分の描いた魔法陣を見る。


線幅。

間隔。

重なり。

接続。


少しずれるだけで。


動きが変わる。


これを。


知らない職人が同じ精度で作れるのか。


「型は?」


アイリスが言った。


アルスが見る。


「前に使ったでしょう。線の位置を揃えるための」


以前。


試作機の再現性を上げるため。


寸法や位置を固定する型を使った。


アルスはすぐ紙へ書く。


「術式も型にできる?」


ティアが答える。

「全部は無理じゃろうな」


「でも一部なら」


「やれ」


次の実験が始まった。


まず。


術式を描くための基準板。


重要な線の位置に溝を作る。


完全に彫るのではない。


描く位置を迷わないための案内。


アルスが一枚作る。


次。


レインが同じ型を使う。


「僕?」


「やってみて」


「剣の方が得意なんだけど」


「だからいい」


レインは慎重に線を引く。


アルスより遅い。


でも。


形は揃っている。


次にアイリス。


その次にリリア。


最後。


シリウス。


「なんで俺最後?」


アイリスが言う。

「一番心配だからでは?」


「ひどいな」


しかし。


シリウスは意外なくらい丁寧だった。


線を引く。


確認する。


また引く。


終わったものを五枚並べる。


見た目。


かなり近い。


「動かすぞ」


ティアが言う。


一枚目。


正常。


二枚目。


正常。


三枚目。


入口が少し遅い。


四枚目。


正常。


五枚目。


起動しない。


シリウスが固まる。


「俺?」


アルスが確認する。


「シリウスのだね」


「やっぱり!」


全員が笑った。


「笑うなよ」


アルスは魔法陣を見る。


形。


大きな間違いはない。


線も。


型に沿っている。


ティアが拡大して見る。


「ここじゃな」


接続部分。


線の重なりが。


ほんの少し浅い。


シリウスが覗き込む。

「こんなので?」


「こんなので」


アルスが言う。


少し修正。


再起動。


正常。


シリウスが腕を組む。

「じゃあ俺でも作れた」


「修正ありだけどね」


「作れたことにして」


「記録には修正ありって書く」


「厳しい」


ガルドはそのやり取りを見ながら、何かを書いていた。


アルスが聞く。

「何を書いてるんですか?」


「検査が必要だということです」


「検査?」


「作った人が自分で大丈夫だと思っても、最後に別の人が確認する必要がある」


アルスはシリウスの魔法陣を見る。


確かに。


本人は。


間違ったつもりがない。


むしろ。


かなり丁寧に作った。


それでも。


一か所。


足りなかった。


「全部動かして確認する?」


「最初は必要でしょう」


ガルドが答える。


「百台作るなら、百台」


シリウスが言う。

「大変だな」


「不良品を百人へ渡すよりは安いです」


今度は。


誰も笑わなかった。


安全停止。


空間。


時間停止。


中に物を入れる。


普通のランタンより。


失敗した時に何が起きるか分からない部分が多い。


アルスは記録板へ新しい項目を書く。


――製造後全数検査。


その下に。


――術式型を使用しても個体差発生。


――接続部の目視確認必要。


――動作試験必須。


ティアが言う。

「これで百台に一歩近付いたな」


シリウスが周囲を見る。

「まだ五枚しかないけど?」


ガルドが答えた。

「百台作る方法を考える方が、百台作るより先です」


その言葉を。


アルスは記録しなかった。


でも。


覚えた。


その日の終わり。


ガルドは試験結果と必要材料の一覧を持って帰ることになった。


「次は何を?」


アルスが聞く。


「職人に、どの工程なら無理なく任せられるか見てもらいます」


「収納魔道具のことは?」


「必要以上には説明しません」


ガルドは答える。


「革職人には革の仕事。金属職人には金属の仕事。全体を知らなくてもできることがあります」


レインが言う。

「分けるんだ」


「分けた方が、得意な人へ任せられますから」


ガルドが研究室を出た後。


アルスは机の上を見る。


五枚の術式板。


四枚は最初から動いた。


一枚は修正して動いた。


一人で一台。


それが。


少しずつ。


何人かで一台へ変わろうとしている。


世界で百台使うためには。


アルスが百台作れるようになる必要はない。


アルスがいなくても。


同じものが作られる仕組みが必要になる。


試作一号を作った時とは。


また違う問題だった。


アルスは研究記録の最後へ書いた。


――量産化第一段階。


――材料規格化。

――工程分割。

――術式作成補助型。

――全数検査。


そして。


少し考える。


――「作れる」を、人ではなく仕組みに移す。


六固定点型は。


まだ試験機だった。


でも。


その周りでは。


研究室の外の人間が。


少しずつ動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。