第72話 同じものを百個
数日後、研究室へ来たガルドは、六固定点型の試験機を見てすぐに言った。
「小さくなりましたね」
アルスが頷く。
「少しだけ。入る数は一つ増えました」
ガルドは手に取らず、机の上に置かれたまま外装と表示を見る。
「魔石の消費は?」
「前より減っています」
「製造時間は?」
アルスは止まった。
シリウスが横から言う。
「そこ聞くんだ」
「商人ですから」
ガルドは笑った。
アルスは記録をめくる。
「最初の一台はかなりかかりました。でも、同じ構造なら前より早く作れます」
「アルス君が作れば、ですね」
その言葉で研究室が少し静かになった。
レインが言う。
「また再現性の話?」
ガルドは頷く。
「一台作れることと、百台用意できることはまったく別です」
シリウスが顔をしかめる。
「百台?」
「例えば、ですよ」
ガルドは六固定点型を見る。
「救助隊へ五台。冒険者へ二十台。騎士団へ三十台。商会へ十台。学園や研究機関にも必要になる。もし本当に役に立つ道具なら、百台という数字はすぐ小さくなります」
アルスは百台の試験機を想像した。
無理だった。
自分一人で作るなら、研究どころではなくなる。
「百台は作れない」
「今は、それでいいんです」
ガルドはすぐ答えた。
「だから、何が足りないのかを見るんです」
ティアが椅子にもたれたまま言う。
「今日は商人の授業になっとるな」
「研究者には研究を続けてもらいたいので」
ガルドは机の横に持ってきた箱を置いた。
中には魔石、金属板、革、接続具、小さな固定金具が入っている。以前より種類が多い。
「同じ規格で揃えられる範囲を確認しました」
アルスが魔石を一つ取る。
大きさはほぼ同じ。
金属板も、厚みが揃っている。
革も同じ処理がされている。
「全部同じ?」
「完全に同じではありません」
ガルドは答える。
「ですが、商会として同じ商品扱いにできる程度まで揃えたものです」
アルスはその言い方が気になった。
研究では。
少しの差を見る。
商売では。
どこまでの差なら同じものとして扱えるかを見る。
似ているようで、少し違う。
アイリスが金属板を持ち上げる。
「これを使えば、前より作る人による差を減らせますね」
「そのつもりです」
ガルドは続ける。
「ただし、材料を揃えても、加工する人が違えば差は出ます」
シリウスが言う。
「じゃあ結局アルスが作る?」
「それでは百台になりません」
ガルドは笑う。
ティアが机を指で叩いた。
「なら作業を分けるぞ」
アルスが見る。
「分ける?」
「全部を一人で作る必要はない」
術式板を作る。
金属を加工する。
革を縫う。
固定具を付ける。
魔石を組み込む。
最後に動作確認する。
今まで。
ほとんど研究室の中で一続きにやっていた。
でも。
一つの魔道具を作る仕事は。
最初から一つではない。
レインが言う。
「普通の道具と同じだね」
「どういうこと?」
「剣だって、一人で鉱石を掘って、金属を作って、柄まで全部やるわけじゃないでしょ」
「確かに」
アルスは紙を広げる。
工程を分ける。
一、術式板。
二、制御部。
三、魔石接続。
四、外装。
五、組立。
六、動作確認。
シリウスが見て言う。
「六人いれば一個ずつ?」
「そんな単純じゃないよ」
「分かりやすいのに」
「速さが違うから」
一枚の術式板を作る時間と。
革を縫う時間。
同じではない。
ガルドが言う。
「そこも商会側で調べられます」
「どうやって?」
「実際に職人へ作業してもらいます」
アルスが顔を上げる。
「もう?」
「収納魔道具そのものを作らせるわけではありません。革を同じ寸法で縫う。金属板を同じ形に切る。固定具を同じ位置に付ける。その程度なら、普通の仕事です」
確かに。
空間魔法陣を理解していなくても。
革袋は作れる。
金属板も作れる。
アルスが全部やる必要はない。
「じゃあ、僕がやるところは?」
ガルドではなく、ティアが答えた。
「今は術式と最後の確認じゃ」
「今は?」
「いつまでもお主だけしか描けん術式なら量産にならん」
そこも残る。
アルスは自分の描いた魔法陣を見る。
線幅。
間隔。
重なり。
接続。
少しずれるだけで。
動きが変わる。
これを。
知らない職人が同じ精度で作れるのか。
「型は?」
アイリスが言った。
アルスが見る。
「前に使ったでしょう。線の位置を揃えるための」
以前。
試作機の再現性を上げるため。
寸法や位置を固定する型を使った。
アルスはすぐ紙へ書く。
「術式も型にできる?」
ティアが答える。
「全部は無理じゃろうな」
「でも一部なら」
「やれ」
次の実験が始まった。
まず。
術式を描くための基準板。
重要な線の位置に溝を作る。
完全に彫るのではない。
描く位置を迷わないための案内。
アルスが一枚作る。
次。
レインが同じ型を使う。
「僕?」
「やってみて」
「剣の方が得意なんだけど」
「だからいい」
レインは慎重に線を引く。
アルスより遅い。
でも。
形は揃っている。
次にアイリス。
その次にリリア。
最後。
シリウス。
「なんで俺最後?」
アイリスが言う。
「一番心配だからでは?」
「ひどいな」
しかし。
シリウスは意外なくらい丁寧だった。
線を引く。
確認する。
また引く。
終わったものを五枚並べる。
見た目。
かなり近い。
「動かすぞ」
ティアが言う。
一枚目。
正常。
二枚目。
正常。
三枚目。
入口が少し遅い。
四枚目。
正常。
五枚目。
起動しない。
シリウスが固まる。
「俺?」
アルスが確認する。
「シリウスのだね」
「やっぱり!」
全員が笑った。
「笑うなよ」
アルスは魔法陣を見る。
形。
大きな間違いはない。
線も。
型に沿っている。
ティアが拡大して見る。
「ここじゃな」
接続部分。
線の重なりが。
ほんの少し浅い。
シリウスが覗き込む。
「こんなので?」
「こんなので」
アルスが言う。
少し修正。
再起動。
正常。
シリウスが腕を組む。
「じゃあ俺でも作れた」
「修正ありだけどね」
「作れたことにして」
「記録には修正ありって書く」
「厳しい」
ガルドはそのやり取りを見ながら、何かを書いていた。
アルスが聞く。
「何を書いてるんですか?」
「検査が必要だということです」
「検査?」
「作った人が自分で大丈夫だと思っても、最後に別の人が確認する必要がある」
アルスはシリウスの魔法陣を見る。
確かに。
本人は。
間違ったつもりがない。
むしろ。
かなり丁寧に作った。
それでも。
一か所。
足りなかった。
「全部動かして確認する?」
「最初は必要でしょう」
ガルドが答える。
「百台作るなら、百台」
シリウスが言う。
「大変だな」
「不良品を百人へ渡すよりは安いです」
今度は。
誰も笑わなかった。
安全停止。
空間。
時間停止。
中に物を入れる。
普通のランタンより。
失敗した時に何が起きるか分からない部分が多い。
アルスは記録板へ新しい項目を書く。
――製造後全数検査。
その下に。
――術式型を使用しても個体差発生。
――接続部の目視確認必要。
――動作試験必須。
ティアが言う。
「これで百台に一歩近付いたな」
シリウスが周囲を見る。
「まだ五枚しかないけど?」
ガルドが答えた。
「百台作る方法を考える方が、百台作るより先です」
その言葉を。
アルスは記録しなかった。
でも。
覚えた。
その日の終わり。
ガルドは試験結果と必要材料の一覧を持って帰ることになった。
「次は何を?」
アルスが聞く。
「職人に、どの工程なら無理なく任せられるか見てもらいます」
「収納魔道具のことは?」
「必要以上には説明しません」
ガルドは答える。
「革職人には革の仕事。金属職人には金属の仕事。全体を知らなくてもできることがあります」
レインが言う。
「分けるんだ」
「分けた方が、得意な人へ任せられますから」
ガルドが研究室を出た後。
アルスは机の上を見る。
五枚の術式板。
四枚は最初から動いた。
一枚は修正して動いた。
一人で一台。
それが。
少しずつ。
何人かで一台へ変わろうとしている。
世界で百台使うためには。
アルスが百台作れるようになる必要はない。
アルスがいなくても。
同じものが作られる仕組みが必要になる。
試作一号を作った時とは。
また違う問題だった。
アルスは研究記録の最後へ書いた。
――量産化第一段階。
――材料規格化。
――工程分割。
――術式作成補助型。
――全数検査。
そして。
少し考える。
――「作れる」を、人ではなく仕組みに移す。
六固定点型は。
まだ試験機だった。
でも。
その周りでは。
研究室の外の人間が。
少しずつ動き始めていた。




