第70話 増やすために減らすもの
食料用の順次収納試験が終わった翌日、アルスは試作一号と新しい試験機を並べていた。
片方は五固定点を持つ携帯型。もう片方は、食料を順番に出すために操作を簡略化した三枠型。
シリウスが二つを見比べる。
「結局、どっちを作るんだ?」
「どっちも作れるけど、今はこっち」
アルスは試作一号を指した。
「元に戻るの?」
「戻るっていうより、こっちが本体だから」
レインが頷く。
「食料用で分かったことを、試作一号に戻すんだね」
「うん。用途を絞ると操作を減らせるって分かった。でも収納魔道具そのものは、食料だけじゃなくて薬も素材も武器も入れる」
アイリスが試作一号の側面を見る。
「なら、五つの固定点をそのまま増やす?」
「そこが問題」
アルスは紙へ三つ書いた。
容量。
魔石消費。
携帯性。
「容量だけ増やすなら、固定点を増やせばいい。でも前に五つへ増やした時も制御がかなり増えた。十個、二十個ってやると、たぶん術式も外装も大きくなる」
リリアが言う。
「魔石の消費も増えますね」
「たぶん。固定点を維持する分が増えるから」
シリウスがすぐ言う。
「じゃあ固定点を増やさないで、袋とか箱を入れる」
「それも使う。でも大きい物をいくつも入れたい時は足りない」
ティアは机の向こうで聞いていたが、そこで口を挟んだ。
「欲しいものを全部書くな。何を捨てられるか考えろ」
アルスが見る。
「捨てる?」
「機能じゃ。今の試作一号に、本当に必要なものと、無くても困らんものが混ざっとる」
五人は試作一号を見る。
入口。
五固定点。
五つの表示。
個別選択。
時間停止。
安全停止。
外装。
携帯帯。
異常音。
魔石残量表示。
一つずつ挙げると、かなり多い。
レインが言う。
「全部必要そうに見えるけど」
ティアが鼻を鳴らす。
「なら一生大きくならん」
アルスは野外実習を思い出す。
一番使わなかったもの。
五つの固定点を自由に選ぶ機能。
薬は一番。
水は二番。
食事は三番。
決めていたから、毎回自由に選ぶ必要はほとんどなかった。
「個別選択って、思ったほど使ってない」
アイリスも頷く。
「私もそう思います。中身が決まっていれば、場所を覚えて使っていました」
シリウスが言う。
「俺は覚えてなかったけど」
「だから表示は必要」
アルスが返すと、シリウスは納得した。
完全に無くすのではない。
もっと簡単にできないか。
アルスは五つの固定点表示を一つずつ触る。
「今は五個それぞれに制御がある。でも、内部側で位置だけ持って、外からは順番か簡単な識別だけにできれば、制御部分を減らせるかもしれない」
レインが聞く。
「食料用でやった仕組みを使う?」
「一部は使えると思う。ただ、自由に取り出せる機能は残したい」
ティアが言う。
「なら次は、固定点を増やす前に制御を圧縮せい」
その言葉で方向が決まった。
まず五固定点のまま。
同じ機能を、より少ない術式で動かせるか。
アルスは既存の制御部を分解していく。
固定点ごとに別れていた識別。
選択。
状態表示。
安全確認。
似た処理が何度も繰り返されている。
アイリスが図を見て言う。
「同じような形が多いですね」
「うん。最初は一個ずつ増やしたから」
一固定点型。
二固定点型。
三固定点型。
五固定点型。
追加するたびに、同じ機能を横へ並べてきた。
それで動いた。
でも、増やすには向かない。
シリウスが言う。
「一人ずつ見張りを付けてるみたいなもの?」
アルスが少し考える。
「近い。一個ずつに全部付けてる」
「じゃあまとめて見張ればいい」
アルスとティアが同時にシリウスを見る。
「何?」
「いや」
アルスが笑った。
「それ、かなり近いかも」
五つの固定点すべてに安全確認を持たせるのではなく、入口側で一括して確認する。
どの固定点を使うかだけ内部で選ぶ。
満杯か。
空いているか。
取り出し中か。
それも一つの管理部で見る。
レインが言う。
「一人ずつの担当から、まとめて管理する感じだね」
「うん」
新しい検証機を作る。
五固定点はそのまま。
ただし、制御部を一つへまとめる。
最初の起動。
失敗。
二番目と四番目が同時に反応した。
シリウスが言う。
「まとまりすぎた?」
「たぶん識別が弱い」
調整。
二度目。
今度は三番目が選べない。
三度目。
全部選べるが、切り替えが遅い。
四度目。
ようやく五つとも動く。
アルスは魔石消費を見る。
「減ってる」
レインが覗く。
「どのくらい?」
「まだ正確には比べるけど、少なくとも前より低い」
ティアも測定器を見る。
「無駄な維持が減ったな」
個別に五つ動かしていた制御を、一つへまとめた。
それだけで。
使う魔素が減った。
術式も少し小さくなる。
アイリスが言う。
「容量を増やしていないのに、もう余裕ができましたね」
アルスは頷く。
「ここに固定点を追加できるかも」
シリウスがすぐ言う。
「十個」
「まだ言う?」
「目標は大きく」
ティアが即答した。
「六じゃ」
「一個だけ?」
「五から六へ増やして動かんものを、十にしてどうする」
「はい」
六固定点。
新しい管理方式なら、以前の五固定点型より術式面積はほとんど増えない。
アルスは六つ目を追加する。
起動。
一から五。
正常。
六。
反応あり。
収納。
金属片を六つ。
全部入る。
取り出し。
順番ではなく、指定。
一つ。
三つ。
六つ。
二つ。
五つ。
四つ。
全部戻る。
レインが笑った。
「一個増えた」
シリウスが言う。
「地味」
「でも大事」
「分かってる」
次。
七。
今度は最初から動かなかった。
固定点を増やしたことで、内部管理の切り替えが途中で競合している。
アルスはすぐ戻す。
「ここが限界?」
ティアが言う。
「今の構造の限界かもしれん。数の限界とは限らん」
その違い。
アルスはもう分かる。
動かない。
だから無理。
ではない。
今の作り方では無理。
それだけ。
アルスは七固定点型の図へ印を付ける。
「一回六で止めよう」
シリウスが驚く。
「十までやらないの?」
「六で安定させる。そのあと別の増やし方を考える」
「成長したな」
「何が?」
「前ならそのまま十までやってた気がする」
アルスは少し考える。
たしかに。
最初の頃なら。
動くまで何度も増やしたかもしれない。
今は。
一つ増えて。
消費も下がった。
それだけで十分な情報がある。
ティアが言う。
「次は重さじゃ」
アルスが見る。
「外装?」
「違う。術式板そのものじゃ」
制御部を圧縮したことで。
金属板を小さくできる。
固定具も減らせる。
二層構造の一部を。
もっと薄くできる可能性がある。
アルスたちは再び、小型化へ戻った。
以前は。
同じ機能を小さく詰め込んだ。
今度は。
機能そのものを減らしてから小さくする。
同じ小型化でも。
やっていることが違う。
数日後。
新しい六固定点型の試験機が完成する。
試作一号より。
わずかに小さい。
収納数は一つ多い。
魔石消費は少ない。
外装へ入れても。
以前と同じ大きさで収まる。
リリアが手に取る。
「見た目はほとんど変わりませんね」
「それがいい」
アルスは笑った。
シリウスが聞く。
「名前は?」
「まだ試験機」
「試作二号じゃないの?」
アルスはティアを見る。
ティアは少し考えた。
「まだじゃな。六個入っただけでは、試作一号を置き換える理由が弱い」
レインが言う。
「もっと容量を増やすか、消費を下げるか」
「両方じゃ」
ティアが答えた。
アルスは新しい試験機を見る。
六個。
たった一個増えただけ。
でも。
その一個を増やすために。
制御を減らした。
消費を減らした。
術式も小さくした。
単純に足したわけではない。
アルスは記録板へ書く。
――固定点個別制御を共通管理化。
――五固定点時、魔素消費低下。
――六固定点まで安定動作。
――七固定点で管理競合を確認。
その下に。
――容量を増やすには、先に仕組みを軽くする必要がある。
シリウスが読む。
「増やすために減らす、か」
アルスが頷く。
「うん」
試作一号ができた時。
五個入れば十分だった。
外へ持ち出したら。
もっと欲しくなった。
でも。
ただ足すだけでは。
次へ進めない。
増やすために。
いらない重複を減らす。
その考え方は。
収納魔道具だけではなく。
これから作るものにも。
たぶん使える。
研究室の机には。
試作一号と。
それより少し小さく。
一つ多く入る試験機が並んでいた。
見た目の差は。
ほとんどない。
でも。
中身の作り方は。
確実に一段変わっていた。




