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第68話 食べるための収納

翌日の放課後。


研究室の机には、試作一号ではなく料理が並んでいた。


パン。

煮込み肉。

焼いた魚。

野菜。

スープ。

果物。


シリウスが嬉しそうに言う。

「今日はいい研究だな」


アルスが見る。

「食べる前提で来た?」


「食料用を作るんだろ?」


「まだ作らないよ。まず何を入れるか見る」


シリウスの顔が少し曇る。

「見るだけ?」


アイリスが笑う。

「最後には食べるでしょうから我慢してください」


それで少し戻った。


昨日、収納魔道具を用途別に分ける案が出た。


携帯型。

食料や医療用品向け。

大型荷物向け。


その中で、一番すぐに試せるのが食料だった。


レインが机を見る。

「でも、普通の食料袋と何が違うかを考えないといけないよね」


「うん」


アルスは紙を広げる。


ただ食料を入れるだけなら、普通の鞄でもいい。


収納魔道具である意味。


時間が止まる。

温度が変わらない。

外で重さがほとんど増えない。

中で潰れにくい。


その特徴を使うなら、保存食ばかり入れる必要はない。


リリアがスープを見る。

「普通なら持ち歩きにくいものですね」


「そうだね」


アイリスが続ける。

「汁物。温かい料理。傷みやすいもの」


レインも言う。

「調理済みの肉とか魚も」


シリウスが手を上げる。

「焼き菓子」


アルスが見る。

「それは普通に持ち歩ける」


「でも入れたい」


「候補にはしておく」


「よし」


アルスは項目を書いていく。


――温かい料理。

――冷たい料理。

――汁物。

――傷みやすい料理。

――潰れやすい料理。


そこで止まる。


「潰れやすい?」


レインが聞く。


アルスはパンを持つ。

「鞄に入れて歩いたら潰れるでしょ」


「なるほど」


シリウスが言う。

「じゃあ柔らかい菓子も」


「そこへ持っていくんだ」


「大事」


今回は、一固定点に一食分をまとめる方法を試す。


前回確認した通り、布袋や容器にまとめれば、中身が複数でも一つの収納対象として扱える。


ただし。


料理は何でも同じ袋へ入れるわけにはいかない。


スープとパンを一緒に入れれば大変なことになる。


「容器から考えないと駄目だね」


アイリスが言った。


ティアは少し離れた場所で資料を読んでいたが、その言葉に顔を上げる。

「ようやく魔法陣以外を見る癖が付いてきたの」


アルスは机の容器を見る。


木製。

金属製。

陶器。

革袋。

布袋。


同じ一食でも、入れ物が違う。


「重さはあまり気にしなくていいなら、丈夫な容器を使える」


レインが言う。


「外側の重さが増えにくいから?」


「うん。普通なら金属容器を何個も持つと重いけど、中に入れるなら」


アルスも頷く。


ただし、収納するまでの重さはある。


作る場所から収納魔道具まで運ぶ。


取り出した後も同じ。


完全に重さが消えるわけではない。


「じゃあ一番軽い容器を使う必要もないんだ」


リリアが言う。


「壊れない方を優先できるかも」


そこで最初の試験。


温かい煮込み肉と野菜を金属容器へ入れる。


蓋をする。


一枠目。


収納。


二枠目にはスープ。


三枠目にパン。


四枠目に焼き魚と野菜。


五枠目。


シリウスの希望で焼き菓子。


「なんで採用されたの?」


アイリスが聞く。


アルスが答える。

「潰れやすさを見る」


シリウスが得意そうに言う。

「必要な研究だった」


「理由は後から付いた感じがしますけど」


リリアが笑った。


五枠すべて埋める。


そのまま。


研究室の中ではなく、試作一号を持って学園内を歩く。


階段。

廊下。

訓練場の周囲。


少し走る。


座る。


立つ。


一時間。


三時間。


夕方。


研究室へ戻る。


一枠目。


煮込み料理。


温かい。


容器の中も崩れていない。


二枠目。


スープ。


温度変化なし。


漏れなし。


三枠目。


パン。


柔らかいまま。


四枠目。


焼き魚。


表面も崩れていない。


五枠目。


焼き菓子。


シリウスが真っ先に取る。


「無事」


アイリスが言う。

「そこが一番嬉しそうですね」


「研究結果だから」


「食べていいよ」


アルスが言った瞬間に食べ始めた。


レインが笑う。

「早いな」


五人で残りも確認する。


味。

匂い。

温度。

食感。


どれも、収納前と大きな違いはない。


アルスは記録する。


――一食単位で容器ごと収納可能。

――移動後も内容物の崩れを確認せず。

――温度、鮮度ともに維持。


リリアが言う。

「これなら、朝に作った食事を夜に食べるだけじゃなくて、前の日に作ってもいいんですよね」


アルスが止まる。


「そうか」


時間が止まる。


なら、いつ作ったかは外側の都合になる。


朝。

前日。

もっと前。


収納した瞬間から、中では変化しない。


アイリスも気付く。

「まとめて作ることもできますね」


レインが言う。

「一回の調理で何食分か作って、必要な時に出す?」


シリウスが焼き菓子を食べながら言う。

「それいいな」


今まで。


野外で温かい食事を食べられることばかり見ていた。


でも。


もっと大きい。


調理する時間そのものを、食べる時間から切り離せる。


アルスは新しい紙を出す。


――調理時刻と食事時刻を分離可能。


ティアが横から見る。

「そこは大きいぞ」


「やっぱり?」


「飯を作る者の都合も変わる」


アルスは少し考える。


旅に出る人だけではない。


料理を作る人。


運ぶ人。


配る人。


食べる人。


全部の時間が、今までより自由になる。


リリアが言う。

「病人用の食事にも使えそうです」


「どういうこと?」


「決まった状態で用意しておけば、必要な時にすぐ出せます。毎回作り直さなくても」


アイリスも続ける。

「遠くへ運ぶ時も状態が変わりませんね」


レインが言う。

「騎士の遠征も」


シリウス。

「冒険者も」


アルスは笑う。

「急に増えたな」


食料向け。


一つの用途のつもりだった。


でも。


食べるという行為は。


誰にでもある。


だから。


使い道も広い。


そこでアルスは、少し考えてから言った。


「でも、今の五枠じゃ少ない」


全員が試作一号を見る。


一食を一枠。


五枠なら五食。


一人ならそれなり。


五人なら一食。


野外実習で使った時と同じ。


シリウスが言う。

「やっぱり増やそう」


「うん。でも今回は固定点を増やすだけじゃなくて、食料用として考える」


レインが聞く。

「どう違う?」


「食料なら、中身を一個ずつ選んで取り出す必要がないかもしれない」


アルスは五つの容器を見る。


朝食。

昼食。

夕食。


あるいは。


一日目。

二日目。

三日目。


順番が決まっている。


「入れた順番に出せればいい?」


アイリスが言う。


アルスは頷いた。


今の試作一号は。


固定点を選ぶ。


その場所から取り出す。


でも。


食料専用なら。


最初に入れた食事から順に取り出す。


それだけでもいいかもしれない。


シリウスが言う。

「分かりやすいな。一番古いやつから食べる」


アルスが少し笑う。

「中では古くならないけどね」


「外では古い」


「それはそう」


リリアが言う。

「順番を間違えないのも良いですね」


レインも頷く。

「表示も五個ずつ並べなくていいかもしれない」


そこだった。


容量を増やすと。


表示が増える。


選ぶ場所も増える。


でも。


用途を限定すれば。


仕組みを簡単にできる。


ティアが言う。

「何でもできる道具より、やることが決まっとる道具の方が簡単になることはある」


アルスは紙へ大きく書く。


――食料用収納魔道具。


その下。


――複数食を収納。

――収納順に取り出す。

――個別固定点選択を簡略化。

――温度・鮮度維持。

――容器単位で管理。


シリウスが見る。

「何食入る?」


「まだ決めてない」


「十食」


「なんで十?」


「多い方がいい」


アイリスが言う。

「またそれですか」


アルスは笑った。


でも。


今度は。


ただ数を増やすわけではない。


使い道から。


必要な仕組みを決める。


そこが。


試作一号までとは違った。


その時。


アルスは昨日のガルドの言葉を思い出す。


何に使う道具なのか。


作る側がまだ選んでいる途中。


今。


一つ。


少しだけ選べた気がした。


冒険者が外で食べる。


騎士が遠くへ持っていく。


誰かが作った料理を、違う場所で同じ状態のまま食べる。


食料用収納魔道具。


それは。


大きな収納魔道具の小型版ではない。


食べるために必要な機能だけを残した。


別の道具になるかもしれない。


アルスは最後に記録する。


――容量を増やすのではなく、用途に合わせて収納方法を変える。


その横で。


シリウスが最後の焼き菓子へ手を伸ばした。


アイリスが先に取る。


「それ、私も食べます」


シリウスが固まる。

「え?」


「研究用でしょう?」


「そうだけど」


「なら分けましょう」


レインが笑う。

「食料用を作る前に、分配方法も必要かもね」


「それは魔道具の問題じゃない!」


研究室に笑い声が広がる。


食料を保存する技術は。


少しずつ。


食料を運ぶ技術へ。


そして。


食べる時間を変える技術へ。


形を変え始めていた。

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