第67話 増やす前に
野外実習が終わった次の日。
放課後の研究室には、試作一号と三日分の記録が並んでいた。
アルスは改善項目をもう一度読み返す。
外装金具の音。
薬袋の識別。
装着位置。
携帯者。
収納する物の選び方。
そして、容量。
シリウスが最後の項目を指す。
「これは簡単だろ。五個を十個にする」
ティアが即座に答えた。
「簡単ならやってみろ」
「俺が?」
「言ったのはお主じゃ」
シリウスは少し考えてから、アルスを見る。
「難しい?」
「たぶん」
「じゃあやめる」
「早いな」
レインが笑った。
五固定点へ増やした時点でも、干渉を避けるために配置そのものを作り直している。単純に同じものをさらに五つ足せば、術式板は大きくなる。小型化した意味がなくなるし、制御線も増える。
アイリスが試作一号の側面を見る。
「表示も十個になりますね」
「そこも問題なんだよね」
アルスは五つの表示へ触れる。
今なら、一番から五番までなら覚えられる。何を入れたかも、それほど迷わない。
でも十個。
二十個。
もっと増えたら。
リリアが言う。
「野外実習でも、途中で少し分からなくなりました。薬が一番、予備水が二番というのを確認しましたから」
「俺は最初から覚えてなかった」
シリウスが普通に言う。
アイリスが見る。
「それは別の問題では?」
「でも俺みたいな人も使うだろ」
全員が少し黙った。
アルスは頷く。
「それはそうだね」
道具は、覚えるのが得意な人だけが使うわけではない。
収納数が増えれば、入る量は増える。でも、何がどこにあるか分からなくなれば使いにくい。
レインが言う。
「じゃあ、容量と固定点の数を同じにしなくてもいいんじゃない?」
アルスが見る。
「どういうこと?」
「今は一つの固定点に一個だけ入れてるよね」
「うん」
「一つの場所に、いくつかまとめて入れるのは?」
アルスは試作一号を見る。
今まで固定点は、「物を一つ置く場所」として使ってきた。
でも。
固定点が本当に固定しているのは、物そのものなのか。
それとも。
内部空間の位置なのか。
ティアが口を開く。
「ようやくそこを見るか」
アルスが振り返る。
「先生、考えてた?」
「考えるくらいは誰でもできる。できるかどうかは別じゃ」
いつもの答えだった。
まず、机上型で試す。
五固定点型ではなく、一固定点だけの簡単な検証機。
今までなら、小さな金属片を一つ入れる。
今日は違う。
布袋。
その中へ金属片を三つ入れる。
「これを一個として入れる?」
シリウスが聞く。
「まずはね」
袋ごと収納する。
成功。
閉じる。
再び開く。
回収。
袋。
中身。
全部ある。
「普通に入った」
レインが言う。
アルスも頷く。
「でもこれは袋が一つだから」
次。
袋を使わない。
金属片を二つ重ねる。
同じ固定点へ入れようとする。
一つ目。
入る。
二つ目。
入口を通過。
その瞬間、固定点の反応が揺れた。
アイリスが測定器を見る。
「不安定です」
アルスはすぐ二つ目を戻す。
反応が安定する。
「やっぱり今の仕組みだと、一固定点に一対象」
リリアが布袋を見る。
「でも袋に入れれば複数でも大丈夫なんですね」
「術式から見たら袋全体を一つとして扱ってるみたい」
シリウスが言う。
「じゃあ全部袋に入れればいい」
「それも一つの方法だけど」
アルスは考える。
野外実習の時。
薬も、一つの袋へまとめていた。
予備魔石も同じ。
実際には五固定点でも、収納していた物の数は五個より多かった。
必要なのは。
固定点を増やすことだけではない。
一つの固定点を、どう使うか。
レインが言う。
「道具箱みたいにできないかな」
「道具箱?」
「中に小さい物をまとめておく」
アルスは少し考えてから、机の紙へ四角を書く。
収納魔道具の中に、箱を入れる。
箱の中。
薬。
魔石。
小道具。
普通の鞄と同じ発想だ。
ただし。
内部では時間が止まる。
重さも外へほとんど出ない。
なら、固定点を無理に増やさなくても、実用上の容量は増やせる。
アイリスが言う。
「でも大きな物を五つ入れたい場合は足りません」
「うん。だから固定点を増やす研究も必要」
アルスは紙へ二つ書く。
――固定点数を増やす。
――一固定点あたりの収納方法を工夫する。
同じ「容量を増やす」でも、別の問題だった。
ティアが言う。
「さらにもう一つあるぞ」
全員が見る。
「入口じゃ」
アルスはすぐ気付いた。
試作一号の入口は、携帯型としては十分な大きさがある。でも、入れられる物の大きさには限界がある。
中に広い空間があっても、入口を通らなければ入れられない。
シリウスが言う。
「大きくすれば?」
ティアが見る。
「またそれか」
「今回は本当に大きくすればいいんじゃない?」
アルスが答える。
「入口を大きくすると維持に使う魔素も増える」
「そうだった」
「それに携帯型だから、外装も大きくなる」
「じゃあ大きい物は諦める?」
レインが言う。
「用途を分ける方法もあるよね」
アルスを見る。
「携帯用と、大きな荷物用」
研究室が少し静かになる。
一つの収納魔道具で。
全部やろうとしていた。
小さく。
軽く。
たくさん入る。
大きな物も入る。
魔素消費も少ない。
丈夫。
安い。
全部。
でも。
それは本当に必要なのか。
アルスは野外実習を思い出す。
自分たちが欲しかったのは。
薬。
水。
食事。
魔石。
緊急時の荷物。
冒険者が必要とするもの。
一方で。
商人なら。
箱。
商品。
大量の荷物。
騎士なら。
装備。
補給物資。
使う人が違えば。
必要な形も違う。
「一種類にしなくていいのか」
アルスが言った。
ティアが笑う。
「ようやく道具を使う人間が見えてきたの」
シリウスが言う。
「じゃあ俺用は食料いっぱい入るやつ」
アイリスが即答する。
「それは食料袋です」
「時間止まる食料袋」
「少し欲しいですね」
アイリスが普通に答えたので、シリウスが驚いた顔をする。
「欲しいんだ」
「温かい食事は良かったので」
リリアも笑う。
「私も欲しいです」
レインが言う。
「僕も」
シリウスがアルスを見る。
「ほら」
「分かったよ」
アルスも笑った。
そこで、研究室の扉が叩かれた。
入ってきたのはガルドだった。
以前頼んだ魔石の追加分と、革材の見本を持っている。
「失礼します。ストーンハート先生、ご依頼の品をお持ちしました」
ティアが手を上げる。
「そこへ置いてくれ」
ガルドは机へ箱を置き、その隣にある試作一号を見る。
以前見た時より、外装が少し傷んでいる。
「使われたようですね」
アルスが答える。
「三日間、外へ持っていきました」
「それは良い」
ガルドは試作一号へ勝手に触らず、外から見るだけだった。
「問題は出ましたか?」
「いっぱい」
アルスが答えると、ガルドが笑う。
「では、かなり役に立ったようですね」
シリウスが首を傾げる。
「問題出たのに?」
「使わなければ見つからない問題でしょう?」
ティアが少し笑った。
「同じことを言いおる」
ガルドは机に広がった図を見る。
五固定点。
入口。
携帯型。
大型。
食料。
薬。
「用途を分けるのですか?」
アルスが頷く。
「まだ考え始めたところです。一つで全部やろうとすると、たぶん中途半端になる」
ガルドはすぐに価格や販売の話をしなかった。
代わりに聞く。
「今回、実際に一番役立ったものは何でした?」
五人が少し考える。
シリウスが最初。
「飯」
レインが笑う。
「それは予想してた」
リリアは言う。
「私は薬が入っている安心感です。使いませんでしたけど」
アイリスは少し考える。
「荷物を一時的に軽くできたことです」
レイン。
「僕は温かい食事かな。休む時間が増えたから」
ガルドが最後にアルスを見る。
アルスは試作一号を見た。
「一番は決められないです」
「なぜです?」
「使う状況で変わったから」
ガルドは頷いた。
「それが分かったなら十分でしょう」
そして、机の上の図をもう一度見る。
「売る話をするのは、まだ早そうですね」
アルスは少し意外だった。
商人だから。
もっと早く、商品として見ると思っていた。
ガルドは続ける。
「何に使う道具なのか作る側がまだ選んでいる途中なら、値段を付ける段階ではありません」
ティアが言う。
「分かっとるじゃないか」
「商人ですから」
ガルドは笑った。
「ただし、必要な材料が増えるなら教えてください。同じ品質の物を、同じだけ揃えられるか。それはこちらの仕事です」
アルスは頷く。
研究室で。
アルスたちは。
何を作るか考える。
外では。
ガルドたちが。
同じ材料を揃える。
別の仕事。
でも。
一つの道具を作るには。
どちらも必要だった。
ガルドが帰った後、アルスは記録板へ新しい項目を作った。
――収納魔道具の用途別設計。
その下。
――携帯型。
――食料・医療用品向け。
――大型荷物向け。
まだ。
決定ではない。
ただの候補。
さらに一行。
――容量とは、固定点の数だけではない。
シリウスが横から見る。
「食料用はちゃんと残しておいて」
「候補にあるよ」
「優先順位は?」
「まだ決めない」
「そこは決めよう」
「決めない」
五人の笑い声が研究室に広がる。
試作一号は。
完成した一つの答えではなかった。
むしろ。
何に使えるのかを。
ようやく選べるところまで来た道具だった。




