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第62話 森の中の五人

森へ入って最初に変わったのは、音だった。


外から見ていた時には、ただ木々が並んでいるように見えた。


でも中へ入ると。


風が葉を揺らす音。


枝がこすれる音。


小さな生き物が動く音。


遠くで鳴く声。


自分たちの足音。


全部が重なっている。


シリウスが先頭を歩きながら、少しだけ速度を落とした。


「外より見づらいな」


レインが言う。


「木が多いから?」


「それもあるけど、動くものが多い」


アルスも同じことを感じていた。


魔素の流れも。


昨日の草地とは違う。


植物。


虫。


小動物。


地面。


色々なものが近い。


外では。


何かが動けば。


その変化だけを拾いやすかった。


森では。


最初から。


変化だらけ。


「分かる?」


レインがアルスに聞く。


「何かがいるのは分かる。でも多すぎる」


「種類は?」


「もっと無理」


シリウスが前から言う。


「俺も似たような感じ」


「見えてるのに?」


「見えてるから分かりにくいんだよ」


アルスは少し笑った。


見えることと。


分かること。


同じではない。


五人は。


昨日より間隔を狭くして歩く。


シリウス。


レイン。


アルス。


アイリス。


リリア。


完全に一列ではない。


場所によって。


少し広がる。


少し詰める。


枝。


木の根。


低い草。


歩ける場所が。


ずっと変わるから。


しばらく進んだところで。


シリウスが手を上げた。


全員。


止まる。


今度は。


何も言わない。


シリウスがしゃがむ。


地面。


少し湿っている。


そこへ。


跡。


アルスも近付く。


「昨日のとは違う?」


「違う」


レインが見る。


「何の?」


「たぶん犬系」


「たぶん?」


「爪がある」


シリウスが指差す。


確かに。


丸い足跡の先に。


細い跡。


一つ。


二つ。


三つ。


いくつか。


同じ方向へ続いている。


アイリスが周囲を見る。


「新しいですか?」


シリウスは土へ触れる。


「かなり」


リリアが言う。


「近くにいる可能性がありますね」


アルスは。


意識を周囲へ広げる。


木々。


小さな生き物。


色々。


その中に。


少し強い反応。


一つ。


いや。


「二つ」


全員がアルスを見る。


「何が?」


シリウスが聞く。


「分からない。でも少し強いのが二つ」


「方向は?」


アルスは少し迷う。


「前の右側」


シリウスが視線を向ける。


木。


茂み。


その奥。


すぐには見えない。


レインが小声で言う。


「進む?」


誰もすぐ答えない。


目的は。


魔物を探して倒すことではない。


森の中を進む。


周囲を見る。


必要なら対処する。


シリウスが言う。


「こっちに向かってないなら、そのまま行けると思う」


アルスも。


反応を見る。


動いている。


でも。


横方向。


こちらへは近付いてこない。


「今は来てない」


レインが頷く。


「じゃあ進もう。ただ少し右を警戒」


また歩き始める。


誰も武器を抜かない。


でも。


手は。


少し近くなる。


森の中。


十歩。


二十歩。


三十歩。


アルスは。


右側の反応を追う。


少し近付く。


止まる。


また動く。


シリウスも。


時々。


右を見る。


その時だった。


前方の茂みが。


大きく揺れた。


シリウスが止まる。


レインも。


ほぼ同時。


次の瞬間。


灰色の影が。


茂みから出た。


狼に似ている。


でも。


普通の狼より。


少し大きい。


低い姿勢。


口元から。


牙。


一頭。


続けて。


もう一頭。


シリウスが小さく言う。


「二つ」


アルスが頷く。


さっき感じた反応。


おそらく。


これ。


フォレストウルフ。


学園で。


資料では見た。


実物は。


初めて。


二頭とも。


すぐには襲ってこない。


こちらを見ている。


レインが剣へ手をかける。


でも。


抜かない。


シリウスも。


姿勢を低くする。


アイリスは後ろで。


杖へ手を置く。


リリアは。


さらに少し後ろへ。


アルスは。


全体を見る。


距離。


二十歩ほど。


右。


木。


左。


低い茂み。


後ろ。


通ってきた道。


フォレストウルフの一頭が。


少し横へ動く。


レインが言う。


「囲む気かな」


シリウスが答える。


「たぶん」


もう一頭。


反対側へ。


二頭で。


少しずつ。


広がる。


アルスが言う。


「来るかも」


その瞬間。


一頭が。


走った。


正面。


レインが剣を抜く。


「来た!」


もう一頭も。


少し遅れて。


横から動く。


シリウスがそちらへ走る。


「右は俺!」


アルスは。


正面の一頭を見る。


レインが前。


自分は。


その少し後ろ。


アイリス。


リリア。


いつもの形。


でも。


訓練とは。


違う。


本当に。


牙がある。


本当に。


噛まれれば。


怪我をする。


正面のフォレストウルフが跳ぶ。


レインが一歩下がる。


剣。


横。


無理に斬りにいかない。


軌道をずらす。


狼の前脚が。


地面へ着く。


その瞬間。


アルスが前へ出る。


短く。


一撃。


体勢を崩す。


レインが続く。


深く踏み込まず。


脚を狙う。


狼が横へ転がる。


後ろ。


アイリスの声。


「右、来ます!」


アルスが振り向く。


シリウスが追っていた方。


フォレストウルフが。


急に向きを変えた。


シリウスを抜いて。


後ろへ。


アイリスと。


リリア。


シリウスが叫ぶ。


「抜けた!」


アイリスは。


下がらない。


杖を向ける。


小さな火球。


大きくない。


狼の前。


地面へ。


炸裂。


火。


狼が。


反射的に進路を変える。


その先。


シリウス。


「そこ!」


横から。


体当たりするように。


狼の肩へ。


短剣ではなく。


腕と体で。


軌道をずらす。


狼が。


地面へ転がる。


アルスは。


少し驚いた。


もっと。


斬ると思っていた。


でも。


シリウスは。


すぐ離れる。


倒すより。


止める。


訓練で。


何度もやった動き。


レインが言う。


「アル!」


「うん!」


正面。


最初の一頭が。


立ち上がる。


アルスは。


今度は。


周囲の魔素を見る余裕がない。


目。


足。


体の向き。


レイン。


自分。


それだけ。


フォレストウルフが。


もう一度来る。


レインが受ける。


アルスが横。


二人。


挟む。


狼が。


止まる。


その一瞬。


レインの剣が。


脇腹を浅く斬る。


狼が声を上げる。


後退。


そのまま。


逃げる。


「追わない!」


レインが言う。


アルスも止まる。


二頭目。


シリウスの前。


こちらも。


一度。


距離を取った。


仲間が逃げた方向を見る。


そして。


同じように。


森の奥へ走った。


シリウスが。


反射的に一歩出る。


止まる。


「……追わない」


自分で言った。


森が。


また。


静かになる。


いや。


静かではない。


葉。


風。


遠くの声。


さっきまでと。


同じ音。


でも。


五人には。


違って聞こえた。


リリアがすぐ前へ出る。


「怪我は?」


レイン。


「ない」


シリウス。


「たぶん」


「たぶんじゃなくて見せてください」


「はい」


アイリスも。


自分の腕を見る。


問題なし。


アルスは。


自分の手を見る。


少し。


震えている。


痛いわけではない。


力を入れたから。


それだけかもしれない。


リリアが気付く。


「アルス?」


「大丈夫」


「本当に?」


アルスは。


一度。


手を握る。


開く。


「うん」


レインも。


少し息が荒い。


シリウスは。


さっきまでより。


口数が少ない。


誰も。


無傷だった。


でも。


訓練とは違う。


アルスは。


そこで。


ようやく分かった。


学園で。


何度も。


避ける。


止める。


囲まれない。


深追いしない。


そう教えられた。


それは。


きれいに戦うためではない。


全員で帰るため。


レインが剣を収める。


「逃げたね」


シリウスが言う。


「追わなくていいんだよな」


「うん」


アルスも答える。


「倒すのが目的じゃない」


シリウスは。


少しだけ。


森の奥を見る。


それから。


頷く。


「分かった」


アイリスが言う。


「さっきの一頭、こちらへ抜けた時は驚きました」


シリウスが頭を下げる。


「ごめん」


「責めていません」


「でも抜かれた」


「だから私が止めました」


シリウスが見る。


アイリスは。


普通に言う。


「一人で全部止める必要はないでしょう?」


少し間。


シリウスが笑う。


「それもそうか」


レインが言う。


「僕もアルに助けてもらったし」


アルスが首を振る。


「僕もレインが前にいたから動けた」


リリアが。


小さく笑う。


「誰も一人で戦っていませんね」


その言葉で。


少しだけ。


全員の肩から力が抜けた。


アルスは。


記録板を出す。


シリウスが見る。


「今?」


「今」


「やっぱり書くんだ」


「忘れたくない」


短く。


――フォレストウルフ二体と接触。


――先制せず。


――接近後に対応。


――一体、正面。


――一体、側面から後衛方向へ進路変更。


――アイリスが進路制限。


――シリウスが再対応。


――追撃せず。


――全員負傷なし。


その下に。


少し考える。


――役割は固定位置ではない。


前。


後ろ。


中央。


それだけでは。


足りない。


敵は。


決めた通り動かない。


シリウスが抜かれれば。


アイリスが止める。


レインが受ければ。


アルスが動く。


誰かの役割が崩れた時。


別の誰かが。


穴を埋める。


アルスは。


もう一行書く。


――役割が崩れた時、誰が埋めるかまで含めて班行動。


レインが横から読む。


「それ、今日の一番かも」


「うん」


シリウスが言う。


「俺が抜かれたのも役に立った?」


アイリスが見る。


「もう一度やる必要はありませんよ」


「分かってる」


また。


少し笑う。


そこで。


リリアが地面を見る。


さっき。


フォレストウルフが転がった場所。


小さく。


血。


それ以外。


何もない。


逃げた。


生きている。


アルスは。


少しだけ安心した。


倒せなかった。


ではない。


倒さなかった。


必要以上に。


追わなかった。


それも。


今日の判断。


五人は。


少し休んでから。


また森を進み始めた。


今度は。


最初より。


少しだけ距離が近い。


シリウスは。


前へ出過ぎない。


レインは。


時々後ろを見る。


アイリスは。


杖を持つ位置を少し変えた。


リリアは。


全員の歩き方を見る。


アルスは。


魔素だけではなく。


四人も見る。


そして。


腰には。


収納魔道具・試作一号。


まだ。


一度も役に立っていない。


それでいい。


薬も。


予備水も。


予備魔石も。


使わない方がいい。


必要な時まで。


そこにあればいい。


森の奥。


まだ。


先は長い。


最初の魔物との接触は。


大きな戦いにはならなかった。


でも。


五人にとって。


学園の外で。


初めて。


自分たちだけで判断して終えた戦闘だった。

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