第59話 外へ持ち出す準備
翌日の朝。
教室へ入ると、黒板の中央に大きく文字が書かれていた。
――野外実習。
シリウスが席へ着く前に止まる。
「来た」
レインも黒板を見る。
「本当にちょうどだったね」
アイリスはすでに予定表を開いていた。
「二泊三日です」
リリアも横から確認する。
「学園の敷地外ですね」
アルスは黒板の下に貼られた説明を見る。
移動。
野営。
索敵。
周辺観察。
簡単な魔物対応。
班行動。
夜間交代。
持参装備。
食料。
水。
薬。
全部。
昨日まで話していたことが。
そのまま並んでいる。
シリウスがアルスを見る。
「先生、これ知ってたな」
「ティア先生?」
「絶対知ってた」
「学園の先生だからね」
「言い方がずるい」
アルスは笑いながら、自分の席へ座った。
すぐに担当教員から説明が始まる。
今回の実習は。
戦うことが目的ではない。
目的地まで移動する。
周辺を確認する。
危険を避ける。
必要なら対処する。
夜を越える。
翌日も動ける状態を保つ。
そして。
全員で戻る。
それが評価対象。
シリウスが小声で言う。
「戦闘だけじゃないんだな」
レインも小さく答える。
「むしろ戦闘を減らす方が大事そう」
アルスも。
同じように感じていた。
敵を倒す。
それだけなら。
訓練場でできる。
でも。
実際に外へ出れば。
疲労。
荷物。
天候。
食事。
睡眠。
道。
判断。
全部。
戦闘の前にある。
説明が進む。
持参品。
一人分の食料。
最低限の水。
寝具。
雨具。
着替え。
薬。
予備の魔石。
武器。
班共有の調理器具。
火を起こす道具。
地図。
記録板。
シリウスの顔が。
少しずつ嫌そうになる。
「重そう」
アイリスが見る。
「まだ一覧の半分ですよ」
「聞きたくなかった」
レインが笑う。
「普段の訓練と違って、全部持つからね」
アルスは。
一つずつ。
頭の中で数えていく。
五人分。
全部。
試作一号に入るわけではない。
収納できるのは五枠。
だから。
何でも入れればいいわけではない。
むしろ。
何を入れるか。
そこが重要になる。
授業が終わると。
五人はすぐ研究室へ向かった。
ティアは。
来ることが分かっていたように。
机の上へ試作一号を置いていた。
シリウスが言う。
「絶対知ってたでしょ」
「何をじゃ」
「野外実習」
「教師じゃぞ」
「ほら」
ティアは気にせず。
試作一号を指で軽く叩く。
「で?」
アルスが答える。
「持っていきたい」
「何を入れる」
「それを決めたい」
「なら決めろ」
いつも通りだった。
机の上へ。
野外実習の持参品一覧を広げる。
シリウスが最初に言う。
「食料」
「全部は入らないよ」
「じゃあ一番うまいやつ」
「基準がおかしい」
レインが一覧を見る。
「重要度で決める?」
アイリスが頷く。
「なくても何とかなる物と、なくなると困る物を分けましょう」
リリアが言う。
「薬は入れたいです」
全員が頷いた。
一枠。
薬。
これは早かった。
次。
水。
アルスが考える。
「水は必要だけど、全部を入れると枠を使いすぎる」
レインが言う。
「普通に持つ分も必要だね」
「うん。すぐ飲む分は外」
アイリスが続ける。
「予備だけ中に?」
「それがいいかも」
二枠目。
予備水。
次。
食料。
シリウスが待っていた。
「来た」
「何が?」
「食料」
「そんなに嬉しそうにするところ?」
「重要だろ」
「重要だけど」
野外実習は二泊三日。
全員分の食事を。
試作一号だけへ入れるのは無理。
でも。
一部なら入る。
アルスが言う。
「普通の保存食は外でいい」
シリウスが顔をしかめる。
「なんで」
「保存できるから」
「じゃあ中は?」
「傷みやすい物」
アイリスが気付く。
「普通なら持っていけない食事ですね」
リリアも頷く。
「調理済みのもの」
レインが言う。
「最初の一食分だけ、出来た状態で持っていく?」
「それなら意味がある」
三枠目。
調理済みの食事。
シリウスが満足そうに頷く。
「よし」
「何も決めてないけどね」
「温かい飯があるだけで違う」
それは。
アルスも否定しなかった。
四枠目。
議論が長くなる。
予備武器。
毛布。
火を起こす道具。
発光魔道具。
雨具。
何を入れても。
使い道がある。
レインが言う。
「壊れると困るものは?」
アルスが見る。
「どういうこと?」
「外で持ってると壊れやすいもの」
アイリスが少し考える。
「予備の魔石?」
リリアも言う。
「濡らしたくない物もありますね」
アルスは収納魔道具を見る。
内部では。
物が動かない。
時間も進まない。
外からの衝撃も。
直接は受けにくい。
それなら。
単に。
重いもの。
傷むもの。
だけではない。
壊したくないもの。
それも入れられる。
「予備魔石」
アルスが言う。
「共有分をまとめて入れよう」
四枠目。
予備魔石。
最後。
五枠目。
シリウスが言う。
「焼き菓子」
「却下」
「早い」
レインが笑う。
「最後は空けておく?」
全員が見る。
レインは続ける。
「行く前に全部埋める必要ないと思う」
アイリスもすぐ理解する。
「途中で何か入れる必要が出るかもしれません」
リリアが言う。
「採取物とか」
アルスも頷いた。
外へ出る。
何が起きるか。
全部は分からない。
なら。
余裕を残す。
五枠目。
空き。
シリウスが不満そうに言う。
「空きを持っていくの?」
アルスが答える。
「余裕を持っていく」
シリウスが少し考える。
「それ、言い方だけ格好いいな」
「でも必要でしょ」
「必要」
決まった。
一、薬。
二、予備水。
三、調理済み食料。
四、予備魔石。
五、空き。
ティアは。
最初から最後まで。
何も口を挟まなかった。
アルスが聞く。
「先生は?」
「何がじゃ」
「これでいい?」
「知らん」
「え?」
「外で使ってみんと分からん」
また。
それだった。
研究室で正しい。
それと。
外で役に立つ。
同じではない。
アルスは一覧へ。
そのまま書き込む。
――仮収納構成。
その下に。
――実地使用後、再評価。
ティアがそれを見て。
ようやく頷いた。
「それでよい」
その日の放課後。
五人は。
野外実習用の装備を実際に並べた。
想像より。
多かった。
鞄。
水。
保存食。
寝具。
武器。
雨具。
調理器具。
予備品。
レインが全部を見る。
「これを持って歩くのか」
シリウスが自分の荷物を持ち上げる。
「重い」
「まだ入れてない物あるよ」
「聞きたくない」
アイリスが言う。
「試作一号を使わなかったら、もっと増えます」
「収納魔道具ってすごいな」
「今さら?」
アルスは。
全員の荷物を見比べる。
収納魔道具があっても。
軽装にはならない。
一つ。
小さなポーチが増えただけ。
でも。
そこへ。
水。
薬。
食事。
魔石。
それだけ入る。
実際に外へ出れば。
その差が。
どのくらい大きいのか。
まだ。
分からない。
翌日。
装備を付けた状態で。
校内を歩く。
一時間。
階段。
坂。
訓練場。
休憩。
また歩く。
荷物が。
どこへ当たるか。
どこが痛くなるか。
何を取り出しにくいか。
全部。
試す。
リリアが最初に言う。
「薬を収納魔道具へ入れたのは良いかもしれません」
「どうして?」
「普通の鞄の奥にあるより、取り出す場所が決まっていますから」
アイリスが言う。
「でも、誰が持つかは重要ですね」
全員が止まる。
試作一号。
一つ。
五人。
持っている一人が。
離れたら。
使えない。
アルスが言う。
「そこ考えてなかった」
シリウスが笑う。
「研究室では全員同じ場所にいるからな」
また。
外へ出る前から。
新しい問題。
誰が持つ。
班のどこにいる。
戦闘になったら。
持っている人が動けるか。
レインが言う。
「リリアが薬を使うことが多いなら、リリア?」
アイリスが首を振る。
「でもリリアは後衛です。前にいる人が必要な時、すぐ届くとは限りません」
アルスも考える。
「逆に前衛が持つと、後ろから離れる」
シリウスが言う。
「俺は?」
全員が見る。
「斥候だから一番離れる」
アルスが答える。
「駄目か」
「たぶん一番向いてない」
「悲しい」
結局。
今の班行動なら。
中央付近にいる人。
状況に応じて。
前後へ動ける人。
それがいい。
レインが言う。
「アルス?」
アルスは少し考えた。
自分は。
前にも出る。
でも。
周囲を見るために。
完全な最前線へ固定されるわけではない。
「最初は僕が持ってみる」
リリアが言う。
「必要なら途中で交代しましょう」
「うん」
それも。
実地で見る。
固定しすぎない。
アルスは試作一号を腰へ付ける。
中には。
まだ何も入っていない。
それなのに。
少しだけ。
今までと違って感じた。
この魔道具を。
研究室で使うのは。
もう終わった。
次に入れるものは。
試験用のリンゴではない。
実際に。
五人が必要とするもの。
そして。
次に開く場所も。
研究室ではない。
アルスは記録板へ最後に書く。
――携帯者、アルスから開始。
――状況により交代。
――五枠目は空きのまま運用。
その下に。
――収納物だけでなく、持つ人と班内位置も実地評価対象。
シリウスが横から覗く。
「また増えたな」
アルスが笑う。
「外に出る前からね」
「実習行ったらもっと増える?」
「たぶん」
「楽しそうに言うなよ」
でも。
シリウスも笑っていた。
研究室では。
物を入れる場所を作った。
次は。
その場所を持って。
人が動く。
五人が。
初めて。
本当の意味で。
収納魔道具と一緒に外へ出る日が近付いていた。




