タイトル未定2026/09/23 11:14
収納魔道具・試作一号が完成した翌日。
研究室の机には、五個のリンゴではなく、もっと雑多な物が並んでいた。
水筒。
包んだパン。
干し肉。
小瓶に入った薬。
布。
小型の発光魔道具。
そして。
シリウスが持ってきた焼き菓子。
アルスがそれを見る。
「それ必要?」
「食料」
「試験用?」
「もちろん」
「食べたいだけじゃなくて?」
「試験が終わったら食べる」
「やっぱり食べたいんじゃない」
レインが笑いながら試作一号を持ち上げる。
「でも、今日はリンゴ五個じゃないんだね」
「五個入ることは分かったから」
アルスは机の上を見る。
同じ大きさの物を五つ入れる。
それなら。
もうできる。
次に知りたいのは。
違う物を一緒に入れた時。
本当に使いやすいか。
「実際に冒険者が使うなら、全部同じ物なんてほとんどないでしょうし」
アイリスが言う。
リリアも頷く。
「水と食料と薬だけでも、大きさが全部違いますね」
ティアは椅子に座ったまま言った。
「なら今日は研究室で眺めるな」
アルスが見る。
「外へ持っていく?」
「携帯型にしたんじゃろ」
その一言で。
今日の試験が決まった。
五人は試作一号を一つ持ち。
午後の実技授業が終わるまで。
普通に学園内で過ごす。
必要になった時だけ使う。
それだけ。
「誰が持つ?」
シリウスがすぐ手を上げる。
「俺」
「昨日もずっと持ってたじゃん」
「だから慣れてる」
レインが言う。
「慣れてない人の方が試験になるんじゃない?」
シリウスの手が下がった。
「正論やめろ」
結局。
最初に持つのはリリアになった。
肩から下げる。
長さを調整。
歩く。
「どう?」
アルスが聞く。
リリアは少し歩いてから答える。
「重さは気になりません。ただ、走るならもう少し体に近い方が良さそうです」
アルスがすぐ記録する。
「帯の固定位置?」
「そうですね。歩くだけなら問題ありません」
中に入れる物を決める。
水筒。
パン。
薬。
布。
発光魔道具。
五つ。
シリウスの焼き菓子は落選した。
「なんで」
「六個目だから」
「パンと交換しよう」
「しない」
五つの表示が点く。
蓋を閉じる。
試験開始。
最初の授業。
何も使わない。
移動。
階段。
廊下。
教室。
リリアは普通に過ごしている。
授業が終わる頃には。
試作一号を意識する様子もほとんどなくなっていた。
休み時間。
シリウスが聞く。
「忘れてた?」
「少し」
「それいいな」
レインも言う。
「持っていることを意識しなくていい道具なら、かなり楽だね」
昼。
五人はいつもの場所に集まった。
アルスが聞く。
「水、出してみて」
リリアが試作一号を開く。
表示を見る。
少し止まる。
「水は……一番でしたね」
丸の表示へ触れる。
水筒が現れる。
問題なし。
次。
パン。
二番。
取り出す。
包みを開く。
アイリスが触る。
「冷たくなっていません」
アルスも確認する。
入れた時と。
ほとんど同じ。
パンの表面。
柔らかさ。
匂い。
変化なし。
シリウスが顔を近づける。
「食べていい?」
「これはいいよ」
「やった」
五人で少しずつ分ける。
朝に用意したパン。
昼まで。
内部ではほぼ時間が進んでいない。
当然。
乾燥もしていない。
シリウスが噛みながら言う。
「これ、焼きたて入れたら焼きたてのまま?」
全員が止まる。
アルスも。
少し考える。
「たぶん」
「熱いまま?」
アイリスが言う。
「時間が止まるなら、温度も変わらないはずですよね」
以前。
金属片を使って確認した。
熱い物は。
ほとんど冷めなかった。
冷たい物も。
ほとんど温まらなかった。
でも。
それを。
食事として考えたことはなかった。
レインが言う。
「温かい料理を、そのまま持っていける?」
リリアも気付く。
「朝作った食事を、夕方に温かいまま食べることも」
シリウスがパンを持ったまま言う。
「それ、すごくない?」
アルスは記録板へ書く。
――調理直後の食品を収納した場合の状態維持試験。
ティアはいない。
でも。
頭の中では。
たぶん。
「試せ」と言う。
アルスはそう思った。
午後。
実技授業。
今度はレインが持つ。
走る。
止まる。
方向転換。
剣を抜く動作。
試作一号は。
腰側へ固定した。
「邪魔?」
アルスが聞く。
「少し」
「どこ?」
「剣を振る時じゃなくて、腰を落とした時」
レインが姿勢を取る。
外装が。
太腿の上に少し乗る。
「位置を上げた方がいいかも」
アルスが調整する。
再び。
動く。
「こっちの方がいい」
次。
シリウス。
今度こそ。
自分の番。
腰へ固定。
走る。
速い。
レインより。
ずっと激しく動く。
急停止。
方向転換。
低い姿勢。
跳ぶ。
「今日は跳んでいいんだよな?」
「外だからね」
「やった」
着地。
問題なし。
もう一度。
走る。
試作一号自体は。
外れない。
でも。
シリウスが途中で止まった。
「これ」
「どうした?」
「音する」
アルスたちが近付く。
外装。
わずかに。
接続金具が鳴っている。
中身ではない。
肩掛け帯を外した時に残る。
小さな金属環。
走るたび。
外装へ当たる。
「気になる?」
アルスが聞く。
「静かなところだと結構」
レインも動かしてみる。
小さな音。
確かにする。
アイリスが言う。
「森の中なら、こういう音も避けた方が良さそうですね」
アルスが記録する。
――未使用金具の固定。
――移動時の接触音低減。
リリアが少し笑う。
「魔法陣ではない問題ばかり増えますね」
「最近ずっとそれ」
アルスも笑う。
試作一号。
機能は。
かなり安定している。
だから。
今度は。
普通の道具としての問題が見えてくる。
午後の授業が終わる。
最後に。
薬。
布。
発光魔道具。
全て取り出す。
状態。
問題なし。
五つの固定点。
正常。
内部時間停止。
維持。
魔石消費。
予想範囲。
一日持ち歩いても。
大きな異常はない。
研究室へ戻ると。
ティアが待っていた。
「どうじゃった」
アルスは記録板を置く。
「壊れなかった」
「それだけか?」
「水は普通に使えた。パンは朝とほぼ同じ状態。動いても収納自体は問題なし。でも帯の位置と、金具の音は直したい」
「他は?」
シリウスが先に言った。
「温かい飯を入れたい」
ティアが見る。
「飯?」
「焼きたてとか。出来たての料理」
ティアは少しだけ考えた。
「試しておらんのか」
アルスが言う。
「明日やる」
「ならやれ」
やっぱり。
思った通りだった。
翌朝。
いつもより早く研究室へ集まる。
用意したのは。
焼いたばかりのパン。
温かいスープ。
茹でた肉。
冷たい水。
そして比較用の同じ料理。
温度を測る。
匂い。
見た目。
重さ。
記録。
収納。
一時間。
三時間。
昼。
外に置いたもの。
当然。
冷めている。
パンも。
少し乾き始めている。
試作一号の中。
パン。
取り出す。
温かい。
シリウスの顔が変わる。
「本当に温かい」
スープ。
湯気。
まだ出る。
レインが驚く。
「朝と同じだ」
冷たい水。
冷たいまま。
茹でた肉。
表面も。
匂いも。
変化は見えない。
アイリスが温度記録を見る。
「測定範囲では、ほとんど変わっていません」
リリアが言う。
「保存するだけではないんですね」
アルスも。
ようやく。
そこを理解する。
腐らせない。
それだけではない。
作った状態を。
そのまま。
持ち運べる。
温かいものは。
温かいまま。
冷たいものは。
冷たいまま。
ティアがスープを見る。
「これは使い道が増えるな」
アルスが言う。
「冒険者?」
「それだけではない」
でも。
ティアはそれ以上。
まだ言わなかった。
昼。
五人は。
朝に作った料理を。
そのまま食べた。
シリウスがスープを飲む。
「これ、野営で食べられたら最高だな」
レインが頷く。
「火を使えない場所でも温かいものが食べられる」
アイリスが言う。
「移動中に調理する必要も減りますね」
リリアも続ける。
「水や薬も、必要な状態のまま持っていけます」
アルスは。
試作一号を見る。
昨日まで。
五個入る。
時間が止まる。
軽い。
そんな数字と機能で見ていた。
でも。
今日初めて。
それが。
人の一日をどう変えるか。
少し見えた。
研究室の机へ戻り。
記録を書く。
――携帯状態で終日運用。
――歩行、走行、実技動作で収納機能に異常なし。
――外装金具の接触音を確認。
――装着位置に改善余地あり。
その下。
――調理済み食品の状態維持を確認。
――温食品は温状態を維持。
――冷食品・飲料も同様。
――食品の乾燥、温度変化、外観変化は現測定範囲で確認されず。
最後。
アルスは少し考える。
――保存する道具ではなく、作った状態を運ぶ道具としても使える。
ティアが読む。
「そこじゃな」
「うん」
「なら次は、研究室で作った飯ではなく」
ティアが試作一号を指す。
「実際に外へ持っていけ」
アルスが聞く。
「どこまで?」
ティアは笑った。
「一日で帰ってこられん場所がよい」
シリウスの顔が。
一気に明るくなる。
「野外実習?」
レインもティアを見る。
アイリス。
リリア。
アルス。
全員の視線が集まる。
ティアは。
何でもないことのように答えた。
「ちょうど近いうちにあるじゃろ」
研究室で。
リンゴから始まった収納魔道具。
次は。
本当に。
研究室の外へ出る。
学園の中ではなく。
もっと遠くへ。




