第57話 五つの場所
翌日の放課後。
研究室の机には、リンゴが五個並んでいた。
赤。
赤。
赤。
赤。
赤。
シリウスがしばらく眺めてから言う。
「見分けつかないな」
アルスも見る。
「だからちょうどいい」
「何が?」
「五個入れて、ちゃんと五個戻せるか分かりやすい」
「全部同じリンゴで?」
「見分けるために印は付けるよ」
一個目に一本線。
二個目に二本。
三個目に三本。
四個目に四本。
五個目には丸。
レインが笑う。
「結局、見分けるんだね」
「順番を確認したいから」
アイリスは古い三固定点型の記録を開いている。
「三つまでは安定していましたけど、四つ目を増やした時に干渉が出たんですよね」
アルスが頷く。
「固定点同士が近すぎた」
リリアも図を見る。
「今回は五つですから、もっと難しくなりますね」
ティアはすでに新しい術式板を机に置いていた。
「だから、そのまま二つ足すな」
アルスが見る。
「配置を変える?」
「当然じゃ」
三固定点型では。
内部位置を。
ほぼ等間隔で並べていた。
でも。
五つに増やせば。
一つ一つの間隔が狭くなる。
外側の術式板も。
すでに小型化している。
同じ考え方のまま増やすと。
また干渉する。
アルスは紙へ五つの点を書く。
一列。
狭い。
円形。
少し良い。
上下に分ける。
今度は制御が複雑になる。
シリウスが言う。
「もっと適当に置けないの?」
アルスが顔を上げる。
「適当?」
「中の場所って、外の位置と同じじゃないんだろ?」
研究室が少し静かになる。
以前。
固定点を三つへ増やした時。
外側の魔法陣上の位置と。
内部空間での位置が。
そのまま対応していないことは分かっていた。
レインが言う。
「外の配置を綺麗に並べる必要はない?」
アルスは図を見る。
「そうかも」
アイリスも言う。
「必要なのは、内部で区別できることですね」
ティアが少し笑う。
「ようやく思い出したか」
アルスは五つの固定点制御を。
一つの円の中へ詰め込むのをやめた。
代わりに。
それぞれ。
わずかに違う制御値を持たせる。
位置そのものではなく。
識別するための差。
一番。
二番。
三番。
四番。
五番。
「番号を付ける感じ?」
シリウスが聞く。
「近い」
「中に数字があるの?」
「数字そのものじゃないよ」
アルスは笑う。
「それぞれ少し違う魔素の状態を持たせる」
「分からん」
「僕も説明しにくい」
ティアが横から言う。
「ならまだ理解が甘い」
「厳しい」
「当たり前じゃ」
まず。
四固定点。
いきなり五つにはしない。
三固定点型を基準に。
新しい識別方式で四つ目を追加する。
起動。
入口。
安定。
固定点一。
正常。
二。
正常。
三。
正常。
四。
少し遅れる。
でも。
成立。
アルスが小さな金属片を四つ用意する。
一つずつ。
入れる。
四つとも消える。
表示。
四つ点灯。
閉鎖。
再開。
一番。
回収。
二番。
回収。
三番。
回収。
四番。
少し遅れて。
戻る。
「出た」
レインが言う。
アルスはすぐに記録する。
「四番だけ遅い」
「失敗?」
シリウスが聞く。
「いや。差がある」
ティアが言う。
「理由を探せ」
四番の制御値。
他より。
少し離しすぎていた。
識別を確実にしようとして。
差を大きくしすぎた。
アルスは調整する。
再試験。
今度は。
四つとも。
ほぼ同じ。
「次」
アイリスが言う。
アルスも頷く。
「五つ目」
五固定点。
今までで。
一番多い。
新しい術式板。
五つの識別制御。
時間停止用の循環構造。
安全停止。
入口制御。
外装。
全て。
一つにまとめる。
ただし。
携帯型へ入れる前に。
まず机上型。
ティアが何度も確認する。
「循環部は?」
「接続済み」
「安全停止」
「別系統」
「固定点干渉」
「測定する」
「魔石」
「ガルドさんが揃えた規格品」
「よし」
シリウスが小声で言う。
「先生の確認、増えてない?」
レインが答える。
「増えてるね」
「怖いから?」
ティアが聞いていた。
「そうじゃ」
即答だった。
全員が少し黙る。
ティアは続ける。
「できることが増えた道具ほど、失敗した時の影響も大きい」
アルスも。
それは感じていた。
最初は。
小さな光が一つ入るだけだった。
今は。
物体を複数入れ。
時間を止め。
重さを外へほとんど出さず。
持ち歩ける。
同じ研究。
でも。
意味はもう違う。
「始める」
アルスが入力部へ魔素を流す。
入口。
開く。
固定点。
一。
二。
三。
四。
五。
全て反応。
誰も喋らない。
アルスはリンゴを一つ取る。
一本線。
入れる。
一つ目。
点灯。
二本線。
二つ目。
三本線。
三つ目。
四本線。
四つ目。
丸。
五つ目。
五つの表示が点く。
シリウスが言う。
「入った」
「まだ」
アルスは入口を閉じる。
内部維持。
循環構造。
正常。
外部魔素消費。
ほぼ最低。
時間停止状態。
維持。
「閉じた」
アイリスが測定器を見る。
「異常ありません」
一時間。
まず。
何も起きない。
再開。
一つ目。
一本線。
二つ目。
二本線。
三つ目。
三本線。
四つ目。
四本線。
五つ目。
丸。
全部。
戻る。
リリアが笑う。
「五個です」
シリウスが言う。
「そりゃ見れば分かる」
「そういう意味ではありません」
また笑いが起きる。
でも。
アルスはすぐに次の準備を始めた。
時間停止。
五固定点。
両方。
同時に。
成立するか。
一日。
二日。
三日。
五個のリンゴは。
内部へ置かれたまま。
外には。
別の五個。
比較用。
三日後。
外のリンゴ。
変化。
内部のリンゴ。
見た目。
変化なし。
重さ。
変化なし。
匂い。
変化なし。
切る。
水分。
食感。
違い。
確認できず。
アイリスが記録を読む。
「五個とも同じです」
レインも頷く。
「固定点による差もなさそう」
リリアが言う。
「一番目だけ保存状態が違う、ということもありませんね」
アルスは。
ようやく。
少し息を吐く。
「じゃあ」
ティアが止める。
「まだじゃ」
シリウスが肩を落とす。
「また?」
「机の上で動いただけじゃ」
アルスもすぐ分かった。
「携帯型」
「そうじゃ」
今度は。
六割型の二層術式。
小型外装。
五固定点。
循環構造。
今まで積み重ねてきたものを。
全部。
同じ一つへ入れる。
作業は。
以前より時間がかかった。
五固定点にしたことで。
表示も五つ。
選択部も五つ。
内部の制御線も増える。
でも。
最初の頃のような。
手探りではない。
どこを変えたら。
何が変わるか。
少しずつ。
分かるようになっている。
数日後。
新しい携帯型が。
机の上に置かれた。
外見は。
以前のものと。
それほど変わらない。
革製。
丸い角。
肩掛けもできる。
腰にも付けられる。
でも。
側面の表示は。
三つから五つへ増えている。
シリウスが言う。
「見た目は普通だな」
アルスが笑う。
「それがいい」
「中は全然普通じゃないけど」
「それもいい」
最終確認。
まず。
空の状態で。
携帯。
歩く。
走る。
軽く跳ぶ。
問題なし。
次。
リンゴ五個。
収納。
重量。
ほぼ変化なし。
歩行。
問題なし。
入口。
開閉。
問題なし。
回収。
五個。
全部。
問題なし。
最後。
時間停止。
一週間。
五個。
変化なし。
ティアが。
全記録を机へ並べる。
入口。
固定点。
安全停止。
外装。
携帯。
魔石。
製造手順。
再現性。
時間停止。
五個収納。
どれも。
今まで。
別々に確認してきた。
それが。
初めて。
一つの道具の中で。
同時に成立している。
アルスは。
机の上の携帯型を見る。
「先生」
「なんじゃ」
「これは」
少し迷う。
「まだ検証機?」
ティアは。
すぐには答えなかった。
一度。
手に取る。
開く。
閉じる。
表示を見る。
重さを見る。
それから。
机へ戻した。
「いや」
アルスを見る。
「ここからは試作機と呼んでよい」
シリウスが顔を上げる。
「じゃあ」
ティアが頷く。
「収納魔道具、試作一号じゃ」
研究室が。
少し静かになる。
今まで。
何度も。
作った。
壊した。
直した。
小さくした。
増やした。
減らした。
人に使わせた。
落とした。
持ち歩いた。
材料も揃えた。
作り方も残した。
それでも。
ずっと。
研究途中の検証機だった。
アルスは。
試作一号を持つ。
軽い。
中には。
リンゴが五個。
でも。
ほとんど重さは変わらない。
そして。
その中では。
時間が止まっている。
少なくとも。
今の測定では。
変化は確認できない。
「長かったな」
シリウスが言う。
レインが笑う。
「最初、光しか入らなかったもんね」
アイリスも言う。
「入口もすぐ崩れていました」
リリアが微笑む。
「それが、今は五個入ります」
アルスも。
少し笑った。
ティアが言う。
「喜ぶのはよい」
全員が見る。
「ただし、完成ではない」
シリウスが言う。
「やっぱり言うと思った」
「試作一号じゃからな」
「一号ってことは」
レインが続ける。
「二号もある?」
ティアが笑う。
「必要ならな」
アルスは。
試作一号を見る。
今の容量。
リンゴ五個ほど。
用途によっては。
まだ小さい。
魔石消費も。
もっと減らせる。
外装も。
用途別に変えられる。
製造も。
もっと簡単にできるかもしれない。
でも。
一つの区切りにはなった。
アルスは記録板を開く。
その日の最後。
新しい見出しを書く。
――収納魔道具・試作一号。
その下に。
――五固定点。
――携帯型。
――収納物による外部重量増加、現測定範囲ではほぼなし。
――内部時間停止、継続確認。
――食品鮮度維持。
――リンゴ五個収納試験、成功。
少し考える。
最後に。
一行。
――古代術式を、そのまま写すのではなく、今の材料と今の技術で動かした。
ティアが横から読む。
「それでよい」
アルスが見る。
「何が?」
「最後の一行じゃ」
古代の魔法陣。
最初は。
読めなかった。
写しても。
動かなかった。
でも。
分からない部分を。
一つずつ。
現在の技術へ置き換えた。
入口。
固定。
循環。
安全。
材料。
製造。
全部。
そのままではない。
だからこそ。
動いた。
研究室の机には。
一見すると。
少し変わった革のポーチが置かれている。
派手な光も。
大きな音もない。
でも。
その中には。
五個のリンゴと。
止まった時間がある。
収納魔道具・試作一号。
その日。
ようやく。
一つの名前が付いた。




