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第56話 止まらない理由

四台の携帯型収納魔道具が並んだ翌日。


研究室の机には、今度はリンゴが並んでいた。


五個。


シリウスがそれを見て言う。


「急に平和だな」


「平和?」


「昨日まで金属板とか魔石とかだったのに、今日はリンゴ」


アルスは一つ持ち上げる。


「これが今、一番大事なんだよ」


「食べるの?」


「食べない」


「じゃあ俺が」


「駄目」


即答だった。


レインが笑う。


「保存試験だよね」


「うん」


携帯型収納魔道具は、かなり形になってきた。


小さい。


軽い。


持ち運べる。


三つの固定点へ物を収納できる。


別の人が作っても、同じように動かせる可能性も見えてきた。


でも。


一つ。


最初から残っている問題がある。


内部の時間。


ほとんど進まない。


けれど。


止まってはいない。


アイリスが以前の記録を開く。


「三日間の試験では、外に置いたリンゴより変化はずっと少なかったんですよね」


「うん」


アルスが頷く。


「でも、完全に同じではなかった」


リリアが言う。


「色も少し変わっていました」


「匂いも」


「ほんの少しでしたけど」


シリウスがリンゴを見る。


「それくらいなら十分じゃないの?」


アルスは少し考える。


実用だけなら。


そうかもしれない。


一日。


数日。


場合によってはもっと長く。


食料をほとんど劣化させずに運べる。


今の状態でも。


普通の鞄とは比べものにならない。


でも。


古代の記録には。


違う表現が残っている。


変化が少ない。


ではなく。


変化しない。


ティアが古い資料を机へ置いた。


「問題はここじゃ」


アルスたちが集まる。


何度も読んだ古代術式の記録。


その一部。


まだ。


意味を完全には解けていない。


入口。


境界。


固定点。


内部空間。


そこまでは少しずつ。


現在の術式へ置き換えてきた。


でも。


中央近くに残っている。


小さな構造。


今まで。


安定化の補助だと思っていた部分。


アルスが指差す。


「これ?」


「可能性はある」


ティアが答える。


「以前は、ここを外しても内部空間そのものは成立した」


「だから重要じゃないと思った」


「そうじゃ」


レインが聞く。


「でも、時間には関係してるかもしれない?」


「分からん」


ティアは即答する。


「だから調べる」


シリウスが言う。


「最近その答え多いな」


「研究じゃからな」


アルスは古代術式と現在の術式を並べる。


似ている。


でも。


完全には同じではない。


現在の検証機では。


内部空間を維持するための流れと。


固定点を維持する流れ。


そこへ。


わずかな魔素を常に流している。


入口を閉じると消費は大きく下がる。


それでも。


完全にゼロにはならない。


「内部の時間が少し動くのと、維持の魔素が残ってるのって関係あるかな」


アルスが言う。


アイリスが見る。


「魔素が流れているから、中でも何かが動き続けている?」


「仮説だけど」


レインが古代術式を見る。


「こっちは?」


「この部分だけ、流れ方が変なんだよ」


アルスが線をなぞる。


普通なら。


入る。


流れる。


出る。


でも。


そこだけ。


戻っている。


小さな輪。


一度入った魔素が。


同じ場所を回るような形。


リリアが言う。


「循環?」


「たぶん」


ティアが頷く。


「ワシもそう見とる」


シリウスが聞く。


「循環すると時間が止まるの?」


「そこまで飛ぶな」


ティアがすぐ止める。


「今分かるのは、この構造が他と違う。それだけじゃ」


アルスは笑った。


「先生、本当にそこは厳しいよね」


「当たり前じゃ」


まず。


この小さな循環構造だけを。


別の板で作る。


内部空間とは繋がない。


魔石から。


少量の魔素を流す。


最初。


何も起きない。


「失敗?」


シリウスが聞く。


「まだ分からない」


アルスは測定器を見る。


入った魔素。


出口。


ほとんどない。


でも。


消えたわけでもない。


「残ってる」


アイリスが言う。


「どこに?」


「この中」


アルスは小さな循環部を見る。


魔素が。


回っている。


非常に弱い。


でも。


一定。


時間が経っても。


ほとんど減らない。


レインが言う。


「魔石から流し続けなくても?」


アルスが供給を止める。


全員が見る。


一秒。


二秒。


五秒。


十秒。


循環は残る。


シリウスの表情が変わる。


「まだ動いてる」


一分。


弱くなる。


でも。


消えない。


アルスは記録する。


――外部供給停止後も循環継続。


三分。


五分。


少しずつ減衰。


それでも。


普通の術式なら。


供給を止めた瞬間に消えるはずの流れが。


残っている。


「これ」


アルスが言う。


「内部を維持するための魔素を、外から流し続けなくていいようにする仕組みかもしれない」


ティアはすぐに否定もしない。


肯定もしない。


「次」


それだけ。


二つ目の実験。


循環部を。


現在の収納術式へ接続する。


ただし。


いきなり携帯型には入れない。


机上の検証機。


一つの固定点だけ。


入口。


内部空間。


循環構造。


最低限。


「怖いな」


シリウスが言う。


「何が?」


「古代の分からない部分を繋ぐんだろ?」


「だから安全停止入れてる」


「それでも」


「じゃあ離れてていいよ」


「見る」


そこは見るらしい。


起動。


入口が開く。


異常なし。


内部固定。


異常なし。


循環部へ魔素を流す。


一瞬。


測定器の値が跳ねる。


アイリスが声を出す。


「上がりました」


アルスも見る。


「でもすぐ下がる」


入口を閉じる。


通常なら。


内部維持のために。


ごく少量の魔素が流れ続ける。


今日は。


それが。


さらに下がる。


半分。


三分の一。


もっと。


「まだ下がる」


レインが言う。


最後。


ほとんど。


測定器の最低範囲。


「ゼロ?」


リリアが聞く。


「完全なゼロかは分からない」


アルスは目を離さない。


でも。


少なくとも。


これまでとは違う。


内部は。


残っている。


固定点も。


消えていない。


なのに。


外から流す魔素は。


ほとんど必要なくなっている。


シリウスが言う。


「じゃあ、成功?」


ティアが答える。


「何の成功じゃ」


「え?」


「目的を言え」


シリウスが少し考える。


「時間を止める?」


「まだ測っとらん」


「厳しい」


「当然じゃ」


次に。


時計を二つ用意する。


同じ構造。


同じ動き。


一つは外。


一つは内部。


以前と同じ試験。


ただし。


今回は循環構造あり。


入口を閉じる。


待つ。


最初の一時間。


外。


正常。


内部。


アルスたちが取り出して確認する。


シリウスが近付く。


「どう?」


アルスは内部側を見る。


針。


ほとんど。


いや。


「動いてない?」


アイリスがすぐ記録と照らす。


「開始位置と同じです」


レインも見る。


「本当に?」


「測定誤差の範囲では」


アルスの声が少し低くなる。


前は。


わずかに進んだ。


今は。


分からない。


進んでいるのか。


止まっているのか。


現在の測定精度では。


判断できない。


ティアが言う。


「時間を伸ばすぞ」


一日。


内部時計。


変化なし。


二日。


変化なし。


三日。


変化なし。


研究室に。


また五個のリンゴが並ぶ。


シリウスが嬉しそうに言う。


「やっと最初のリンゴに戻った」


「食べないからね」


「まだ言ってない」


「顔で分かる」


一個。


外。


一個。


従来の収納。


一個。


循環構造あり。


残り二個は。


比較用として条件を変える。


温度。


水分。


匂い。


表面。


重さ。


できる範囲で記録する。


三日。


外のリンゴ。


変化。


従来内部。


ごく小さな変化。


循環あり。


見た目。


変化なし。


切る。


内部。


匂い。


食感。


水分。


「同じ?」


レインが聞く。


アルスは昨日の記録と比べる。


「今の範囲では」


リリアも確認する。


「少なくとも、私には違いが分かりません」


アイリスが言う。


「重さも変わっていません」


シリウスが聞く。


「じゃあ食べていい?」


全員が見る。


「なんで?」


「味の確認」


「それは確かに必要かも」


アルスが一本だけ切り分ける。


ティアが先に言う。


「安全確認したものだけじゃぞ」


「分かってる」


全員で少しずつ食べる。


シリウス。


噛む。


止まる。


「普通」


「感想が弱い」


「普通のリンゴだからな」


レインも食べる。


「本当に、入れる前と変わらない気がする」


アイリス。


リリア。


アルス。


誰も。


違いを感じない。


ティアだけは。


まだ記録を見ている。


アルスが聞く。


「先生?」


「もっと長く置く」


「やっぱり?」


「当たり前じゃ」


一週間。


二週間。


その間にも。


別の試験を続ける。


魔石を変える。


循環部の線幅を変える。


内部固定点を一つから二つへ。


二つから三つへ。


どこまで。


時間停止らしき状態が維持されるか。


一週間後。


変化なし。


二週間後。


変化なし。


アルスは記録板を見ながら。


しばらく黙った。


シリウスが聞く。


「今度こそ言っていい?」


「何を?」


「止まった?」


アルスはすぐには答えない。


測定できないほど遅い。


それと。


止まっている。


二つは。


本当は違う。


でも。


今まで。


必ず。


少しだけ出ていた変化が。


ない。


時計。


食料。


温度変化。


どれも。


測定範囲では。


変化なし。


ティアが言う。


「現時点では」


アルスを見る。


「内部時間停止と扱ってよい」


研究室が。


静かになる。


シリウスが最初に反応した。


「おお!」


レインも笑う。


「やったね」


アイリスは古代術式を見る。


「これが、足りなかった部分」


リリアも小さく息を吐く。


「長かったですね」


アルスは。


古代術式の。


小さな循環構造を見る。


最初。


読めなかった。


次。


必要ないと思った。


その次。


安定化の補助だと思った。


でも。


違った。


内部を。


外の時間から。


さらに切り離すための。


重要な部分だった。


ティアが言う。


「まだ終わりではないぞ」


「分かってる」


アルスは答える。


次。


三つの固定点。


携帯型。


同じ機能。


そして。


もっと多く入れられるか。


今。


三つ。


でも。


最初に実用品として成立させたい容量は。


もう少し欲しい。


アルスは机のリンゴを見る。


五個。


「次」


シリウスが嫌な予感のする顔をする。


「まさか」


アルスが笑う。


「五個入れたい」


「リンゴを?」


「うん」


「なんで五個?」


アルスは少し考える。


「一人分の食料を試すには、三個だと少ないから」


ティアが鼻を鳴らす。


「なら固定点を増やせ」


アルスは頷いた。


三つから。


五つへ。


そして。


時間が止まる状態を。


携帯型でも。


同じように作る。


そこまでできれば。


ようやく。


研究室で生まれた現象を。


一つの道具として。


区切れるかもしれない。


記録の最後に。


アルスは書く。


――古代術式内の循環構造を再現。


――外部供給停止後も内部維持を確認。


――二週間の保存試験において、測定可能な時間進行および食品劣化を確認せず。


その下に。


少し迷ってから。


――内部時間停止、暫定確認。


最後に。


もう一行。


――次目標。五固定点。リンゴ五個。携帯型。


シリウスが横から読む。


「リンゴ五個って、急に目標がかわいいな」


アルスは笑った。


「でも、これができたら大きいよ」


机の上には。


二週間前と変わらないリンゴがある。


外では。


十四日が過ぎた。


中では。


何も変わっていない。


少なくとも。


今のアルスたちには。


そう見えた。

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