第54話 商人が見るもの
数日後。
放課後の研究室では、携帯型収納魔道具の歩行試験が続いていた。
外装は前より少し厚くなっている。腰に付けた時に角が当たらないよう丸みを増やし、肩掛け用の帯も幅を広げた。内部の術式部は六割型の二層構造。入口は上部。入力部と三つの表示は手前側面にまとめてある。
シリウスは腰に付けたまま研究室の中を歩き回っていた。
「これ、かなり普通だぞ」
「何が普通なの?」
アルスが聞く。
「付けてるの忘れる」
レインが笑う。
「それはいいことなんじゃない?」
「たぶんな」
シリウスはそのまま軽く走る。
数歩。
方向転換。
その場で跳ぶ。
ティアがすぐ言った。
「研究室で跳ねるな」
「歩行試験の延長」
「外でやれ」
アイリスが呆れた顔をしながらも、シリウスの腰を見る。
「でも揺れは少ないですね」
リリアも近くで確認する。
「帯を太くした効果はありそうです」
アルスは記録板へ書く。
――歩行時の横揺れ減少。
――短距離走行でも外装位置の大きなずれなし。
「次は長時間かな」
レインが言う。
「うん。授業の間ずっと付けてもらうとか」
シリウスが振り返る。
「俺?」
「自分から普通って言ったでしょ」
「普通とは言ったけど、一日中とは言ってない」
「じゃあレイン?」
「僕でもいいよ」
「裏切り者」
「何が?」
いつものやり取りだった。
ティアは少し離れた机で、別の紙を見ていた。
そこには、最近使った魔石の記録が並んでいる。
アルスが気付く。
「先生、それ何?」
「魔石じゃ」
「見れば分かる」
「なら聞くな」
「そうじゃなくて」
ティアは紙を一枚差し出した。
同じ大きさに見える魔石でも、容量や出力にばらつきがある。
これまでは研究室の在庫から近いものを選んで使っていた。
けれど。
試作を重ねるほど、その差が無視できなくなってきた。
八割型。
六割型。
二層化。
携帯型。
構造が精密になるほど、材料側の差が結果へ出やすい。
アイリスも紙を見る。
「同じ条件で比較したいのに、魔石の方が違っていたら困りますね」
アルスが頷く。
「術式の差なのか、魔石の差なのか分からなくなる」
レインが言う。
「同じものを揃えられないの?」
ティアが鼻を鳴らした。
「揃えるために、今日人を呼んどる」
シリウスが腰の収納魔道具を外す。
「誰?」
「商人じゃ」
「研究室に?」
「研究に物が要らんと思っとるのか」
「いや、いるけど」
ティアは机の上を少し片付けた。
失敗した術式板。
使い切った魔石。
加工前の金属板。
革。
接続材。
それらを種類ごとにまとめる。
アルスも手伝う。
「何を頼むの?」
「まず魔石。できれば継続して同程度のものを揃えられる相手が欲しい」
「同程度?」
「大きさだけではない。容量、出力、質。毎回ばらばらでは研究が進みにくい」
それは分かる。
今まで。
作る側ばかり見ていた。
でも。
同じ物を作るには。
同じ材料が必要になる。
しばらくして。
研究室の扉が叩かれた。
「入れ」
ティアが言う。
扉が開く。
入ってきたのは、四十代ほどの男だった。
平均より少し背が高い。
整えられた茶色の髪。
茶色の瞳。
仕立ての良い商人服を着ているが、派手ではない。
男はまずティアへ頭を下げた。
「お時間をいただきありがとうございます、ティア先生」
「呼んだのはワシじゃ」
「それでもです」
柔らかな笑顔。
次に。
男はアルスたちを見る。
視線は早い。
でも。
じろじろ見る感じではない。
一人ずつ。
自然に確認している。
「バークレー商会王都支店のガルドと申します」
アルスたちも順に名乗る。
ガルドは全員の名前を一度聞いただけで覚えたようだった。
「学生の研究で、継続して同程度の魔石が必要と伺っています」
ティアがアルスを見る。
「こやつが一番使っとる。説明せい」
「僕?」
「お前じゃ」
アルスは少し姿勢を直す。
こういう相手へ説明するのは初めてだった。
「今使っている魔石は、研究室の在庫から条件が近いものを選んでいます。でも、見た目が同じくらいでも出力や容量が結構違っていて」
ガルドは頷く。
「研究結果へ影響する」
「はい」
「必要な大きさは?」
アルスは用意していた魔石を一つ出す。
「今はこれくらいです」
ガルドは受け取る。
光へかざす。
重さを見る。
表面を見る。
「数は?」
「試験一回なら一個ですけど、比較するので何十個か欲しいです」
「何十個」
ガルドは少し考える。
「一度だけ揃えば良いですか?」
アルスはすぐには答えなかった。
ティアが何も言わない。
アルス自身に考えさせている。
「たぶん、駄目です」
「理由は?」
「次の試作でも使うから。同じ条件を続けたい」
ガルドの笑顔が少し深くなる。
「そうですね」
シリウスが小声でレインに言う。
「試されてる?」
「たぶん」
聞こえていたのか。
ガルドは笑った。
「試しているわけではありませんよ。ただ、必要なものが一度限りか、継続かで仕入れ方が変わります」
アルスが聞く。
「どう変わるんですか?」
「一度だけなら、その時に条件の合うものを集めればいい。しかし継続するなら、産地や採掘場所まである程度絞った方がいい」
アイリスが言う。
「同じ場所なら品質も近くなるんですか?」
「完全に同じではありません。ですが、ばらつきを減らすことはできます」
ガルドは魔石を机へ戻す。
「その上で商会側で選別する。研究用なら、通常の商品より細かく分類した方が良さそうですね」
アルスは少し驚く。
「そこまでしてもらえるんですか?」
「代金をいただく以上、必要な状態で納めるのが仕事です」
「高くなります?」
「なります」
即答だった。
シリウスが笑う。
「そこはちゃんと言うんだ」
「商売ですから」
ガルドも笑う。
それから。
必要な数。
許容できる大きさの差。
容量。
出力。
使い切りか再充填か。
今後の試作数。
ガルドは一つずつ聞いていった。
アルスたちが研究室で話す時とは違う。
何が必要か。
いつ必要か。
どのくらい必要か。
同じものを次にも用意する必要があるか。
そんなことばかりだった。
レインが言う。
「研究って、こういう話も必要なんだね」
ティアが答える。
「当然じゃ」
ガルドは帳簿へ書きながら言う。
「研究者の方は、良い材料があれば研究が進みます。商人は、その良い材料を必要な時に持ってくる。それだけですよ」
「それだけって結構大変そう」
シリウスが言う。
「大変ですよ」
また即答。
研究室に笑いが起きた。
話が一段落する。
ガルドは帳簿を閉じた。
「まず二十個ほど用意してみます。こちらで条件を揃え、差が分かるよう簡単な記録も付けましょう」
アルスが顔を上げる。
「記録も?」
「どの産地から来たか。選別時の容量。大きさ。納品日。その程度ですが」
アルスはティアを見る。
ティアは何も言わない。
でも。
少しだけ笑っている。
「助かります」
アルスが言う。
「こちらも助かります」
「商会が?」
「研究用途の注文は、要求が明確ですから」
ガルドは立ち上がろうとして。
止まった。
視線の先。
机の端。
そこに。
革製の小さなポーチが置いてある。
さっきまでシリウスが腰に付けていた携帯型収納魔道具。
ガルドは少しだけ首を傾げた。
「それも研究用の道具ですか?」
アルスたちは一度。
ポーチを見る。
ティアが言う。
「そうじゃ」
ガルドはそれ以上すぐには聞かなかった。
「ずいぶん普通の形ですね」
シリウスが笑う。
「それ、最近やっと言われるようになった」
「前は違ったのですか?」
「金属板だった」
「なるほど」
ガルドは少し面白そうに見る。
アルスが言う。
「収納魔道具です」
そこで。
ガルドの視線が変わった。
ほんの少し。
「収納?」
「はい」
「物を入れる?」
「はい」
「その大きさに?」
アルスは頷く。
ガルドはポーチを見る。
次に。
アルスを見る。
「中を見ても?」
ティアが答える。
「壊さんならな」
「もちろんです」
アルスがポーチを渡す。
ガルドはまず。
普通の鞄を見るように触った。
革。
帯。
縫い目。
蓋。
重量。
そして開く。
内部の入口。
淡い揺らぎ。
ガルドの手が止まった。
「これは」
「ここから入れます」
「見せてもらっても?」
アルスが水筒を取る。
入口へ入れる。
消える。
一つ目の表示が点く。
ガルドは何も言わない。
次。
布袋。
二つ目。
最後に。
厚い本。
三つ目。
ポーチの外見は変わらない。
膨らまない。
重さもほとんど変わらない。
ガルドが持つ。
一度。
上下に少し動かす。
「重さが増えていない」
「ほとんど」
「中には三つ入っている?」
「はい」
アルスは順に取り出す。
本。
布袋。
水筒。
ガルドは最後まで静かに見ていた。
シリウスが言う。
「商人でも驚くんだな」
ガルドは笑う。
「驚きますよ」
そして。
もう一度。
ポーチを見る。
「これは、何を入れるために作っているんですか?」
アルスは答える。
「最初は食料とか、水とか、薬とか。冒険者が持ち歩けるものを考えてました」
「最初は?」
「研究してるうちに、他にも使えるかもしれないって」
「なるほど」
ガルドはその言葉だけ返した。
売れる。
儲かる。
いくらになる。
そんな話はしなかった。
代わりに。
「今、困っている材料は魔石だけですか?」
アルスが少し考える。
「革も。あと薄い金属板。接続材も、試作するたびに違うものを使ってる」
「では、それも条件をまとめてください」
「いいんですか?」
「魔石を持ってくるついでです」
ティアが言う。
「ついでで済まん量になるぞ」
「その時はきちんと請求します」
「それでよい」
ガルドは帳簿を再び開く。
収納魔道具の値段ではなく。
革の厚さ。
金属板の寸法。
接続材の種類。
そんな話が始まった。
アルスは少し不思議だった。
こんなものを見れば。
もっと。
完成した後の話をすると思っていた。
でもガルドは。
まだ完成していない物を。
完成品として扱わない。
今。
研究に必要なものだけを見る。
アルスが聞いた。
「収納魔道具のこと、あまり聞かないんですね」
ガルドは顔を上げる。
「聞きたいことは山ほどありますよ」
「じゃあなんで?」
「まだ研究途中でしょう?」
「はい」
「なら、今聞いても答えが変わる」
アルスは少し黙った。
「完成に近づいたら、その時に改めて聞きます」
ガルドは柔らかく笑う。
「その方が、お互いに話しやすいでしょう」
ティアが満足そうに鼻を鳴らした。
「だから呼んだんじゃ」
ガルドが帰った後。
シリウスが扉を見る。
「商人って、もっと売る話すると思ってた」
アイリスが言う。
「まだ売る物じゃありませんもの」
「そうだけどさ」
レインは机の上に残った注文用紙を見る。
「でも、研究は進みそう」
リリアも頷く。
「材料を探す時間が減りますね」
アルスはガルドが残した一覧を見る。
魔石。
革。
金属。
接続材。
それぞれ。
必要な条件を書く欄がある。
今まで。
足りなければ探す。
近いものを使う。
それでやってきた。
でも。
作るものが少しずつ形になれば。
同じ材料を。
同じ条件で。
何度も使えることが重要になる。
アルスは記録板へ新しく書いた。
――材料調達条件を固定する。
――魔石はバークレー商会へ選別を依頼。
――革、金属板、接続材も規格化を検討。
その下に。
少しだけ迷って。
もう一行。
――研究室の外にも、研究を進める仕事がある。
携帯型収納魔道具は。
まだ。
売り物ではない。
完成品でもない。
それでも。
その日から。
研究室へ届く材料だけは。
少しずつ。
同じものになり始めた。




