第53話 持ち歩ける形
翌日の放課後、研究室の机には六割サイズまで小型化した術式部と、いくつかの外装案が並んでいた。
前に作った肩掛け型より、ずっと小さい。
シリウスが術式部を手のひらと比べる。
「これなら腰に付けられるだろ」
「外装込みだともう少し大きくなるよ」
アルスが答える。
「それでも前より全然いい」
レインは細長い革製の外装を持ち上げた。
「鞄というよりポーチに近いね」
アイリスも別の試作品を見る。
「でも、収納口はどこにするんです?」
そこだった。
術式部は小さくなった。
でも。
物を入れるための入口まで小さくしてしまえば、大きな物は収納できない。
アルスは一度黙る。
「中が広くても、入口が小さかったら意味ない」
シリウスが言う。
「パン入らない」
「またパン?」
「分かりやすいだろ」
リリアが少し笑った。
「でも本当にそうですね。薬だけなら小さくてもいいですが、食料や装備を入れるなら入口はある程度必要です」
ティアが言う。
「術式部の大きさと、開口部の大きさを同じと思うな」
アルスが見る。
「入口だけ大きくできる?」
「それを考えるんじゃ」
アルスは六割試作を見る。
今まで。
術式板の中央に入口を出していた。
でも。
魔法陣そのものが。
入口である必要はない。
「入口を外へ伸ばす?」
レインが聞く。
アルスも同じことを考えていた。
術式部は小さい。
そこから。
空間の入口だけを別の位置へ作る。
例えば。
鞄の口。
蓋の内側。
外装の上面。
「術式部と入口を分ける」
アルスが言う。
ティアが少し笑った。
「ようやくそこへ来たか」
シリウスが言う。
「先生また知ってた?」
「考えとっただけじゃ」
「便利だな、その言い方」
まず。
小型術式部を外装の底へ入れる。
入口は。
外装の上部。
鞄を開けた時に見える位置。
そこまで。
魔素を導く線を一本伸ばす。
アイリスがすぐ気付く。
「長くすると、また魔素流が変わりませんか?」
「変わるかも」
アルスは記録する。
入口までの導線。
長さ。
太さ。
曲がり。
また条件が増える。
でも。
これまでとは違う。
今は目的が明確だった。
持ちやすい場所に術式部。
使いやすい場所に入口。
二つを繋ぐ。
「これができれば」
レインが外装を見る。
「普通の鞄みたいに使えるね」
「うん」
試作する。
術式部。
底。
導線を側面へ沿わせる。
上部に開口部。
最初は。
入口が安定しなかった。
揺らぎが歪む。
「長すぎる?」
リリアが聞く。
「それか曲がり」
アルスは導線を見る。
真っ直ぐではない。
外装の形に沿って。
二度曲げている。
ティアが言う。
「一度、外装を忘れろ」
「え?」
「真っ直ぐで試せ」
また。
分ける。
研究室の机上で。
術式部から入口まで。
直線。
起動。
安定。
「動く」
アイリスが言う。
次。
一回だけ曲げる。
少し揺れる。
二回。
さらに不安定。
シリウスが言う。
「曲がるの嫌いなんだな」
アルスは笑う。
「今の構造ではね」
曲げ角度。
急すぎる。
そこで。
直角ではなく。
緩く曲げる。
再試験。
入口の揺れがかなり減った。
レインが言う。
「道みたいだね」
「魔素の?」
「急な角より、ゆるい方が通りやすい」
アルスは頷いた。
導線を。
外装の角へ押し込むのではなく。
少し丸みを持たせて通す。
それだけで。
入口は安定した。
「じゃあ外装も四角じゃない方がいい?」
アイリスが聞く。
アルスが止まる。
今まで。
外装へ術式を合わせていた。
でも。
逆でもいい。
術式に合わせて。
外装の形を変える。
「角を丸くする」
リリアが言う。
シリウスが新しい革外装を持つ。
「こっちの方が普通に持ちやすそう」
角の丸い。
小型の肩掛け兼腰掛けポーチ。
術式部は底。
入口は上。
入力部は手前側面。
三つの表示部も、その横。
外から見える魔法陣は。
ほとんどない。
「かなり普通になった」
エマが研究室へ入ってきて言った。
いつの間にか。
試作の節目になると顔を出すようになっている。
シリウスが笑う。
「試験係来た」
「そう呼ばないでください」
エマは新しい外装を手に取る。
肩へ掛ける。
次に腰の位置へ。
「軽くなりましたね」
「前よりかなり」
アルスが答える。
エマが蓋を開ける。
中に。
普通の鞄のような口。
ただし。
奥に底は見えない。
代わりに。
淡い揺らぎ。
「ここへ入れる?」
「はい」
机の上には。
書類束。
水筒。
小さな布袋。
エマはまず水筒を持つ。
「前より大きい物ですね」
ゆっくり入口へ。
水筒が消える。
一つ目の表示が点灯。
次。
布袋。
二つ目。
書類束。
少し迷う。
「これは入る?」
アルスが言う。
「試してみてください」
書類束。
入口の幅より少し大きい。
エマは横向きにする。
入る。
三つ目。
「普通の鞄みたい」
その言葉に。
アルスの手が止まる。
それは。
かなり嬉しい言葉だった。
特別な操作をしているように見えない。
蓋を開ける。
物を入れる。
蓋を閉じる。
それだけ。
「持って歩いてみても?」
エマが聞く。
「お願いします」
研究室。
廊下。
階段。
少し早歩き。
戻ってくる。
「中で動いてる感じはありません」
固定点があるから。
収納物は内部で暴れない。
外側のポーチも。
三つの物を入れているのに。
重さはほとんど変わらない。
エマが腰から外す。
「これなら持ち歩けます」
シリウスが言う。
「俺も付けたい」
「まだ試作品」
「分かってる」
レインが聞く。
「中身の重さ、本当に外へ出ないんだね」
アルスも確認する。
収納前。
収納後。
外装自体の重量差。
ほとんどない。
以前。
内部では下向き荷重を感じにくかった。
それが。
実用品の形になって。
大きな利点として見えてきた。
リリアが言う。
「水や食料を入れても、重くならないなら」
アイリスが続ける。
「冒険者の持てる量が大きく変わりますね」
ティアは少しだけ真面目な顔をした。
「だからこそ、ここからは慎重に扱え」
アルスが見る。
「何か問題?」
「価値が大きくなったということじゃ」
研究室が少し静かになる。
ただの便利な箱ではない。
重さをほとんど外へ出さない。
食料を長く保存できる。
外より大きい内部を持つ。
それが。
腰に付けられる大きさへ近づいた。
シリウスが言う。
「売ったら高そう」
アイリスがすぐ見る。
「まだ売りません」
ティアが笑う。
「その話はもっと後じゃ」
アルスも。
今は。
そこまで考えなくていいと思った。
まだ試すことがある。
雨。
長時間歩行。
衝撃。
何度も開閉。
魔石の消耗。
内部保存。
それに。
もっと大事なこと。
誰が作っても同じものになるか。
アルスは新しい携帯試作を見た。
今までは。
一枚の金属板だった。
次に。
研究装置になった。
それが。
箱になり。
鞄になり。
ついに。
腰へ付けられるほど小さくなった。
記録の最後に書く。
――術式部と開口部を分離。
――携帯型外装内で正常動作。
――収納物による外部重量増加は、現測定範囲ではほぼ確認されず。
――三物体を収納した状態で歩行試験完了。
少し考える。
最後に一行。
――初めて、持ち歩きたいと思える形になった。
ティアが横から読む。
「まだ完成とは書かんのじゃな」
アルスが笑う。
「まだ」
「よし」
机の上には。
普通の革製ポーチにしか見えない。
小さな収納魔道具が置かれていた。
でも。
その中には。
外からは見えない三つの場所と。
ほとんど時間の進まない空間がある。
研究室だけの現象だったものが。
ようやく。
誰かの日常へ持ち出せる形になり始めていた。




