第52話 小さくするために
翌日の放課後、研究室の机には試作九号と、三枚の新しい金属板が並んでいた。
大。
中。
小。
シリウスがすぐ言う。
「今日は分かりやすいな」
アルスも三枚を見る。
「外装を小さくするには、中も小さくしないと駄目だから」
レインが一番小さい板を持ち上げる。
「これ、かなり小さい」
「ただし、動くかは分からない」
アイリスが言う。
「線も全部細くなるんですよね」
「うん。そこが問題」
以前、入口の安定性を見ていた時。
線幅。
線長。
加工精度。
ほんの小さな違いで、入口は簡単に崩れた。
小型化すれば。
同じ誤差でも、全体に占める割合が大きくなる。
ティアが言う。
「だから今日は、いきなり完成品サイズを狙うな」
「段階的に?」
「そうじゃ」
試作九号を基準。
まず八割程度の大きさ。
次に六割。
最後に半分。
構造は同じ。
固定点も三つ。
入口。
内部。
時間遅延。
安全制御。
全部そのまま縮める。
シリウスが言う。
「コピーして小さくするだけじゃないの?」
ティアが鼻を鳴らした。
「それで動けば苦労せん」
アルスは記録板を開く。
「まず八割」
最初の小型試作。
線幅を計算し直す。
単純に全部八割。
……では駄目だった。
「ここ、細すぎる」
レインが指した。
魔素入力部。
そこまで縮めると、必要な流量を安定して通せない可能性がある。
「じゃあ入力部だけ太くする?」
アルスが言う。
アイリスがすぐ見る。
「でも、それだと全体の比率が変わります」
「うん」
また。
全部を同じ割合で縮めればいいわけではない。
魔素を通す場所。
制御する場所。
位置を指定する場所。
役割が違う。
必要な太さも違う。
リリアが言う。
「人の体みたいですね」
アルスが見る。
「どういうところ?」
「全部を同じ割合で小さくしたら、同じようには動かないという意味です」
シリウスが言う。
「子供と大人みたいな?」
「少し違うと思いますけど」
全員が笑う。
アルスは構造ごとに分ける。
入力部。
安定化。
入口。
内部。
固定点。
安全制御。
それぞれ。
どこまで縮められるか。
ティアが言う。
「ようやく一枚の魔法陣を、一つの塊として見なくなったな」
「前は全部まとめて見てた」
「今は?」
「機能ごと」
ティアが頷く。
八割試作。
完成。
起動。
入口。
安定。
三つの固定点。
収納。
回収。
問題なし。
シリウスが言う。
「普通に動く」
アルスも少し安心する。
「じゃあ次、六割」
ティアがすぐ言う。
「記録を取ってからじゃ」
「はい」
八割試作。
消費魔素。
試作九号より少し低い。
重量。
かなり軽い。
発熱。
問題なし。
入口安定時間。
ほぼ同じ。
「小さくした方が良くない?」
シリウスが言う。
アルスが頷く。
「今のところはね」
次。
六割。
ここから。
急に難しくなる。
線が近い。
固定点構造同士も近づく。
入口と安全制御の線も干渉しそうになる。
アルスは何度も書き直した。
「これ、入らない」
レインが言う。
「何が?」
「全部」
シリウスが笑う。
「正直だな」
アイリスが古代術式を見る。
「重ねることはできないんですか?」
「線を?」
「上下に」
全員が止まる。
今まで。
魔法陣は基本的に平面。
一枚の板の上。
そこへ全部配置していた。
でも。
外装の中に収めるなら。
一枚である必要はない。
「二層?」
アルスが言う。
ティアが少し目を細める。
「考えたな」
一枚目。
入口と安全制御。
二枚目。
内部と固定点。
魔素供給だけを接続する。
レインが言う。
「それなら一枚当たりは簡単になる」
リリアも頷く。
「重ねれば外側の大きさも抑えられますね」
シリウスが言う。
「厚くはなるけど」
「うん。でも横幅は小さくできる」
試作。
二層構造。
その日は設計だけで終わった。
翌日。
二枚の薄い術式板を重ねる。
間には絶縁用の薄い素材。
必要な場所だけ接続。
「これ、ずれたら駄目だよね」
シリウスが言う。
「かなり駄目」
アルスが答える。
「じゃあ落としたら?」
全員が止まる。
外装耐久。
また戻ってきた。
レインが言う。
「中で動かないよう固定しないと」
アイリスが続ける。
「接続部も壊れやすそうです」
アルスは少し笑った。
「小さくすると弱点増えるな」
ティアが言う。
「普通じゃ」
それでも。
作る。
六割サイズ。
二層型。
起動。
外周が光る。
中央に揺らぎ。
「出た」
リリアが言う。
アルスも中央を見る。
形。
安定。
試作九号ほどではない。
少し揺れる。
「固定点は?」
一つ目。
反応。
二つ目。
反応。
三つ目。
少し遅れる。
でも。
出る。
小型発光魔道具を一つ入れる。
回収。
成功。
二つ。
成功。
三つ。
成功。
シリウスが言う。
「動くじゃん」
「でも入口が少し不安定」
アイリスが測定値を見る。
「魔素流も周期的に揺れています」
レインが言う。
「二層の接続?」
「可能性ある」
アルスは接続部を見る。
一枚目から二枚目へ。
そこで。
わずかに流量が落ちている。
「ここだ」
ティアが言う。
「今度は板そのものより、層の繋ぎ方じゃな」
また。
新しい問題。
でも。
嫌ではない。
小さくできないのではなく。
小さくしたことで。
次に見る場所が変わった。
アルスは記録する。
――八割縮小版、安定動作。
――六割縮小版、二層化により基本機能維持。
――層間接続部に魔素流の不安定を確認。
シリウスが聞く。
「半分サイズは?」
アルスは少し考える。
「六割を安定させてから」
シリウスが笑う。
「本当に慎重になったな」
「何回失敗したと思ってるの」
ティアが言う。
「失敗した数ではなく、失敗から何を残したかじゃ」
アルスは頷いた。
数日後。
接続部を広げる。
固定方法を変える。
二枚の位置ずれを防ぐ枠を入れる。
再試験。
入口の揺れが減る。
固定点三つ。
安定。
収納。
回収。
閉鎖。
再開。
全て問題なし。
レインが持ち上げる。
「軽い」
前の試作九号と比べる。
明らかに小さい。
軽い。
アイリスが言う。
「これなら外装もかなり小さくできますね」
リリアも頷く。
「肩掛けというより、小さな鞄にできます」
シリウスが腰へ当てる。
「腰でもいけそう」
ティアがすぐ言う。
「まだ外装もないものを腰に付けるな」
「想像だけ」
アルスは六割試作を見る。
ここまで。
収納魔道具を小さくするというのは。
ただ線を縮めることだと思っていた。
でも実際は。
構造を分ける。
重ねる。
接続する。
固定する。
小さくしたから。
新しい作り方が必要になった。
アルスは記録の最後に書いた。
――小型化は、同じものを小さく描くことではない。
その下に。
――同じ機能を、別の構造で成立させること。
試作九号より。
ずっと小さい。
でも。
できることは同じ。
その小さな二層構造を見て。
アルスは初めて。
本当に持ち歩ける収納魔道具の形が。
少し見えてきた気がした。




