第50話 取り出すための仕組み
翌日の放課後、研究室の机には試作八号と、昨日エマが残した使用記録が並んでいた。
アルスは記録板を見ながら言う。
「一番大きかったのは、入れるところまでは分かったのに、出し方が分からなかったこと」
「俺たちは知ってたから気付かなかったな」
シリウスが言う。
レインも頷く。
「中の固定点まで頭に入ってたからね」
アイリスは三つの表示灯を見る。
「それと、何が入っているか分からない問題」
リリアが続ける。
「数だけ見えても、中身までは分かりませんからね」
ティアは試作八号を見ながら腕を組んだ。
「なら今日は、出す側を作れ」
アルスは少し考える。
今は入口を開き、中央へ魔素を流しながら取り出したい物を意識する。それで内部の固定点から物を引き出せる。
ただ、その操作は見ただけでは分からない。
「入れる時と出す時で、操作を変える?」
シリウスが聞く。
「変えると覚えることが増える」
「じゃあ同じ場所?」
「それがいいと思う」
レインが試作八号の手前にある入力部へ指を置く。
「ここに触れて開く。それから、入ってる物を選ぶ?」
「そう」
「選ぶ方法は?」
全員が三つの表示灯を見る。
アルスが言った。
「この灯りを、そのまま選択にも使えないかな」
アイリスがすぐ反応する。
「一個目を取り出したいなら、一番目の灯りに触れる?」
「うん。二個目なら二番目」
シリウスが笑う。
「それなら分かりやすい」
リリアも頷いた。
「何が入っているかさえ分かれば、選ぶ場所も迷いませんね」
問題は、その「何が入っているか」だった。
レインが言う。
「文字を表示する?」
アルスは首を振る。
「入れた物を自動で読むのは、今の試作では無理そう」
「じゃあ使用者が決める?」
「それならできるかも」
アルスは記録板へ三つの枠を描いた。
一番。
二番。
三番。
「物を入れた時に、使用者が名前を付ける」
シリウスが言う。
「剣、とか?」
「そう。食料、水、薬でもいい」
アイリスが少し考える。
「でも文字入力を増やすと、また操作が難しくなります」
「確かに」
ティアが言う。
「最初の実用品で全部やろうとするな」
アルスは止まった。
まただった。
何でもできるようにしようとすると、どんどん複雑になる。
「じゃあ最初は三つの場所を見分けられればいい?」
「そうじゃ」
リリアが言う。
「色を変える?」
「色だけは前に先生が止めた」
「見え方が違う人もいるからですね」
レインが机の上に三つの小さな札を並べた。
一つ目は丸。
二つ目は三角。
三つ目は四角。
シリウスがすぐ言う。
「分かりやすい」
アルスも見る。
「表示灯そのものを形にする?」
「それなら暗い場所でも触れば分かるかもしれない」
ティアが頷いた。
「悪くない」
試作九号の設計が始まった。
入口や内部構造は八号と同じ。固定点も三つ。その外側だけを変える。
一番目は丸。
二番目は三角。
三番目は四角。
収納すると、その場所の表示が光る。
取り出す時は、入口を開いた後、対応する表示へ触れて魔素を少し流す。そうすれば、その固定点にある物が中央へ戻る。
「これなら取り出す時に中を探さなくていい」
レインが言う。
「操作も、開く、選ぶ、受け取るだけ」
アイリスも頷く。
シリウスが聞く。
「でも何をどこに入れたか忘れたら?」
アルスが止まる。
「そこはまだ使用者に覚えてもらう」
「俺には厳しい」
「三個だけだから頑張って」
「三個でも怪しい」
全員が笑った。
試作九号が完成したのは二日後だった。
最初の試験。
三つの小型発光魔道具を用意する。それぞれに白、黒、赤の印を付けた。
白を一番目。
黒を二番目。
赤を三番目。
三つの表示が点灯する。
入口を閉じる。
「じゃあ俺から」
シリウスが言った。
アルスは何も説明しない。
シリウスは入力部に触れ、入口を開く。三つの表示を見る。
「丸、三角、四角」
少し考える。
「白が丸だったよな」
丸へ触れる。
魔素を流す。
中央の揺らぎから白い発光魔道具が現れた。
「おお」
表示の丸が消える。
シリウスが笑った。
「これは分かる」
次にアイリス。
三角。
黒。
問題なし。
リリアは四角。
赤。
回収成功。
レインが言う。
「取り出し操作はかなり自然になったね」
アルスも頷いた。
「エマさんが迷ったところは、これならかなり減るかも」
ティアがすぐ言う。
「本人に使わせてみんと分からん」
「ですよね」
翌日。
エマがもう一度研究室へ来た。
「また私ですか?」
少し笑っている。
「前回の問題を直したので、見てほしいです」
アルスが試作九号を見せる。
エマは前回との違いにすぐ気付いた。
「表示の形が変わっていますね」
説明は、また最低限。
生き物は入れない。
異常音が鳴ったら離れる。
それだけ。
エマは入力部へ触れ、入口を開く。机の上に置かれた三つの小物を見る。
今度は書類を束ねる金具。
小さなインク瓶。
折り畳んだ布。
「これを入れてみればいいんですね」
金具。
収納。
丸が点灯。
インク瓶。
三角。
布。
四角。
エマが言う。
「順番で場所が決まるんですね」
アルスは答えず記録する。
入口を閉じる。
少し間を置いて、エマは再び開いた。
前回。
ここで止まった。
今日は。
三つの表示を見る。
「最初に入れたのは金具だから、丸?」
丸へ触れる。
中央から金具が戻る。
エマの表情が変わった。
「これは分かります」
三角。
インク瓶。
四角。
布。
全て回収。
「前回よりかなり使いやすいです」
アルスが聞く。
「説明なしでも取り出せました?」
「はい。ただし」
全員が少し身構える。
「何をどこに入れたか忘れたら分かりません」
シリウスがすぐ言った。
「やっぱり!」
エマが笑う。
「三つなら覚えられると思います。でも、もっと増えるなら難しいでしょうね」
アルスも笑った。
「そこは次の課題です」
「それと、外装は?」
「まだです」
「やっぱり少し怖いです」
試作九号は相変わらず魔法陣が剥き出しだった。
ティアが言う。
「次はそこじゃな」
アルスも頷く。
取り出し方。
一つ解決。
中身の識別。
完全ではないが、三つなら扱える。
今度は外装。
大きさ。
重さ。
そして。
持ち運べる形。
エマが試作九号を見ながら言う。
「これ、今のままだと机の上で使う装置ですよね」
「うん」
「でも完成品は、持ち歩くんでしょう?」
アルスが頷く。
「そのつもり」
「だったら、鞄みたいな形の方がいいかもしれませんね」
全員が少し止まる。
シリウスが言う。
「収納の中に入れるのに、外も鞄?」
「持つためです」
エマが笑う。
「持ち手もない板を、毎日抱えて歩きたくはないですから」
レインが試作九号を持ち上げる。
「確かに持ちにくい」
アイリスも言う。
「外装を付けるなら、そのまま持ち手も作れますね」
リリアが続ける。
「中の魔法陣も隠せます」
アルスは記録板へ書く。
――次段階。
――携帯用外装。
――持ち手。
――内部術式の保護。
――重量低減。
シリウスが覗き込む。
「また増えた」
「でも今度は全部、持ち歩くための問題だから」
「まとまってる?」
「前よりはね」
ティアが試作九号を見る。
「術式ばかり触ってきたが、次からは器も道具の一部じゃ」
アルスが聞く。
「外装も研究?」
「当然じゃ。中身がどれだけ優秀でも、落としたら壊れる道具を誰が使う」
「確かに」
エマが言う。
「完成したら、また呼んでください」
「お願いします」
「今度は本当に持ち歩けるか試します」
エマが研究室を出る。
扉が閉じた後。
シリウスが言う。
「完全に試験係になったな」
レインが笑う。
「でも助かってる」
アルスも頷いた。
一人。
使う側が増えただけ。
それだけで。
研究の方向がかなり変わった。
魔法陣を良くする。
性能を上げる。
それだけでは。
使いたい道具にはならない。
アルスは記録の最後に書いた。
――中身を作るだけでは、道具は完成しない。
その下に。
――持つ。運ぶ。落とす。迷う。忘れる。
――使う人がすることまで含めて設計する。
試作九号は。
収納することだけなら。
かなり安定してきた。
次は。
その魔法陣を。
初めて「物の形」に包む。
研究装置だった収納魔道具は。
ようやく。
持ち歩く道具へ変わろうとしていた。




