第47話 間違えても壊れないように
翌日の放課後、研究室の机には試作七号と、昨日作った短い説明書が置かれていた。
「今日は誰か呼ぶんじゃないの?」シリウスが聞く。
アルスは首を振った。「その前にやることがある」
「まだある?」
「知らない人に渡すなら、変な使い方をされる前提で見ないと駄目だと思う」
レインが試作七号を見る。「例えば?」
「魔素を強く流しすぎる。開いてないのに物を入れようとする。大きすぎる物を入れる。閉じる途中で触る」
アイリスが続けた。「間違った場所へ魔素を流す人もいるかもしれません」
リリアも言う。「確認灯を見ない人もいそうですね」
シリウスが少し考えてから言った。「説明書を読まない」
全員がシリウスを見る。
「何だよ。一番ありそうだろ」
アルスは笑った。「それも入れよう」
ティアは少し離れた場所で聞いていたが、口を挟まない。アルスは記録板へ失敗条件を書き出した。
一、過剰な魔素入力。
二、不足した魔素入力。
三、入口が安定する前に物を入れる。
四、入口より大きな物を押し込む。
五、閉鎖中に物体が境界へ残る。
六、収納数を超えて入れようとする。
七、異常音を無視して操作を続ける。
「最後のは止めようがなくない?」レインが聞く。
「だから、止められるなら道具側で止める」
「使う人を信用しない?」
アルスは少し考えた。「信用するけど、間違えない前提にはしない」
ティアがそこで初めて頷いた。「それでよい。安全装置は、正しい使い方をする者のためだけにあるんではない」
最初は過剰入力。試作七号にはすでに安全停止があるが、これまで意図的に大きな魔素を入れたことはない。
「誰がやる?」シリウスが聞く。
アルスが答える。「先生」
「俺じゃないんだ」
「シリウスだと加減が分からない」
「それ、俺を試験に使う意味なくない?」
「壊していい段階になったら頼む」
「そんな段階あるのかよ」
ティアが入力部へ手を置く。通常起動に必要な量を超えて魔素を流した。
試作七号が一瞬光る。
入口は開かない。
短い異常音。
そのまま停止。
アイリスが測定器を見る。「内部へ流れていません」
アルスも確認する。「安全停止、動いた」
もう一度。今度は通常起動の少し上。入口は開き、自動制御が余分な入力を遮断した。
「この範囲なら吸収できる?」
「吸収ではない」ティアが言う。「必要以上を術式側へ通しておらんだけじゃ」
「なるほど」
次は不足入力。シリウスが担当する。ごく少量だけ魔素を流す。
何も起こらない。
「地味」
「その方がいい」
少し増やす。まだ反応なし。起動値へ届いたところで、初めて確認灯が点き、入口が形成された。
レインが言う。「半端に開かないんだね」
「そこは狙い通り」
次は、入口が安定する前に物を入れる試験。アルスは小さな木片を保持具で持ち、起動直後の中央へ近づける。
一定の距離まで来たところで、確認灯はまだ点いていない。
保持具を少し進める。
「止まった」
アルスが言った。
物理的な壁があるわけではない。ただ、中央へ押し込もうとしても境界が形成されず、そのまま普通の空間に木片が残る。
確認灯が点く。
そこからなら、木片は中央へ入った。
「確認灯が点く前は収納そのものが始まらない」
アイリスが記録する。
「これなら急いで入れても、消えたり途中で挟まったりしにくい」
リリアも少し安心したように言った。
次は大きすぎる物。
入口より幅のある木板を用意する。
シリウスが持ちながら言う。「これ押し込むの?」
「ゆっくりね」
「分かってる」
入口が開く。木板の中央だけが境界へ触れるが、幅が合わない。そこから押しても入らない。
「無理」
シリウスが言う。
「変な反応は?」
「ない」
ティアが魔素流を確認する。「入口側が拡張しようとはしとらんな」
アルスが頷く。「大きさは固定」
「なら使用者が無理に押しても?」
レインが聞く。
「今のところ入らないだけ」
シリウスが少し力を入れる。
「おい」
アルスとティアがほぼ同時に言った。
「試験だろ?」
「壊す試験ではない」
全員が笑う。
問題は次だった。
閉じる途中で物が残った場合。
以前、紐を通したまま閉じようとした時は、紐の部分だけ境界が残った。今の七号にも同じ性質があるかを見る。
木片を半分だけ入れる。
その状態で閉鎖操作。
入口が縮む。
木片へ近づく。
そこで止まった。
確認灯は消えない。
代わりに異常音。
「閉じない」
レインが言う。
「前の紐と同じだ。でも今回は異常として検出した」
木片を引き抜く。
その瞬間、入口が正常に閉じる。確認灯も消えた。
アイリスが言う。「挟んだまま無理に閉じないんですね」
「これはかなり重要」
アルスは記録する。
――境界上に物体が存在する場合、閉鎖を中断。
――異常音で通知。
――物体除去後に閉鎖完了。
リリアが言う。「手を入れている時も同じでしょうか」
研究室が静かになった。
シリウスが自分の手を見る。「試す?」
「駄目」
アルス、アイリス、ティアが同時に答えた。
シリウスが笑う。「分かってるって」
アルスは記録へ追加する。
――生体を用いた境界試験は禁止。
それは今の段階では調べなくていい。人が使う道具だからこそ、人を実験材料にする必要はない。
次は収納数。
試作七号は固定点が三つ。
発光魔道具を三つ入れる。
一つ目。
二つ目。
三つ目。
そして四つ目。
アルスが入口へ近づける。
中央へ触れる。
しかし入らない。
「満杯?」
シリウスが聞く。
もう一度。
やはり入らない。
確認灯が点滅し、短い音が鳴る。
「それ、作ってた?」
レインが聞く。
アルスは首を振った。「満杯用の表示は作ってない」
全員が止まる。
ティアが試作七号を見る。「術式側が固定点なしを異常として返したんじゃろう」
「じゃあ偶然?」
「結果としてはな」
アルスは少し考える。「これ、ちゃんと別の表示にした方がいい」
アイリスが頷く。「故障と満杯が同じ音だと分かりません」
「満杯は危険じゃないですからね」リリアも続ける。
シリウスが言う。「灯り三つ付ければ?」
「何で?」
「三個入るんだろ。一個入れたら一個点く。三個点いたら満杯」
アルスが止まった。
「それ、かなり分かりやすい」
「今日は採用多いな」
「使う側の発想だからじゃない?」
固定点と表示を対応させる。
空き一つ。
使用中一つ。
内部が見えなくても、外から何個入っているか分かる。
レインが言う。「取り出したら一個消える?」
「そうできれば分かりやすい」
ティアも頷いた。「実用品ならあった方がよい」
また改良点が増えた。
でも今度は、内部の原理ではない。
人が迷わないための機能。
試験の最後。
シリウスが言う。「説明書、もっと短くできそうだな」
アルスが見る。
「どうして?」
「間違ったら道具が止めてくれるなら、全部説明しなくてもいいだろ」
確かに。
安全装置が働くなら。
使用者が覚えることを減らせる。
「入れる。出す。閉じる。異常音なら離れる。それくらい?」
「それくらいでいい」
アルスは昨日の説明書を見る。
道具を簡単にする。
それは操作手順を減らすだけではなかった。
間違えても危険にならない。
それも使いやすさの一部だった。
ティアが言う。「外の者へ使わせるなら、最低でも今日の結果を反映してからじゃ」
アルスが頷く。「試作八号?」
「そうなるな」
七号は初めて、説明なしでも五人が使えた。
八号は。
間違えた時にも、道具側が使用者を助ける。
そこまで目指す。
アルスは記録をまとめた。
――過剰入力時、安全停止正常。
――不足入力時、起動せず。
――安定前の収納不可。
――入口を超える物体は収納不可。
――境界上に物体がある場合、閉鎖を中断。
――固定点満杯時、追加収納不可。
――生体を用いた試験は禁止。
最後に一行。
――正しい使い方を要求するだけではなく、間違った使い方でも危険になりにくい道具にする。
アルスは記録を閉じる。
次に研究室の外へ出す時。
試作七号ではなく。
もう少しだけ。
人間の間違いを知っている魔道具にしてから。
それなら。
初めて見る誰かへ渡してもいいと思えた。




