第46話 説明しなくても分かる形
翌日の放課後、試作七号の横には一枚の説明書が置かれていた。昨日シリウスが使ったものを、アルスたち五人で書き直した版だ。
「文字多くない?」シリウスが言う。
「昨日はこれで使えたじゃん」
「俺は読んだからな。でも普通の人、全部読む?」
アルスが止まった。
アイリスが説明書を見る。「確かに、最初から最後まで読ませる前提になっていますね」
レインも頷く。「道具を見ただけで、ある程度分かった方がいい」
リリアが試作七号を指した。「今は、どこへ魔素を流すかも説明書を見ないと分かりません」
アルスは試作七号を見る。研究してきた自分たちには当たり前の形。でも初めて見る人には、ただ複雑な魔法陣が刻まれた板にしか見えない。
「入口に印を付ける?」
「印だけで分かる?」シリウスが聞く。
「そこに触る形にする」
アイリスが言った。「触れる場所そのものを少し窪ませれば、自然に手が行くかもしれません」
「それいい」
アルスはすぐ記録する。魔素入力部を平らな線の一部ではなく、指を置きやすい小さな窪みにする。そこへ触れて魔素を流せば起動する。
レインが言う。「開いた時の確認灯も、もっと入口の近くにあった方がよくない?」
「今は端にある」
「見落としそう」
アルスは頷いた。
シリウスが試作七号を持つふりをする。「俺だったら、ここ持って、ここ触る。そのまま開いたら、真ん中に入れる」
「動作の順番と形を合わせる?」
アルスが聞く。
「そう。説明書読まなくても、それっぽく使える方がいい」
ティアが少し離れた机から言った。「ようやく使う側の動きを見始めたか」
アルスが振り向く。「先生、最初から分かってた?」
「ワシは何十年魔道具を作っとると思っとる」
「教えてくれてもいいのに」
「自分で気付いた方が残ると言ったじゃろ」
最近何度も聞いている返事だった。
その日は、試作七号そのものは改造しない。まず紙の上で形を変える。入力部を手前。確認灯を中央寄り。収納口はその先。操作する人が自然に、触る、開く、入れる、閉じる、という順番になるよう配置を考える。
リリアが言う。「異常音だけじゃなく、正常に閉じた時にも何か分かった方がいいですね」
「音を二種類?」
「でも音が多いと分かりにくいかも」
アイリスが言う。「開いている時だけ光るなら、消えたら閉じたと分かります」
「それで十分か」
シリウスが言う。「異常の時だけ音。普通は光だけ」
アルスが頷く。「簡単」
レインが説明書を手に取る。「これも短くできそう」
新しい説明書は、文章を減らした。
一、手前の窪みに触れる。
二、灯りが点いたら中央へ入れる。
三、もう一度触れると閉じる。
四、音が鳴ったら離れる。
シリウスが見る。「これならいい」
アイリスが言う。「取り出す時も同じ操作なので、それも分かる絵が欲しいですね」
「絵?」
「入れる矢印と、取り出す矢印」
「なるほど」
アルスは簡単な図を描く。入口へ入る矢印。入口から出る矢印。細かい説明は下へ移す。
「これなら子供でも分かるかも」
レインが言う。
ティアがすぐ返す。「子供に使わせる前提にするな」
「あ、はい」
全員が少し笑った。
翌日、仮の操作板を作って試した。魔法陣そのものはまだ七号。上に簡単な外装を付け、入力部だけ窪ませる。
最初にシリウス。
説明なし。
説明書も見せない。
試作七号を渡す。
「何すればいい?」
アルスが答える。「好きに見て」
「本当に何も言わない?」
「うん」
シリウスは道具をひっくり返し、横から見て、すぐ手前の窪みに気付いた。
「ここ触るやつっぽい」
指を置く。
少量の魔素。
入口が開く。
確認灯が点く。
「開いた」
机に置かれていた発光魔道具を見る。
「これ入れるんだろ?」
中央へ入れる。
消える。
シリウスは少し考え、もう一度窪みに触れる。
入口が閉じる。
確認灯も消える。
「終わり?」
アルスは笑った。「たぶん正解」
「たぶんって何だよ」
次にレイン。問題なし。
アイリスも。
リリアも。
誰も説明を必要としなかった。
「かなり分かりやすくなった」
アルスが言う。
ティアは試作七号を見る。「お主らは昨日までの形を知っとる。完全な初見ではない」
「そうか」
「そこを忘れるな」
まただった。
五人の中で使える。
それは確認できた。
でも外の人は違う。
入口が何なのかも知らない。
収納という発想すら知らないかもしれない。
「次は本当に知らない人」
アルスが言う。
ティアが頷く。「学園内で頼める者を探す」
シリウスが言う。「誰でもいい?」
「研究に関係ない人がいい」
「剣術の先生とか?」
レインが少し考える。「ありかも」
アイリスが言う。「事務の人でもいいですね」
リリアも頷く。「普段魔道具を使うだけの人の方が、一般利用に近いかもしれません」
アルスは候補を記録する。ただし、今日は決めない。新しい人を試験に呼ぶなら、安全条件と説明範囲も先に決める必要がある。
「使う人に、どこまで言う?」
レインが聞く。
アルスは考える。「収納できる魔道具です、だけ」
「仕組みは?」
「言わない」
「危険事項は?」
「異常音が鳴ったら離れる。生き物は入れない。それは先に言う」
ティアが頷く。「安全情報は隠すな。使いやすさを見る試験と、何も教えん試験は違う」
「うん」
アルスは記録する。
――操作説明は最小限。
――安全上必要な情報は事前に伝える。
――仕組みの説明は行わない。
――初見で起動、収納、回収、閉鎖まで行えるか観察する。
シリウスが言う。「なんか人間の観測になってきたな」
アルスが少し笑った。「道具を作るなら、使う人も見ないと駄目なんだろうね」
魔法陣だけ見ていた頃とは違う。
入口を安定させる。
内部を作る。
位置を固定する。
時間を遅らせる。
そこまでできても、使う人が迷えば道具としては弱い。
アルスは試作七号を手に取った。
まだ大きい。
まだ重い。
まだ高価。
でも、昨日より少しだけ説明がいらなくなった。
記録の最後に書く。
――使いやすさは、使用者の知識ではなく、道具の形でも作れる。
その下にもう一行。
――次は、本当に知らない人に使ってもらう。
そこで初めて。
試作七号が研究室の中だけで通じる道具なのか。
それとも。
外へ持ち出せる魔道具なのか。
少しだけ分かるはずだった。




