第45話 使う人のための魔道具
翌日の放課後、研究室の机には試作七号が置かれていた。見た目は六号と大きく変わらない。ただし、魔法陣の外周に新しい制御構造が追加されている。
シリウスが覗き込む。「これが押したら開くやつ?」
「押すわけじゃないけど、考え方は近い」
アルスが答えると、アイリスが笑った。「シリウス案、意外と残りましたね」
「意外とは何だよ」
今回の目的は単純だった。使用者が細かく流量を調整しなくても、一定量の魔素を流せば自動で入口が開く。開口中は道具側が安定に必要な量を調整し、もう一度同じ操作をすれば閉じる。それだけ。
レインが試作七号を見る。「じゃあ今日はアルが使わない?」
「最初は僕。その後みんな」
「俺も?」
シリウスが嬉しそうに聞く。
「むしろシリウスが重要かも」
「なんで?」
「細かい操作をしない人でも使えるか見たいから」
「それ褒めてる?」
「かなり」
ティアが机を叩いた。「始めるぞ」
まずアルス。試作七号へ少量の魔素を流す。反応なし。少し増やす。一定量を超えた瞬間、外周が自動で光り、中央に揺らぎが形成された。
「触ってない」
レインが言う。
「流しただけ」
アルスも中央を見る。
これまでなら、入口の大きさを見ながら流量を調整していた。今日は違う。制御構造が自動で安定域まで持っていく。
アイリスが測定器を見る。「開口後の流量、かなり一定です」
リリアも頷く。「昨日までより揺れが少ないですね」
アルスは小型発光魔道具を一つ入れる。固定点へ収納。次に、もう一度短く魔素を流す。
中央の揺らぎが縮み、消えた。
「閉じた」
シリウスが言う。
アルスは少し笑った。「かなり簡単」
ティアはすぐに言う。「一人目じゃ」
「分かってます」
次はレイン。アルスは触らない。
「どれくらい流せばいい?」
「開くまで少しずつでいい」
「細かい調整は?」
「しなくていいはず」
レインが魔素を流す。少し。まだ反応なし。もう少し。入口が開く。
「開いた」
「今の感覚覚えた?」
アルスが聞く。
「大体」
中から発光魔道具を回収し、もう一度操作。閉じる。
「簡単だね」
次はアイリス。開く。閉じる。問題なし。
リリアも同じ。
最後にシリウス。
「俺、強く入れすぎても大丈夫?」
「それを見る」
「壊したら?」
「安全停止入れてる」
「じゃあ遠慮なく」
「遠慮はしろ」
ティアが即座に言った。
シリウスが笑いながら魔素を流す。最初から少し強め。試作七号が反応し、入口が開く。
「普通に開いた」
「さらに入れるなよ」
アルスが言った直後。
「どのくらいまで平気か見たくない?」
「今は見たくない」
全員が笑う。
シリウスも問題なく開閉できた。
アルスは記録する。
――五名全員で起動・閉鎖確認。
――細かな流量調整を使用者側に要求せず。
――開口状態は自動安定。
アイリスが言う。「これなら使うだけならかなり簡単ですね」
「うん」
レインも頷く。「でも、僕たちは魔素操作に慣れてる」
アルスが止まる。
その通りだった。
王立学園の生徒。
しかも、日頃から実技訓練をしている五人。
これで誰でも使えるとは言えない。
リリアが言う。「もっと魔素操作が苦手な人でも使えないと、本当に一般向けとは言えませんね」
アルスは記録に追加する。
――学園生徒による使用確認のみ。一般利用の難度は未確認。
シリウスが聞く。「じゃあ誰に使ってもらう?」
アルスがティアを見る。
ティアは少し考えた。「まずは学園内じゃ。研究と関係のない教師か職員に頼めばよい」
「新しい人?」
「今いる者で十分じゃ」
アルスは頷いた。
ただし、そこで新しい問題が出る。
「先生」
「なんじゃ」
「使い方を口で説明したら、説明が上手い人しか使えないかもしれない」
ティアが少し笑った。「なら説明書を作れ」
シリウスが言う。「絵付きがいい」
アイリスが頷く。「文字だけより分かりやすいですね」
レインが続ける。「魔素を流す場所も一目で分かった方がいい」
リリアも言う。「開いている時と閉じている時の表示も必要では?」
アルスは試作七号を見る。
起動操作。
収納。
回収。
閉鎖。
異常時。
使う人が迷わない形。
「表示を付ける?」
アイリスが聞く。
「小さい光で状態を出す」
「開いてる時は?」
「緑」
シリウスが言う。
「閉じてる時は赤?」
アルスが少し考える。「逆の方が自然かも」
「なんで?」
「赤って危険な感じするから」
レインが笑う。「そこも使う人次第だね」
ティアが言う。「色だけに頼るな」
アルスが見る。
「見え方が違う人もおる。明るい場所、暗い場所でも変わる」
「じゃあ形も変える?」
「音でもよい」
また増える。
光。
形。
音。
表示位置。
シリウスが言う。「使うだけなのに、また面倒になってきた」
アルスが笑う。「使う人を楽にする方が作る側は大変らしい」
ティアが言う。「ようやく分かってきたな」
その日は状態表示を一つ追加する設計まで進めた。入口が完全に開いた時だけ、小さな確認灯が点く。閉じたら消える。異常停止時は短い音を出す。
「これなら分かりやすい?」
リリアが聞く。
「前よりは」
アルスが答える。
シリウスが言う。「完成したら俺、一回説明書だけ見て使ってみる」
「もう使ってるじゃん」
「今は全部聞きながらだろ。何も聞かずに」
アルスが少し驚いた。「それいい」
ティアも頷く。「使用試験としては意味がある」
翌日、シリウスには手順を口で説明しなかった。渡したのは簡単な説明書だけ。
一、印のある場所へ魔素を流す。
二、確認灯が点いたら使用可能。
三、物を中央へ入れる。
四、取り出す時は再び起動する。
五、使用後はもう一度操作して閉じる。
六、異常音が出たら触らず離れる。
シリウスが読む。
「簡単」
試作七号へ向かう。
魔素を流す。
確認灯。
点灯。
「開いた」
発光魔道具を入れる。
入口を閉じる。
再び開く。
固定点から回収。
閉じる。
全部できた。
アルスは何も言わず見ていた。
「できたぞ」
シリウスが笑う。
「説明なしで」
「俺でもできる」
アイリスが言う。「その言い方は自分に失礼では?」
「分かりやすい基準だろ」
レインも笑う。
アルスは試作七号を見る。
初めて。
研究内容を知らない人が。
手順だけで使った。
まだ仲間。
まだ学園生徒。
本当の一般利用とは違う。
それでも。
大きな変化だった。
今までは。
アルスたちが魔道具に合わせていた。
これからは。
魔道具を人に合わせる。
アルスは記録の最後に書いた。
――使用者が仕組みを理解していなくても、安全に操作できる形を目指す。
少し考えて、もう一行。
――良い魔道具は、研究者だけが使えるものではない。
ティアが横から読んだ。
「そこは忘れるな」
「うん」
机の上の試作七号は、まだ大きい。高価で、複雑で、収納数も少ない。内部時間も完全には止まっていない。
それでも。
初めて。
研究装置ではなく。
人が使う道具らしい形になり始めていた。




