第43話 時間の再現
翌日の放課後。研究室の机には、同じ型の計時魔道具が四つ並んでいた。
シリウスが見るなり言う。「増えたな」
「一個じゃ足りないから」
アルスは昨日の記録を開く。
外側で一日動かした計時魔道具。
内部へ入れた計時魔道具。
結果は大きく違った。内部の方は、外側に比べてほとんど時間が進んでいなかった。
ただし、一回だけ。
それで決めるわけにはいかない。
「今日は二組?」
レインが聞く。
「うん。一組は昨日と同じ。一組は入れる固定点を変える」
アイリスが頷く。「場所によって差がある可能性を見るんですね」
「そう」
リリアが四つを見比べる。「全部、先に外で動作確認してあります?」
「した。今のところ差はほとんどない」
ティアも記録を確認している。
「今日は何時間じゃ」
アルスが聞く。「昨日と同じ一日」
シリウスがすぐ顔をしかめた。
「また待つのか」
「待つのも実験」
「研究向いてないかもしれん」
「今さら?」
まず一組目。
外側に一つ。
内部の一個目の固定点へ一つ。
二組目。
外側に一つ。
内部の三個目の固定点へ一つ。
試作六号を起動し、二つの計時魔道具を内部へ入れる。
「一個目、確認」
「三個目も確認」
入口を閉じる。
これで。
明日の放課後まで待つ。
シリウスが乾燥肉を見る。
「じゃあ今日は本当に何もしない?」
アルスが答える。「別の確認する」
「何?」
「温度」
全員が机を見る。
昨日まで、内部に入れた発光魔道具の温度は大きく変わっていなかった。でも、それは短時間だった。
「長時間で見てなかった」
アルスが言う。
アイリスがすぐ理解する。「温めたものと冷やしたものを入れる?」
「うん」
ティアが二つの小さな金属片を用意する。
一つは少し温める。
もう一つは少し冷やす。
同じ材質。
同じ大きさ。
それぞれ温度を測る。
「熱い方、三十八・二」
「冷たい方、九・一」
外側にも比較用として、同じ条件にした金属片を二つ置く。
内部へ入れるものは固定点二つへ。
入口を閉じる。
「これはどのくらい?」
リリアが聞く。
「一時間」
シリウスが少し安心した。「それなら今日見られる」
一時間後。
外側の金属片。
温めた方は室温へ近づいている。
冷やした方もかなり上がっている。
次に内部の二つを回収する。
温度を測る。
アルスの手が止まった。
「どう?」
レインが聞く。
「ほとんど変わってない」
アイリスが自分でも確認する。
温めた金属片。
三十七・九。
冷やした金属片。
九・三。
研究室が少し静かになる。
「時間と同じ?」
シリウスが言う。
リリアが答える。「内部では温度変化もかなり遅いみたいですね」
アルスはすぐ記録する。
――内部収納中、物体の温度変化が外部より著しく小さい。
ティアが言う。「時間が遅いから温度変化も遅い、と決めるな」
「分かってます」
「本当に?」
「別の現象かもしれない」
「そうじゃ」
ただ。
結果としては。
保存に向いている。
それは変わらない。
レインが言う。「これ、食べ物ならかなり大きいね」
シリウスが乾燥肉を見る。「だからずっと言ってる」
アイリスが笑う。「ようやく近づいてきましたね」
アルスは少し考える。
「でも、乾燥肉だと変化分かりにくい」
「じゃあ何入れる?」
シリウスが聞く。
リリアが言う。「果物は?」
「それいいかも」
ティアが棚の方を見る。
「研究用にリンゴがある」
シリウスが驚く。「研究用のリンゴ?」
「食うなよ」
「まだ何も言ってない」
小さめのリンゴを二つ。
見た目が近いものを選ぶ。
一つは外側。
一つは内部。
重量。
表面。
硬さ。
色。
できる範囲で記録する。
「どのくらい?」
レインが聞く。
アルスは少し考える。「一日だと変化小さいかも」
ティアが言う。「なら数日見ろ」
シリウスがまた天井を見る。「長い」
アルスは笑う。
「でも今度は毎日確認できる」
「それならまだいい」
リンゴを一つ、内部へ入れる。
入口を閉じる。
もう一つは研究室の一定場所へ。
条件をできるだけ揃える。
それから翌日。
まず。
昨日から入れていた計時魔道具を回収する。
一個目の固定点。
三個目の固定点。
二つとも。
外側よりはるかに短い時間しか記録していない。
しかも。
二つの内部計時魔道具の値は近い。
アイリスが言う。「固定点が違っても、時間の進み方はほぼ同じですね」
レインも記録を見る。「再現した」
アルスが頷く。
昨日一回。
今日二個。
合計三回。
まだ十分とは言えない。
でも。
偶然の可能性はかなり下がった。
ティアが言う。「次は長さを変えろ」
「一日じゃなく?」
「一時間。半日。二日。時間が長くなっても同じ比率になるか見ろ」
アルスは頷く。
「内部時間の進み方自体を測る」
シリウスが聞く。「止まってるわけじゃない?」
アルスが記録を見る。
「少しは進んでる」
「じゃあ完全停止じゃないんだ」
「今の試作ではね」
ティアがそこで言う。
「古代の完成品と同じと思うなよ」
アルスが見る。
「古代のは止まってた?」
「記録上は、長期保存した食料がほぼ変化しなかった例がある」
全員が少し黙る。
アイリスが言う。「今の試作より性能が高い可能性がある」
「そうじゃ」
アルスは古代術式を見る。
まだ。
全部は再現していない。
入口。
内部。
固定点。
そこまで。
古代術式には。
まだ読めない部分が残っている。
「時間を止める部分が別にある?」
アルスが言う。
ティアは首を振らない。
でも頷きもしない。
「そうかもしれん」
アルスは少し笑った。
まだ先がある。
完成したと思う前に。
また次が見える。
シリウスが言う。「でも今のままでもかなり便利じゃない?」
「うん」
レインも頷く。「一日入れて、ほとんど時間が進まないなら、それだけでも遠征には使える」
リリアが言う。「薬や食料の保存もかなり楽になります」
アイリスが続ける。「でも、もっと止められるならそっちを目指したいですね」
アルスはその言葉を聞いて。
少し考えた。
便利。
でも。
もっと良くできる。
だからといって。
完成を永遠に先延ばしするのも違う。
「先生」
「なんじゃ」
「実用品にする基準も決めた方がいい?」
ティアが少し笑った。
「ようやくそこまで来たか」
アルスは記録板を開く。
最初の実用品。
何を満たせば。
完成と呼ぶのか。
例えば。
物が入る。
戻せる。
複数収納できる。
入口を閉じても残る。
一定時間、内部状態を保てる。
安全に使える。
魔素消費が現実的。
作り直せる。
「全部必要?」
シリウスが聞く。
アルスが答える。「用途次第」
また。
最初に戻る。
食料と水を運ぶ。
冒険者向け。
そこに絞れば。
必要な条件も決められる。
リリアが言う。「じゃあ食料保存で試すんですね」
「うん」
シリウスの顔が明るくなる。
「ついに?」
「リンゴはもう入ってるよ」
「乾燥肉じゃない」
「そこ重要?」
全員が笑う。
アルスはその日の最後に。
外側のリンゴと。
まだ中にあるリンゴの記録を並べた。
数日後。
それがどう違っているか。
今までの数字より。
もっと分かりやすい結果が出るかもしれない。
記録の最後に書く。
――内部時間の遅延は複数固定点で再現。
――温度変化も外部より著しく小さい。
――食料保存試験を開始。
少し考えて。
もう一行。
――古代完成品の「内部時間停止」には、まだ未再現の機構が存在する可能性。
収納魔道具は。
すでに使えるところまで近づいている。
でも。
古代の技術は。
まだ少し先にいた。




