第42話 最初の用途
翌日の放課後、研究室の机には試作六号と三つの発光魔道具、それから水筒、包帯、小瓶、乾燥肉が並べられていた。
シリウスが乾燥肉を見てすぐ言う。「ついに食べ物?」
「まだ入れないよ」
「なんで置いたんだよ」
「用途を決めるため」
アルスは机の上を見渡した。昨日までは、いくつ入るかばかり見ていた。でも三つ入ることが分かった時点で、ティアから一つ止められた。
――それで何を入れるつもりじゃ。
そこで今日、五人で最初の用途を考えることになった。
レインが水筒を手に取る。「冒険者向けなら水は大きいと思う。重いから」
アイリスは小瓶を見る。「薬も。割れないようにできるなら便利ですね」
リリアは包帯を指した。「治療道具を分けて入れられるなら、取り出す時も早いです」
シリウスは乾燥肉から目を離さない。「食べ物」
「分かったって」
「一番大事だろ」
「シリウスの場合はね」
ティアが少し離れた場所から聞いていた。「アルス、お主はどうする」
「最初は食料と水かな」
シリウスが嬉しそうにする。
「ただし理由は、シリウスが食べたいからじゃない」
「分かってるよ」
アルスは記録板を開いた。「冒険者が遠くへ行く時、一番確実に必要なのは水と食料。消費するから量も多い。そこが減らせるなら、持てる装備や薬も増える」
レインが頷く。「帰るまでの日数も伸ばせる」
アイリスが続ける。「でも食べ物を入れるなら、内部環境を調べないといけませんね」
「うん。今の収納は、入れて戻せるだけ」
リリアが乾燥肉を見る。「腐らないかはまだ分からない」
「そこが次」
シリウスがようやく乾燥肉から視線を外した。「じゃあ今まで入れてた発光魔道具って、時間が普通に進んでるの?」
アルスが止まる。
「……そこ、ちゃんと見てない」
全員が少し静かになる。
ティアが笑った。「ようやく気付いたか」
発光魔道具は、内部に入っている間も光っていた。戻した時も動作していた。でもそれは、内部で時間が普通に進んでいた証拠なのか。それとも魔道具だけが動いていたのか。そこまで分けて見ていない。
アイリスが言う。「魔石の消耗を比べれば分かりませんか?」
アルスがすぐに見る。「同じ発光魔道具を二つ用意する?」
「一つは外、もう一つは中」
レインが続ける。「同じ時間動かして、消耗量を比べる」
シリウスが言う。「それなら今日できる?」
ティアが頷いた。「できる。食い物を入れるより先にな」
試験用の発光魔道具を二つ用意する。できるだけ同じ魔石、同じ出力。白い印を外側、黒い印を内部用にした。
試作六号を起動し、黒を一つ目の固定点へ入れる。白は机の上でそのまま点灯。入口を閉じ、時間を測る。
「どのくらい?」レインが聞く。
「最初は十分」
シリウスが肩を落とした。「短い」
「基準作りだから」
十分後。入口を開く。黒を回収。両方とも点灯している。
魔石の残量を測る。
アイリスが数値を確認した。「ほとんど同じです」
アルスも見る。差は測定誤差の範囲に近い。
「内部でも普通に消費してる?」
リリアが聞く。
「今の結果だけなら、そう見える」
次は一時間。授業の復習をしながら待つことにした。シリウスだけは途中で訓練場へ行き、戻ってきた時に「まだ?」と聞いた。
一時間後。
白と黒。
両方を測定する。
今度は差がはっきりした。
全員が数字を見る。
「黒の方が減ってない」
レインが言った。
アルスはもう一度測る。
外側の白は、予想通り魔石を消費している。
内部に置いた黒。
減っている。
ただし。
かなり少ない。
「止まってるわけじゃない」
アイリスが言う。
「でも遅い?」
リリアが続ける。
アルスは記録する。
――内部では発光魔道具の魔石消耗が外部より少ない。
シリウスが言う。「じゃあ時間遅い?」
ティアがすぐ答える。「まだそうとは言えん」
「また?」
「魔石の反応だけ変わっとる可能性もある。発光効率が変わっとるかもしれん。内部で光そのものがどう扱われとるかもまだ分からん」
アルスも頷く。「時間だけを直接測れてない」
レインが考える。「時計みたいなものを入れれば?」
アルスが見る。
「動く時計?」
「時間を刻む魔道具」
ティアが棚を見る。「あるぞ」
シリウスが笑う。「やっぱり何でもあるな」
取り出されたのは、小さな計時用魔道具だった。一定周期で内部機構が動き、経過時間を記録する。外にも同じ型を一つ。
「これなら」
アルスが少し笑う。
「中と外で本当に時間の進み方が違うか比べられる」
リリアが言う。「もし内部の時間が遅いなら、食べ物にも関係しますね」
「うん」
アイリスも乾燥肉を見る。「かなり」
試験はその場で始めた。片方を内部へ。片方を外へ。
「どのくらい待つ?」シリウスが聞く。
アルスはティアを見る。
「今度は?」
「一日じゃ」
シリウスが露骨に嫌そうな顔をする。「長い」
「研究はお主の都合で早くならん」
アルスは笑いながら記録する。
――計時魔道具比較試験開始。
翌日の放課後。
五人はほぼ同時に研究室へ入った。
シリウスが最初に言う。「開けよう」
外側の計時魔道具を確認。
ほぼ一日。
次に試作六号を起動し、内部のものを回収する。
アルスは表示を見た。
黙る。
「どうした?」
レインが覗く。
アイリスも。
リリアも。
最後にシリウス。
「え?」
内部の計時魔道具が記録していた時間は。
外側より。
明らかに短かった。
半分でもない。
少し遅いという程度でもない。
ほとんど進んでいない。
研究室が静かになる。
アルスがもう一度確認する。
故障。
まずそれを疑う。
計時魔道具を外で動かす。
正常。
「壊れてない」
アイリスが言う。
ティアも確認する。
「動作は正常じゃ」
リリアが小さく言った。「じゃあ中では……」
アルスが答える。
「時間がほとんど進んでない可能性がある」
シリウスが乾燥肉を見る。
今度は誰も笑わなかった。
もし本当に。
内部時間がほとんど進まないなら。
腐敗。
乾燥。
温度変化。
薬の劣化。
そういうものへ全部影響する。
「先生」
アルスが言う。
「古代の保管遺物、食料保存に使われてた記録ある?」
ティアは少しだけ間を置いてから答えた。
「ある」
アルスの目が変わる。
今まで別々に見えていたものが、一気に繋がった。
外より大きい内部。
固定された場所。
入口を閉じても残る空間。
そして。
ほとんど進まない時間。
シリウスが言う。「じゃあ今度こそ食べ物?」
ティアが先に答える。「次は時間の再現確認じゃ」
シリウスが天井を見た。「やっぱり」
アルスは笑った。
でも今回は。
自分も同じだった。
まだ食べ物を入れる必要はない。
まず。
本当に。
何度やっても内部時間が遅いのか。
そこを確かめる。
記録の最後に一行を書く。
――収納とは、場所を移すだけではない可能性がある。
その下。
――内部時間そのものが、外と異なる。
アルスは少し止まり。
「可能性」を書き足した。
まだ一回。
でも。
もし再現するなら。
収納魔道具は。
ただ荷物をたくさん持てる道具ではなくなる。
冒険者の食料。
薬。
物流。
保存。
これまでとは比べものにならないほど。
使い道が広がる。
机の端には。
まだ一度も収納されていない乾燥肉が置かれていた。
シリウスがそれを見て言う。
「次は絶対これだろ」
アルスは笑った。
「再現したらね」




